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家賃2万円で礼金ゼロで敷金も管理費も駐車場代までコミコミなんていうオソロシゲな賃貸が本当に存在していいのだろうか?
「部屋は部屋だろ。現にお前は住んでるじゃねぇか」
「うん……」
「安くて何か悪いのか。ここに来てから不利益があったか?」
「うん……」
「そんなことで家主に存在を否定されるとは、この部屋も哀れだなぁ」
「…」
不利益。
家賃2万円の代償としてくっついてきた不利益。
不利益がなんか喋ってる…。
「ていうか尾形さんが不利益だもん…」
「あ?」
「…」
真っ黒い目に睨まれて、すごすご引き下がってしまう弱っちい私だった。
だって仕方ないじゃん…。花の女子大生だもの。まだピチピチの19歳だもの。
人生経験がぜんぜん足りてないんだもの。
ずっと年上の男性に凄まれて、萎縮するなって方が無理がある。
「尾形さんはいつからここにいるの?」
「さあな」
「……いつまでここにいるの?」
「さあな」
答えをはぐらかしているのか、それとも彼自身にもまるで見当が付いていないのか、どちらが正解かを推し量ることはできない。この状況を受け入れるだけで精いっぱいの私には、尾形さんの考えてることを探り当てようとするだけの余裕がない。
現代文の成績、2だったし。作者の気持ちを答えなさいって問題がこの世で一番苦手だった。
加えて尾形さんは普通ではなかったから、きっと誰であっても正解に辿り着くことはできないんだろうな。どんな答えをもらっても、尾形さんは花丸満点を付けないんだろうな。
尾形さん、もうちょっと感情を表に出していけばいいのに。もっと明け透けに笑ってくれたら、こっちだって自分の家で萎縮しなくて済むんだけど…。
脇に抱えてる銃、とか、押入れにしまってくれたらいいのにな。
「言っとくが、後から来たのはお前の方だぞ」
分かってるよ。部屋の隅に腰を落ち着けている尾形さんの姿に、もう何度目かも分からないため息をついた。
家賃2万円の代償、その不利益。
よくある話だった。
……この部屋、“出る”んです。
▽
「ひ、…………」
「……」
「ひえ〜……」
「……」
「いやいや……誰……?」
真夏の夜のことでした。
親友とのルームシェア解消を申し出たその次の日に、不動産屋で見つけた物件のあまりの安さに目が眩んで即決即入居を決めた、そんな初日の夜のこと。
部屋の中に人が、いた………。
何を言っているのか分からないと思う。私も何が見えているのか分からなかった。だって、まだ荷物もなんにもない部屋の隅に、当たり前みたいに知らない男の人が居座っていたのだ。しかもなんか銃とか持っていたのだ。歴史の教科書で見たような格好をしていたのだ。
あは、普通じゃない……。
部屋の入り口で立ち竦んでしまった私を見て、その男は面倒くさそうに片目をすがめた。目!目が合ってる!合ってるくせして何も言わない男に、生唾をゴクリと飲み込んだ。
その奇妙な出で立ち……なんとなく希薄な存在感……そして真夏の夜の出会いとくれば、もう、そういうことになるんじゃないかなぁ…?
「幽霊……ですか……?」
「…」
「…」
「…」
私の問いに是も非も示さない男は、前髪を撫で付ける仕草の下で胡乱げにこちらを見ていた。何か品定めでもされてるような視線に居心地が悪くなって、なけなしの勇気を振り絞って部屋の中へと足を踏み入れた。ええい、ままよ。初期費用も三ヶ月分の家賃も払ったんだから。今ここの家主は私、なんだから。ここで躊躇するのは道理に合わないよ。例えこの人が何者であっても。
「な、」
「…」
「名前を…」
「…」
「教えましょうか。お互いに…」
後ろ手でドアをパタンと閉めながらこわごわと話しかける私を、その人は少し意外に思ったらしかった。
「…聞いてどうする」
「(喋った…)」
なんだかクセのありそうな人だ。疑り深さが口の端に滲み出ている…。教えたくなきゃ教えたくないでいいんですけどね。SNS世代まっさかりの私と、何年前だか何十年前だか、下手したら100年以上前の人間かもしれないあなたとじゃ、名前に対する重みって、多分違うと思うし。
ジェネレーションギャップを無理に埋めようという気はなかった。
ルームシェアで大切なのは、お互いの違いを理解することだ。
「は?」
「え?」
「……住む気か?」
「え?」
「ここに」
「え、あ、はい」
「…」
「す、住む。住みます。ここに」
だからあなたの名前を教えてください。
そうじゃなきゃ、なんと呼んでいいのかも分からない。
しばらく呆気にとられた顔をしていたその人は、やがて深いため息をついたあと、心底仕方ないなという声音で尾形と名乗った。その間、一度もこちらに視線が向くことはなかった。
へ、へえ。尾形さん。
尾形さんか。
わりかし普通の名前だったので、私はそれだけでなんだか安心してしまった。
甘い。(考えが)甘すぎる。
2019.9.5
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