霞と氷と風
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それは、僕が柱になってすぐの頃の話。
――――
青い空に白い大きな雲が浮かぶ空を眺めながら、歩いていた。
ある屋敷の前を通りかかった時。 木刀がぶつかり合うような激しい音が聞こえた。
自然と足が止まり、横にある塀を見上げる。 音はこの塀の向こうから響いていた。
吸い寄せられるように、その屋敷の門を勝手に潜り、音のする方へ歩いて行った。
屋敷の角を曲がると広い庭が広がった。
そこでは、隊服を着た2人が打ち合いの稽古中。 無一郎の聞いた木刀の音は、この2人の打ち合いの音だ。
しかしその打ち合いは、一般隊士同士とは到底思えない程、凄いものだった。
「だあァ!! くそっ!!」
『甘いよ実弥。
…! 無一郎?』
庭の端で佇(タタズ)んでいた無一郎に気がついた。
打ち合いの稽古をしていたのは、不死川と雪華の2人だった。 無一郎が偶然通りかかった屋敷は、氷柱である雪華の屋敷だったのだ。
…えっと……誰だっけ…?
雪華と……
と、忘れてしまった記憶を探す様に、少し上を見上げた。
『どうしたの? 無一郎。 何か用事だった?』
「…木刀のぶつかる音が聞こえたから……見てていい?」
歩み寄る雪華に、ここへ来た経緯を端的に話した。 すると嫌な顔一つせず、無一郎に縁側に座るよう促す。
縁側に腰を下ろした無一郎を横目に、稽古を再開させた。
2人の打ち合いは目を見張るものだった。
木刀を振る速さ、足の運び方、身体の動かし方、呼吸の使い方。 どれをとっても、自分より優れているのが分かる。
興味津々で稽古を食い入るように見ている無一郎。
その表情は、記憶を失くす前にあまねの話を聞いていた時と似たものの様だった。
『これで3本目。 私の勝ちだね』
一段落付いたのか、手を休め反省会をする2人。
それを、じっと見つめている無一郎に声を掛けた。
『無一郎もどう? 打ち合い』
「…え?」
『見てるだけじゃ、つまらないでしょ?』
思いもよらない誘いに驚いた。 約束も無く、勝手に入ってきた言わば野次馬同然。 見るだけのつもりだった為、余計にだ。
まさか、そんな自分にも声を掛けてもらえるとは思わなかった。
しかし、2人の打ち合いを見て、自分の中で沸き上がるような高揚感と向上心は、抑えられるものじゃない。
「やりたい」と答える無一郎の隣にドカリと座った不死川は、使っていた木刀を手渡した。
広い庭の中央で向かい合い、木刀を構えた。
妙に逸る呼吸を少し整え、木刀を握り直した。
「時透、本気でいけよォ
油断なんてしてっと…
見失うからなァ」
一歩踏み込んだ瞬間。 自身の動きが止まったのがわかった。
それは、首筋に触れる木刀の感触。
ゾワリと鳥肌が立つ。
一瞬の出来事だった。
決して油断していたわけではない。
実際、体験する方が何倍も速かった。
ただ、それだけだった。
現柱と新参柱の圧倒的な力の差。
自分の木刀で、防ぐことも出来ない程…。
『無一郎、緊張してる?
