たにんだいじに
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※紅桜の話
「おかしいねぇ…あの人が執心する女だっていうんで、どんな絶世の美女かと思えば…ただの小娘じゃないかい」
「は…はあ〜…?」
「気に入らねえ」
私の腹に差し込まれた刀が無遠慮に引き抜かれて、同時に私の中に収まっていたものがぼたぼたと地面に流れ落ちた。痛いし、熱いし、苦しいし、まったく意味がわからないってのに、目の前の人斬りはもう私に何の興味もないとばかりに刀身に付いた血を振り払って鞘におさめた。
「っ、い、いみわかんないん、ですけどぉ〜」
「邪魔なんだよ。あんたみたいなパンピーが、あの人のそばにいていいはずかねえ。そのままくたばってくんな」
「う、うえ、げっ」
喉の奥から鉄の味が勢いよくせり上がってくるのを感じて、私は吐いた。
突然闇に紛れて斬りかかってきて、意味不明な恨みごとを吐いて、とどめも刺さずに捨て台詞だけ残して人斬りは去った。
あの人って誰だよとか、絶世の美女でなくて悪かったなとか、色々聞きたいことも言いたいことも盛りだくさんだけど、どうやら声に出すのは難しそうだった。視界がぼやけてきて、足元から急に冷えたように感覚が無くなっていく。あー、沖田さんとの映画の約束、すっぽかしちゃうな。なんてくだらないことを最後に考えて私は死んだ。
と思ったら死んでなかった。
意識が戻っても全身沈み込むように重たくて、横たわっている体を動かすのも億劫なくらい調子がよくない。
ゆるゆると瞼を開くと、目に入ってきたのは知らない天井と、憔悴した様子の沖田さんだった。
私の左手を両手で祈るように握っていた沖田さんは、私が目を開けたのを見てとても安心したように、そして泣きそうな顔で笑った。
「よかった…俺ァ…あんたまで失うのかと…」
「…沖田さん…」
私の手をきつく握りしめながら、沖田さんは肩を震わせた。どうやら私は本当に生きているらしかった。悪運の強いこと。卵焼きとしての人生はまだ終わりではないらしい。
病院の清潔な光がまぶしくて何度かまばたきを繰り返して、思い出せることを脳内で反芻すれども意味の分からないことばかりだった。
「あの、私、どうして」
「辻斬りにやられたんでさァ。ほんとに、危ないとこで。三木さん、もうちょっとで死ぬとこでした」
あの人斬り、偉そうに言っていた割には私を仕留め損なったのか。沖田さんは辻斬りと言ったけど、あの邂逅は偶然ではない気がする。気がするも何も、私に何か恨みを持って斬りかかってきたのは奴の口ぶりからも明らかすぎるほどに明白だった。通り魔に見せかけた私怨の犯行だろうか?そんなねちっこいことをする輩に心当たりはない。
「どれだけ、寝てました?私」
「まる二日…もう、目ぇ開けねえんじゃねえかと」
「もしかして、ずっと側にいてくれたん、ですか」
口の中がカラカラに乾いていて、出す言葉もまごついた。沖田さんの目元には隈ができてしまっていて、奇跡のハニーフェイスにすまないことをしたな、と申し訳なく思う。「こんなときに仕事なんかしてられっかよ」と沖田さんは再びきつく私の手を握りしめた。仕事どころか睡眠も取ってないのでは、なんて野暮なことは言わないでおく。ミツバさんのことを思い出してしまっているのかな。
「ありがとーございます、沖田さん。起きて最初に、会うのが、沖田さんでよかった」
「え」
「死ぬかもって思ったとき、沖田さんのこと思い出して。だからかな、無性に会いたかったのかも、しれないです」
瞼を閉じて、探り探りながらも思い出す。
意識が落ちる間際、映画の試写会のペアチケットが手に入ったので一緒にいかないか、と誘ってきた沖田さんが頭に浮かんだことを、私はちゃんと覚えていた。
そのこと自体に深い意味はなくて、ただそういえばそうだったな、くらいの気持ちの上での発言だったのだけど、沖田さんにとってはちょっと違う意味を持つらしかった。沖田さんが目を見開いたのを見て、しくじったかな、と少し後悔した。
「三木さん、それって」
「…」
「俺、勘違いしますよ。いいんですか」
ぎゅっと握られた手が熱くて、縋るように強くて、嬉しそうな、熱っぽい視線で私を見つめる沖田さんを前にしてどうしてダメだと言えようか。これは確実にルートを間違えたな、と私は沖田さんとは別のドキドキを心臓に感じていた。
「…俺、ナース呼んできやす。三木さん、続きは、元気になったら」
名残惜しそうな手つきで私の手を離して、沖田さんは優しくほほえんだ。
そして病室に私一人だけになると、自然と深いため息がこぼれた。…やってしまった。
ドSな沖田さんが私には妙に優しかったり、過保護だったり、よく絡んできたりくっ付いてきたり。意思表示があからさまだったので、沖田さんの気持ちに私は当然気付いていた。その上で迷っていた。
このまま沖田さんルートにいくのはとても簡単。それだけで私は沖田さんを幸せにすることができる。でも私の仕事は私以外のすべての人を幸せにすることなのだ。沖田さん一人だけ幸せにしてそれでいいのだろうか。
分からない。違う気がする。
でもそれって。
「それって、ただのクソビッチじゃん、よ〜」
パタパタとスリッパの音が近づいてくるのが聞こえて、私は逃げるように布団をかぶった。
そしてなんやかんやで高杉に妙に気に入られていることが発覚し、あれやこれやを考えるのが面倒くさくなって現状維持を選択、ターンエンド!(紅桜篇・完)
