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人通りの多い街だからといって油断してはいけない。
賑やかな表通りから少しでも道を外れて死角の多い路地に入ると、途端に人の気配がしなくなったりする。十分気を付けていたはずなのに、リュウさんを探すのに気を取られていて周りを見ていなかった。リュウさん、どこいっちゃったのかな…。
街で刺青の手がかりを聞き回るついでに、リュウさんとお散歩をしていたら、いきなり勢いよく走り出したので思わず紐を手放してしまった。あんなにかしこくて聞き分けのいいワンちゃんを見るのは初めてで、つい紐を握る手も甘くなっていたかもしれない。反省しなくちゃ。リュウさんは頭が良くて勇敢なアイヌ犬だから、きっと私がいなくても皆のところに帰れるんだろうけど、それでも探さなくちゃ気が済まなかった。
「お嬢ちゃん、一人でどうしたの?」
「おじさんたち、君にお願いがあるんだけど、聞いてくれるかなぁ?」
死角の多い路地裏では簡単に囲まれてしまうので気を付けようね、って杉元さんや白石さんに口を酸っぱくして言われていたのについついやらかしてしまったのは、まあ、そんなわけがあるのだ。
壁を背にした私をニタニタ顔で見下ろすおじさんたち、全員、回れ右して帰ってくれないかな…。私は皆と違って普通の人間なので、こういう場を快刀乱麻の解決で切り抜けたりするのはちょっと難しい。すでに掴まれた手首が悲鳴を上げてる。絶対跡になる。やだな、こういうの見つかると心配性の皆が騒ぐんだ…。余計な心配かけたくないのに。己の力不足を嘆いた私の顔を見て、なぜか舌舐めずりを始めたおじさんが覆いかぶさってきたので、ここからはもう全力の抵抗をするしかない。
「ちょっと!やめてください!」
「お嬢ちゃんかわいいねぇ。いくつ?」
「おっぱい大きいね。おじさんに全部見せてごらん?」
「ばか!やだ!ばか!」
「叫んでも誰もこないよ。よかったねぇ」
「よくないし!や、やだ!離して!」
「はぁ、いい、いいよぉ〜」
なにこの人たちキモいんだけど!!
いよいよ袂を掴まれて背筋が震えた。ああ、早くリュウさん探しにいきたいのに。こんな人たちにかかずらってる場合じゃないのに。ああ、リュウさん。おじさんたちのニタニタ笑いが近づいて来る。やだ、やだって言ってるのに!この分からず屋ども!リュウさん!!
「や、やだぁ!リュウさーん!!」
私の一縷の望みにかけた叫びに答えたのは、勇敢なわんわんの牙ではなく、黒い猫目のグーパンチだった。
「な、なんだぁ!?」
「へぶッ」
「あががっ!」
うわぁ、尾形さんは、射撃だけでなく接近戦もいけるクチ….。私にくっついていたおじさんたちをやすやすと引っぺがした尾形さんは、ポカンとして座り込む私を見下ろした。逆光のせいか、なんだか怒ってるみたいに見える。気のせいかな。膝を折って、私に目線を合わせて、責めるみたいに顎を掴まれてるのは、何のせいかな。
「お、尾形さん、ありがとう…」
「誰だ」
「え?し、知らないですけど…いきなり絡まれただけで」
「違う。お前さっき、誰の名前を呼びやがった」
「え?」
「言え」
「だれ…?」
とぼける気か、と凄まれても分からないものは仕方ない。ふるふると首を横に振ると顔をぐっと近づけられた。や、やだ、近い。ちゅーされそう。なんで。
「お、おがたさん」
「男の名を呼んだだろう」
「へ?」
「誰だ。言え」
「おとこ…」
え、男、だけれども。確かに男だけれども。え、尾形さん知らないの?「尾形さん、リュウさん知らないんですか?」素直に聞いたら掴む力を強くされた。いたいいたい!
「嘘だぁ。尾形さん絶対知ってるよ。朝だって一緒にいたじゃないですか」
「は…?」
「あ!リュウさんいた!」
尾形さんの後ろから尻尾をフリフリさせたリュウさんが現れたので、ほっと安堵の息をついた。よかった。リュウさんに何かあったら谷垣さんに合わせる顔がないもの。無事でよかった。一方私の声につられて振り向いた尾形さんが、数秒ほどリュウさんと見つめあって、やがて眉間を抑えて沈黙してしまったので、私は慌てて尾形さんの背中をさすった。
「お、尾形さんどうしたんですか?具合悪いんですか?」
「……お前……」
ややあって、振り絞るような声で「犬にさんを付けるな……」と言われて、私の勝手じゃないですか、と思ったけどなんだか真に迫るものがあったので黙って頷いておいた。それからしばらく尾形さんは私と目を合わせてくれなかった。なんで。
ドキドキを返せ。
2019.1.9
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