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なんとなく甘いものがダメそうな人っていると思う。月島軍曹は私にとってまさにそれだった。ザ・辛党。お酒のアテに甘いものなんて言語道断。酢豚のパイナップルが許せないタイプ。鶴見中尉が甘味を嗜んでいる横で、しかめっ面で後ろ手に腕を組んで佇んでいるイメージがしっくりくる。たとえ気まぐれを起こした中尉にみたらし団子をひとつ勧められても「私は結構です」とキッパリ言い切れるような強さのある人だった。私の中では。
だから今、目の前にいる軍曹の手にブラックコーヒーの缶が収まっているのを見て、ああやっぱりな、と思ったのである。
「つ、月島軍曹」
「…」
「お久しぶりです」
「ああ」
軍曹の視線が向けられる前にチョコレートの包みをコートのポケットに突っ込んだのは、我ながらファインプレーだったと思う。軍曹は私の知る限りではかつて最も多くの気苦労を受けた人で、常識とかモラルとか、そういったものも割と持ち合わせているような人格者でもあったので、たとえ贈り主が前世からの縁でようやく関係を保っているような薄っぺらい知り合いであったとしても、貰ったチョコレートは責任を持ってたいらげてくれる、そう確信ができた。
言葉少なにお礼を言った軍曹が、家に包みを持ち帰り、難しい顔でチョコレートをなんとか消化していくさまを思い描いて、胸がきゅっと締め付けられた。これ以上この人に苦労をかけてはいけない…。
「お元気そうですね」
「ああ」
「何よりです。それでは」
「おい」
「う、」
「待たないか」
月島軍曹を探して家の近くまで来たくせして、まるで偶然会ったかのような素振りをして踵を返す私のコートの襟を軍曹がむんずと掴んで引き止めた。「俺に会いに来たんじゃないのか」ば、バレてる…。
「たまたま通りがかったんです…」
「嘘は感心しないな」
「う、嘘じゃないし…」
「隠しているものを出しなさい」
「…」
軍曹の観察眼てばどうなっているんだろうか?思わず包みを隠したポケットに視線を落としかけて、それでもなんとか踏みとどまって軍曹と目を合わせ続けることに成功した。ふー…危ない…。きっと私の些細な挙動ひとつですべてを見透かされてしまう。なんとか見つからずにこのチョコレートを持ち帰り、甘味以外の何かしらに変えてこなくては…。とは思うものの、軍曹の射抜くような目線にたじたじになってしまった私は上手い言い訳を思いつけないでいる。
「何も隠してないです…」
「ほう?」
「…」
「そうか…」
「…」
「身体検査が必要か?」
「軍曹…!」
なんか言葉の響きはえっちなのに軍曹が軍曹すぎて全然ヤラシくない!軍曹!
かつて鬼軍曹と呼ばれていたとかいないとか、その小柄な体躯からは想像もつかないマッシブさを持つ月島軍曹を目の前にすると、軍人でもなんでもない私でさえ思わず襟を正してしまうのはなんでかな…。鯉登少尉には全然そんなこと思わないのに…。そもそも少尉はおっきいわんちゃんにしか見えないけど…。
「す、するんですか、身体検査」
「返答次第だな」
「ガチじゃん…」
「嫌なら吐くんだ」
「うぅ、」
「ほら」
迷いなく手のひらが差し出された。いやだ、いやだよ、ここでチョコを渡すのはやっぱりやだ…。以前と変わらない軍人然とした様子で私を突っついている月島軍曹が、その隠し事の中身がバレンタインのチョコレートだと知った瞬間に見せるであろう表情がやだ…。ああ、バレンタインね…みたいな…自分で取り出させた手前受け取らないわけにもいかず、持ち前のポーカーフェイスを貼り付けた軍曹に上っ面のお礼を言われるのがマジでいや…!月島軍曹にそんな気を遣わせている自分がいやなのです。だからこれは私自身のための抵抗というか、それならそもそも初めから気を回してちゃんと甘味以外の何かを用意しとけって話なんだけど、ついさっき気付いちゃったものはしょうがないじゃん…。
「軍曹、あの、あのですね」
「なんだ」
「本当に、軍曹に出せるものはないんです…」
「…」
「…」
「そうか…」
「…」
「なら仕方ないな」
「キャーッ!?」
差し出されていた軍曹の右手が突如、私のポケットに突っ込まれて自分でもあられもない声が出てしまった。軍曹ってやっぱり鬼軍曹…!実力行使までの工数が短いよ…。軍曹じゃなかったらセクハラだよ…。あっさり取り出されてしまったチョコレートは、軍曹の手によって私の眼前に掲げられている。
「これはなんだ?」
「…チョコレートです…」
「………誰に渡すつもりだった」
「それは…」
軍曹あなたです、とは言いたくないから隠してたのに…。高校時代、服装検査でピアスが見つかったときと同じ心情で目の前の人をちらと見た。あの時の生活指導の先生だってそんな怖い顔してなかったよ。
「内緒です…」
「ほう?」
「…」
「そうか…」
「…」
「お仕置きが必要か?」
「軍曹…!!」
さすがにそれはえっちだよ!軍曹!
やると言ったらやる人だと言うのは十分すぎるほど知っているので、私は即座に白旗を上げた。鬼軍曹のお仕置きなんて絶対エグいやつじゃん。鋼みたいな平手打ちが飛んできそう。チョコレートを隠した罪でそんなことになるなら正直に自白してありがた迷惑な顔をされる方がマシだった。
「ぐ、軍曹です」
「…」
「軍曹、に、渡そうと思ってました」
「…そうか」
降ってきた声が思いのほか柔和だったので、思わず上げた目線の先で、軍曹は少し微笑んでいた。思ってもみない反応…。この人がこんな表情をしているのを見たことがあっただろうか。あんまりレアだったので呆気にとられた私を見下ろす視線が、これまた打って変わって穏やかだったので、私はさらに驚いてしまう。
「軍曹、あの」
「なんだ」
「迷惑ではないですか?」
「…なんだそれは」
「あの、甘いものはお嫌いでは…」
「そんなことを気にしていたのか」
いつも眉間に刻まれている皺をほんのちょっと深くして、軍曹は顔をしかめた。そんなこと…。そんなことだったのか。私にとってはそんなことではなかったんだけど…。とりあえず迷惑ではなかったことに安堵して胸をなで下ろした。
「それより、貰えない方が傷つくな」
「軍曹でもそう思うんですか?」
「ああ」
「へえ、意外ですね」
「そうか。意外に見えるか」
「え?」
「…」
「…」
「俺も男なんだがな」
「軍曹…!」
なんだか含みのある目線がやっぱりえっちだよ!軍曹!
ドギマギする私を見て、なんだか余裕のある表情をするこの人は、やっぱり鬼軍曹なんだと思う。これが大人の余裕か…かなわないなぁもう…。
ぶっちゃけ甘党ではないけど絶対に欲しい。
2019.2.11