動きが固いね』
「…大丈夫」
と言いつつも、雪華の攻撃を防ぐのに精一杯で、あっけなく3本取られてしまった。
……強い
切っ先の速さだけじゃない
こちらの攻撃のいなし方…受け流し方が上手いんだ
「……も…もう一本!」
息も整えず、木刀を構えた。
もっと 雪華と打ち合いしたい
そんな思いが気持ちを逸らせる。
今までの稽古や鍛錬で、こんなにも気持ちが高ぶったことは無かった。
1人で、ひたすら打ち込み台に打ち込んでいた時も。 育手の下で修練していた時も。
沸き上がってくる、怒りの感情に任せていた今までとは全く違う。
こんなことは無かった。
記憶は曖昧だが、身体が覚えている。
そんな感覚だ。
しかし、無一郎の気持ちとは裏腹に。
雪華は、木刀を構えるどころか終了を口にした。
『今日は、これで終わりにしよう』
「えっ?!」
驚く無一郎は、思わず雪華の袖口を掴んだ。
「もう少し、やりたい」
その行動と表情に、今度は雪華が驚いていた。
それはまるで、好奇心に満ち溢れている少年の顔そのもの。 楽しくて仕方が無い。 そう言わんばかりだ。
あの時の無一郎が、重なる。
一瞬きゅっと引き結んだ口角を、柔らかく引き上げた。
『また、いつでもおいで
時間のある時は、付き合うから』
艶のある綺麗な黒髪を宥める様に、ポンポンと撫でてやる。 それが妙に心地良かったのか、無一郎がそれ以上食い下がる事は無かった。
『じゃあ、実弥。 約束!』
「はぁ~… 行くぜェ」
『無一郎も、おいでよ』
「?」
『甘味処』
――
―――
―――――
所変わり。
近くの町へ出向いていた。
約束というのは、3本勝負で勝った方が甘味処で奢るというもの。
ご機嫌で前を歩く雪華の後ろを2人並んで付いて行く。
会話らしい会話は勿論無い中、無一郎が思ったことを呟いた。
「…雪華が…あんなに強いの、知らなかった」
「まぁ、見てくれがあんなんだからなァ
俺も初めは、ナメてたしよ」
「…そうなんだ」
「今の柱の中じゃ、剣術だけで言えば、あいつが頭一つ飛び抜けてんじゃねぇかァ」
なんて話していると、甘味処に到着した。
ニコニコ笑顔の雪華は、早速中に入って行った。
中に入ると、何とも甘い香りが鼻を掠(カス)め、目移りしそうな甘味達がずらりと並んでいる。
「どれにするんだァ?」
『私は、もう決まってる!』
ドヤ顔を向けてくる雪華は、勢い良く指を差した。 それは、棚の一番上にある季節限定品。
『栗きんとん5つ』
「5つって…頼みすぎだ」
『だって栗だけを使った栗きんとんは、この季節しか食べられないのよ』
「お前ェ…ぜってェ、このためにあの条件出したんだろォ」
『何のこと?』
確信犯である。
溜息をつく不死川は、甘味をじっと見つめている無一郎に声を掛けた。
「時透。 お前はどれにすんだァ?」
「…え? 僕は、別に…」
「つべこべ言ってねェで、さっさと頼め」
と、凄まれたので、目の前にある三色団子を注文した。
店の前にある長椅子に3人並んで座り、それぞれ注文した甘味を堪能する。
『おいしい!』
「…雪華は、栗きんとん好きなの?」
『栗を使った料理なら、何でも好きかな
でも、栗きんとんが一番好き』
「ふ~ん…」
さほど興味無さそうに三色団子を口にする無一郎。
ふと、視線を雪華の向こうに向けた。
美味しそうに栗きんとんを食べている雪華を、優しい眼差しで、少し嬉しそうに見ている不死川を見た。
……なんだろう…不死川さん
その眼差しを、不思議に思う無一郎。
ただの同僚に向けるものにしては、違和感が残る。 それはまるで…。
『実弥も、栗きんとん食べる?』
栗きんとんを半分に切って、竹串で刺し、不死川へ差し出した。 あーんと言わんばかりに。
「あァ!! いらねェわ!
おはぎ食った後じゃ、口ン中甘ったるくて味わかんねェだろ!」
『…それもそっか。 残念』
怒る不死川だが、何やら照れ隠しをしているよにも見える。
『じゃあ、無一郎にあげる』
今度は、反対側に座っている無一郎の口元に栗きんとんを差し出した。
「ありがとう」と、差し出してくれる雪華の手を掴み、そのまま栗きんとんを自分の口に入れた。
その竹串は、雪華が使っていた物だということは気にしない。
『おいしい?』
「…うん
雪華みたいに、優しい味がする」
初めて食べる程良い甘みと、栗の香りに自然と頬が綻ぶようだ。
そんな無一郎の素直な感想を嬉しく思う。
『私、いつ無一郎に食べられたんだろうね』
「ぶふっ!!」
「(…ただの比喩だけど)」
『実弥…汚いよ』
「だっ…誰のせいだと思ってんだァ!」
・END・
23/8/15
あれ? 落ちは?