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「なんで貴様がここにいる」
眉根をギュッと寄せたしかめっ面で私を見下ろす鯉登少尉は中途半端に窓枠に片足を乗せた態勢で、なんだかそれが写真集の一枚になりそうなくらいキマッていたので、さすが顔のいい男は違うなと思った。
鯉登家の塀に背中をくっつけてしゃがみこんでいる私の太ももの上には小ぶりな紙袋がちょこんと乗っかっている。窓枠を乗り越えて私の隣に降り立つと、少尉は怪訝な表情のまま、私に目線を合わせるみたいにしてしゃがみこんだ。ヤンキー座りだ。この人ってばボンボンのくせに、こういう柄の悪い動作が似合うんだ…。
「少尉を待ってたんですよ」
「……なぜ俺がここから出てくると分かったのだ」
「ま、なんとなく」
一度でも今朝の鯉登家の正門の前に足を運んだならば誰にだって分かることだった。華やかな包みを抱えた女の人たちが玄関前にずらっと列をなす今日という日を、きっとこの人は年の数だけ見てきたに違いない。そしてその度にこうして人目を忍んで抜け出していたのだろうか。モテる人は大変ですね、となんの含みもなく口にしたら、少尉はなんだか苦虫を噛み潰したような顔をした。そういえばこうして待ち伏せしていたことを謝ってなかったなと思ってゴメンナサイと頭を下げると、いや…と歯切れの悪い返事と訝しげな視線が返ってきた。
「そんな嫌味を言うためにわざわざ家まで来たのか?」
「え、違います…」
「ではなんだ」
「私も、渡しにきたのです」
膝の上で出番を待っていた包みを満を持して取り上げると、少尉の目がぱっと見開いた。私の手におさまるくらい慎ましやかな包みの中身は、きっと今日これから少尉が受け取るチョコレート達に比べたらずっと粗末なものだろうけど、まあこういうので大事なのは気持ちなので…。どうぞ、と差し出す私の手元を凝視しながら、じりじりとにじり寄ってくる少尉はかすかに頬を蒸気させていた。
「お、おいにか?」
「そうですよ」
「くれるのか?」
「そうですよ」
「先にそう言わんか!!」
「ひえっ」
さっきまでのしかめっ面が嘘みたいに破顔した少尉は、私の手からチョコレートを勢いよく奪い取った。そ、そんな食い気味で来られるほど上等なものではないんですが…。
「開けてもいいか?」
「え、今ですか?」
「開けてくれ」
「食いしん坊さん…」
ウキウキ顔で包みを突っ返されて、期待のこもった目でまじまじと見られながら自分で買ったチョコレートのラッピングを解いた。正方形を6つに区切られた仕切りの中に、キラキラの宝石みたいなチョコレートが並んでいる。少尉は顔や態度に感情が出まくる分かりやすい人なので、私が包みを開けたあとどうしてほしいのかも、その様子を見ただけで分かってしまった。しょうがない人だなぁ…。こういう存外に子供っぽいところが、女性たちの母性を刺激してキュンキュンさせちゃってるのだろうか。
「どれがいいですか?」
「右下!」
「はい」
砕いたナッツが散りばめられた丸いチョコレートをつまむ。少尉の形のいい唇の前まで持っていくと、よしと言わんばかりの満足げな笑みを浮かべた。
「少尉、あーん」
「うむ」
…なんだか餌付けしてる気分…。大きなわんちゃんみたいな少尉は私の手ずからチョコレートを食べると嬉しそうに尻尾を振った。もしかしてこの人、チョコ持ってきた子全員にこんなことさせてるんじゃないだろうな…。ボンボンにもボンボンが過ぎるだろ…と思いながらも次のチョコをあーんしてしまう私も漏れなく少尉にキュンしてしまっているのかもしれない。
「まさかわいが渡しにくっとは思うちょらんかった」
「なんだかんだ少尉にはお世話になったので…」
「そん呼び方やめ」
「え?」
「もうおいは少尉じゃなか」
3つめのチョコを口の中でころころと転がしながら、少尉の切れ長の瞳がじっと私を見つめた。そうは言っても少尉は少尉だった。それ以外になんと呼べばいいものか分からなくて、とりあえず4つめのチョコを押し込んだら指ごと噛まれた。いった!
「ひ、ひど…」
「…鶴見どんの邪魔をしちょったときは目障りこん上なかが、今になってみればそう嫌うようなおなごでもなか」
「へ?」
「まああん時からなんとかおいんもんにならんかとは思っちょったが」
「少尉、薩摩弁むつかしいです」
「少尉はやめ言うたじゃろ」
「はいすみません」
「次」
「はい」
少尉は……鯉登さんは、金塊に興味があるというより鶴見中尉への忠誠心が天高く突き抜けていたためにあの戦いに加わっていたようなものなので、当時似たような理由で杉元さん達にくっ付いていた私は勝手に親近感を抱いていた。あそこまでねじ切れた心酔はしてなかったけど…皆と一緒にいるのが楽しくて旅をしていた私の、その目的意識の低さはたまに私自身を苦しめたりもしたけれど、この人の中尉にかける情熱を見たらなんだか許されるような気がしたのだった。
「全部食べちゃう気ですか?」
「む…まずいか?」
「いいですけど」
最後の1つをつまんで持ち上げると、鯉登さんはちょっと勿体なさげな顔をした。この人こんなに甘いものが好きだったのか。鶴見中尉は甘味好きだと言っていたのでその影響もあるのかもしれないな、と思いつつ口元まで持っていく。
「はい、あーん」
「ん」
ほくほく顔でチョコを味わう鯉登さんを横目に、空っぽになった箱を簡単に包み直した。一箱900円程度のチョコレートが果たして鯉登さんの口に合うものかどうか不安だったけど、こうして目の前で平らげてくれてちょっと安心した。なんてもんを食べさせるんだ貴様!とはさすがに言わないとは思ってたけど…は〜よかったよかった。鯉登さんで大丈夫なら他の人もイケるってことだもんな。最も舌が肥えてそうな鯉登さんに1番最初に渡しに来たのもそういう訳があるのだった。
「じゃ、お時間とってすみませんでした」
「待て。もう行くのか?」
「はい」
「最後まで付き合わんか。口ん中が甘くてかなわん。茶を飲むぞ」
「飲めばいいじゃん…?」
「行くぞ」
「一人で…飲めばいいじゃん…?」
私はチョコを一粒だって食べてないので口直しのお茶は必要ないんですが。私の二の腕をとって無理やり立たせた鯉登さんの中では既に私とお茶を飲みに行くのが決定しているようで、一人でずんずん歩き出してしまう。そうだった、この人結構勝手なところがあるんだった…。かつて月島軍曹が受けた気苦労を思ってちょっと偲んだ。軍曹、お疲れ様です…。
私はといえば、思いのほか長い間しゃがんでいた足が急な上下運動に悲鳴をあげて、思わずたたらを踏んでしまう。付いてこない私を振り返った鯉登さんは、それを見てしょうがない奴だ、みたいな顔をした。そのやれやれみたいな感じやめろ…。
「手を出せ」
「はあ…?」
「つないでやる」
言いながら既に褐色の左手が私の右手を握りこんでいた。そしてそのまま再び歩き出す鯉登さんはなんだかとっても楽しそうだったので、本当に大きなわんちゃんみたいだった。餌付けの次はお散歩か…と失礼なことを考えた私は、もう少しだけ鯉登さんに付き合ってあげることにした。
なんだかんだ仲良し。
2019.2.3