2014.8.15
「おかしいねぇ…あの人が執心する女だっていうんで、どんな絶世の美女かと思えば…ただの小娘じゃないかい」
「は…はあ〜…?」
「気に入らねえ」
私の腹に差し込まれた刀が無遠慮に引き抜かれて、同時に私の中に収まっていたものがぼたぼたと地面に流れ落ちた。痛いし、熱いし、苦しいし、まったく意味がわからないってのに、目の前の人斬りはもう私に何の興味もないとばかりに刀身に付いた血を振り払って鞘におさめた。
「っ、い、いみわかんないん、ですけどぉ〜」
「邪魔なんだよ。あんたみたいなパンピーが、あの人のそばにいていいはずかねえ。そのままくたばってくんな」
「う、うえ、げっ」
喉の奥から鉄の味が勢いよくせり上がってくるのを感じて、私は吐いた。
突然闇に紛れて斬りかかってきて、意味不明な恨みごとを吐いて、とどめも刺さずに捨て台詞だけ残して人斬りは去った。
あの人って誰だよとか、絶世の美女でなくて悪かったなとか、色々聞きたいことも言いたいことも盛りだくさんだけど、どうやら声に出すのは難しそうだった。視界がぼやけてきて、足元から急に冷えたように感覚が無くなっていく。あー、沖田さんとの映画の約束、すっぽかしちゃうな。なんてくだらないことを最後に考えて私は死んだ。
と思ったら死んでなかった。
意識が戻っても全身沈み込むように重たくて、横たわっている体を動かすのも億劫なくらい調子がよくない。
ゆるゆると瞼を開くと、目に入ってきたのは知らない天井と、憔悴した様子の沖田さんだった。
私の左手を両手で祈るように握っていた沖田さんは、私が目を開けたのを見てとても安心したように、そして泣きそうな顔で笑った。
「よかった…俺ァ…あんたまで失うのかと…」
「…沖田さん…」
私の手をきつく握りしめながら、沖田さんは肩を震わせた。どうやら私は本当に生きているらしかった。悪運の強いこと。卵焼きとしての人生はまだ終わりではないらしい。
病院の清潔な光がまぶしくて何度かまばたきを繰り返して、思い出せることを脳内で反芻すれども意味の分からないことばかりだった。
「あの、私、どうして」
「辻斬りにやられたんでさァ。ほんとに、危ないとこで。三木さん、もうちょっとで死ぬとこでした」
あの人斬り、偉そうに言っていた割には私を仕留め損なったのか。沖田さんは辻斬りと言ったけど、あの邂逅は偶然ではない気がする。気がするも何も、私に何か恨みを持って斬りかかってきたのは奴の口ぶりからも明らかすぎるほどに明白だった。通り魔に見せかけた私怨の犯行だろうか?そんなねちっこいことをする輩に心当たりはない。
「どれだけ、寝てました?私」
「まる二日…もう、目ぇ開けねえんじゃねえかと」
「もしかして、ずっと側にいてくれたん、ですか」
口の中がカラカラに乾いていて、出す言葉もまごついた。沖田さんの目元には隈ができてしまっていて、奇跡のハニーフェイスにすまないことをしたな、と申し訳なく思う。「こんなときに仕事なんかしてられっかよ」と沖田さんは再びきつく私の手を握りしめた。仕事どころか睡眠も取ってないのでは、なんて野暮なことは言わないでおく。ミツバさんのことを思い出してしまっているのかな。
「ありがとーございます、沖田さん。起きて最初に、会うのが、沖田さんでよかった」
「え」
「死ぬかもって思ったとき、沖田さんのこと思い出して。だからかな、無性に会いたかったのかも、しれないです」
瞼を閉じて、探り探りながらも思い出す。
意識が落ちる間際、映画の試写会のペアチケットが手に入ったので一緒にいかないか、と誘ってきた沖田さんが頭に浮かんだことを、私はちゃんと覚えていた。
そのこと自体に深い意味はなくて、ただそういえばそうだったな、くらいの気持ちの上での発言だったのだけど、沖田さんにとってはちょっと違う意味を持つらしかった。沖田さんが目を見開いたのを見て、しくじったかな、と少し後悔した。
「三木さん、それって」
「…」
「俺、勘違いしますよ。いいんですか」
ぎゅっと握られた手が熱くて、縋るように強くて、嬉しそうな、熱っぽい視線で私を見つめる沖田さんを前にしてどうしてダメだと言えようか。これは確実にルートを間違えたな、と私は沖田さんとは別のドキドキを心臓に感じていた。
「…俺、ナース呼んできやす。三木さん、続きは、元気になったら」
名残惜しそうな手つきで私の手を離して、沖田さんは優しくほほえんだ。
そして病室に私一人だけになると、自然と深いため息がこぼれた。…やってしまった。
ドSな沖田さんが私には妙に優しかったり、過保護だったり、よく絡んできたりくっ付いてきたり。意思表示があからさまだったので、沖田さんの気持ちに私は当然気付いていた。その上で迷っていた。
このまま沖田さんルートにいくのはとても簡単。それだけで私は沖田さんを幸せにすることができる。でも私の仕事は私以外のすべての人を幸せにすることなのだ。沖田さん一人だけ幸せにしてそれでいいのだろうか。
分からない。違う気がする。
でもそれって。
「それって、ただのクソビッチじゃん、よ〜」
パタパタとスリッパの音が近づいてくるのが聞こえて、私は逃げるように布団をかぶった。
そしてなんやかんやで高杉に妙に気に入られていることが発覚し、あれやこれやを考えるのが面倒くさくなって現状維持を選択、ターンエンド!(紅桜篇・完)
2014.8.15