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「ほんと、いい時代になったよねえ」
「なにそれ〜」
まるで昔を懐かしむおじいちゃんみたいなトーンでしみじみと話す白石さんがなんだかおかしかったので、思わず吹き出してしまった。おじいちゃんというのがあながち間違いではないのがミソである。積み重ねた時間の数だけで言えば、私も白石さんも実年齢をもう一回り分上乗せしたくらいの精神年齢になっているはずだった。
「こうしてチョコ貰えるなんて昔は考えられなかったじゃん?あの頃貰ったもんなんてせいぜい脳みそくらいだったし〜」
「でもヒンナだったじゃないですか」
「そういう問題じゃないのッ」
そう言いながらも、今だってアシリパさんにアーンしてもらったらそれが脳みそであれ何であれ、きっと口を開いちゃうんだろうな。白石さんに限らず、皆きっとそう。刷り込みという奴だ。餌付けされた過去はそうそう忘れられない。
「こないだ杉元に会ったんだけどさ」
「うん」
「めちゃくちゃそわそわしてたよ」
「なんでですか?」
「チョコレート欲しすぎるからに決まってんじゃ〜ん!も〜!」
「へー」
「なんか冷たいネ…」
「いやあげますよ。もち」
「ほんとぉ?」
絶対だよ、じゃないと恐ろしい目にあうからね、と唇を尖らせる白石さんの口ぶりから察するに、おそらく恐ろしい目にあうのは白石さん本人なんだろうな。その因果関係はよく分からなかったけど、元々あげるつもりで用意もしてるし大丈夫ですよ、と慰めると白石さんは大げさに安堵の息をついた。
「鯉登ちゃんもさ〜、毎年とんでもない量もらってるくせに、キーキーうるさいからさ」
「えっ」
「…」
「去年少尉にあげてないです」
「でしょ〜?もー今年はあげなよ。去年すごいヘソまげてたよ」
「えーそうなんだ…。こないだたまたま街で会ったときは普通でしたけど」
「そりゃ男のプライドがあるもん。面と向かってチョコくれとは中々言えないっしょ〜」
「白石さんは言ったけどね」
「ピュウッ☆」
今日だってそもそも白石さんが早くチョコレート欲しいってだだをこねるので、まだ13日だというのにこうして渡しに来てるのだ。多分だけど昨日朝から並んでたパチスロ北斗の拳でバチバチにスッたんだと思う。白石さんは博打打ちなのでジャグラーやハナハナで手堅く、という発想がないのだ。その日食べるものにも困るような生活してる人を私は白石さん以外に知らない。
「月島軍曹にもあげてないの?」
「ないですねぇ。軍曹にはねぎらいの意味を込めて渡そうかな〜とは思ったんですけど、ぶっちゃけ当時もそんなに絡みなかったし…」
「あれで絡みなかったって言う?めちゃくちゃ絡まってたじゃん。殺し合いとかしちゃってたじゃん」
「あの時はそれが普通でしたし…」
「う〜ん、このゆるゆる倫理観…分かるけどさ…」
白石さんも大概のくせしてそんなことを言う。しかしまあ、今年は少尉と軍曹にもあげようかな。お世話にならなかったわけじゃないし。今は穏やかなお付き合いが出来ているので、これからもよろしくお願いしますの意味も込めて贈っとこう。
「で」
「うん?」
「問題の尾形ちゃんだけど」
「問題の尾形さん」
深刻そうな顔つきで身を乗り出す白石さんに合わせて私も真面目な顔をしてみた。伝えたいことはよく分からないけど、白石さんはゲンドウのポーズでキメている。尾形さんの何が問題だというんだろうか。
「どこもかしこも問題だらけじゃん!あげても地獄、あげなくても地獄でしょ!」
「まさかぁ」
「尾形ちゃんのドロッドロの執着心甘く見過ぎじゃない…?痛い目にあうのは自分なんだよ?分かってるぅ?」
「深読みしすぎでは?」
「肝心なところで楽観視するとこ変わってないね〜。もー俺は何事もないことを祈ってるわ…」
「私も、白石さんが早くパチスロの負けを取り戻せるように祈ってますよ」
「今それ言う〜?」
「アシリパさんにお金返したんですか?」
「今それ言う…!?」
「あ、アシリパさんだ。おーい」
「え、言わないよね?ね!?」
白石さんとの待ち合わせのあと、アシリパさんとショッピングの約束をしていたのだ。カフェのテラス席でお茶していた私たちを見つけたアシリパさんが駆け寄ってきたので、私はハグで迎え入れた。はー、アシリパさんかわいい…癒される…。
「すまない、待たせた」
「ぜーんぜん待ってないよ」
「白石もいるんだな」
「テヘペロ。バレンタインチョコの前借りおねだりしちゃった」
「バレンタイン?」
アシリパさんがきょとんとした顔で私たち2人を見上げるので、さっきまで話していた内容をかいつまんで説明した。アシリパさんは私たちと違ってこの時代に生まれてまだ日が浅いので、かつての記憶とごっちゃになってしまうことがままあるのだ。大まかな話の内容で、去年チョコを贈りあったことを思い出したアシリパさんは、得心がいったように頷いた。ちなみに武士の情けで白石さんのパチスロ負けのことは伏せておいた。
「なるほどな。白石の言う通りだ。これは大仕事だぞ」
「え…そ、そうなの?」
「ほら〜」
「尾形に限らずだ。いいか。そもそもあいつら全員100年前の因縁やら確執やらまるっと持ち越してきてるからな。あんまり差を付けちゃダメだぞ。殺し合いになっちゃうぞ」
「え…なるかな…」
「大事なのはいかにも特別っぽいけど本命じゃないギリギリのラインを攻めることだ。男はいつの時代もナンバーワンになりたがるからってアチャが言ってた。せめてあなたが私のオンリーワンよくらい言ってやれ。それだけであいつら鼻血たらして喜ぶぞ!」
「アシリパさんの話はタメになるなぁ(思考停止)」
「俺が言えた義理じゃないけど、頑張ってね…」
白石さんの同情たっぷりの表情に励まされたような、トドメを刺されたような…。バレンタインにチョコを渡すだけの行為にそこまで深い考えを持っていなかった私は、明日どうなってしまっているんでしょうか。渡してからのお楽しみということで、私は考えるのをやめた。ま、なるようになるでしょう…。
前日のおはなし。
2019.2.14