SHORT STORY
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1回美味しそうにオーブンの中で膨らんでいたチョコレートマフィンはオーブンから取り出した途端、不貞腐れたようにズブズブに凹んでしまっていた。香りはとってもいい香りなのに。
(あーあ…また失敗)
恋人って言ったら手を繋いだり、キスをしたり抱き合ったり。当たり前だと思っていたけれど、その当たり前が普通ではないのだ。失敗したチョコレートマフィンを抱えたままリリーは立ち尽くしていた。
時刻は約束の時間をとっくに過ぎていて、家に来るはずの恋人が来ない。これはいつもの事。予定は大抵押して休みの日以外の仕事終わりだと絶対時間通りに来ることはない。外は土砂降りだし…もうこりゃ駄目だな。
数分おきに起る溜息の発作に悩まされながら、抱えたマフィンをキッチンに置く。この待つ時間が早く過ぎるようにお菓子作りをしてみたが、作り手が不機嫌だとマフィンも不機嫌になるらしい。失敗が少ないマフィンがこれだ。過去に失敗したマフィンは友人がふざけて投げてみたら、壁にめり込む程固かったやつにこのマフィンは近い気がした。
(…こんなに作っちゃったけどどうしよう。)
無心で作り上げた16コの子沢山だ。
愛情と味は比例しない。
ブザーが鳴らないドアを見つめたって変わらない。
「寝よう…」
とっくに時計の針は真上から過ぎていて。
面白いテレビもやっていないし…何よりこんな事してても気が乗らない。エプロンを外そうと腰に手をかけたその時ドアのブザーが鳴り響いた。
こんな深夜の訪ね人はドアスコープを覗かなくても相手が分かる。鍵を外しゆっくりドアを開くと待ちかねていた人がそこに居て。疲れた顔で彼なりの申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「…すまない」
「もう寝ようかと思ったよ」
玄関へ入れるとセブルスの立っている濡れた衣類から、じんわり水溜まりが出来始めていた。こんな土砂降りの中来てくれたのだ。リリーが杖を一振りするとあっという間にセブルスの衣類が乾き始めた。コートと荷物を預かり暖炉に近い部屋に通す。1人がけソファーに座らせるとセブルスはすんなり受け入れてすっぽり身体を預けた。
相当疲れているようだ。しばらく1人にした方が良さそうだとリリーはキッチンに戻り後片付けを始める。食器をザブザフ洗い、流しての作業をしばらく続けていると、いつの間にかセブルスがやってきて後ろから抱きしめていた。リリーの肩に顎を乗せ吐息が首元にかかってすぐったい。
「セブルス…どうしたの?」
問いかけには答えず、食器を洗っている泡だらけの手にセブルスは覆いかぶさるようにその指を絡ませた。黙ったまま洗剤でヌルついた手に指先を絡ませてリリーの反応を待っている。セブルスの方へ少し振り向くと、セブルスはそっと顔を近づけて、優しく触れるだけのキスをした。許しを貰いたそうな口付けで。セブルスは濡れた手でエプロンのリボンを解くとそのまま器用に外して椅子にエプロンをバサりと掛けた。
2人は向き合ってもう一度キスをする。今度の甘くてとろけるような深い口付けだ。チョコレートの味がしたのでいつの間にかあのマフィンをセブルスは食べたのだろうかとキッチンに目を移すと齧りかけのマフィンが一つだけ転がっていた。
「…美味しくないでしょ、あれ」
「…今は美味しい」
そう言ってセブルスはもう一度齧り付く様なキスをした。
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