たにんだいじに
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「あの、大丈夫ですか〜…あ」
「あ、お前…」
ある日、昼番の仕事を終え、自宅までの道をぶらぶら歩いていると、前方に人が転がっていた。前から思ってたけど、時代柄かなんなのかこの世界はけっこう治安が悪い感じがするな…。どこもかしこも怪我人ばっかりだ。
頭からどくどく血を流し、地面に張り付いているみたいに見えるその人に近付いて声をかけると、ついこの間お知り合いになったばかりの顔が見えた。
「あれ、万事屋さん。こんにちは〜」
「三木…だっけ?また会うたァ奇遇だね」
起き上がって地べたに座り直した万事屋さんは何事もなかったようにへらへらしていた。初めて会ったときも思ったけど、この人痛みとかないのか?いつもこんな怪我してるんだろうか。流血だけでも止めようと、膝をついてハンカチで額を抑えると、万事屋さんは死んだ目をパチパチさせた。
「痛いですか?」
「いや、まあ痛いけど…。悪いね、なんか」
「何がですか?」
「ハンカチ駄目になっちまった」
血を吸って真っ赤になったハンカチを指差されて、今度は私が目を瞬いた。変なことを言う人だ。
「万事屋さんが駄目になってなくてよかったですよ〜…って言うところですか?」
「俺ァこんな怪我くらい何ともないからね、強い子だからね銀さんは」
「気にしないでください、ハンカチくらい。顔のすり傷だけ消毒しておきますね〜」
手持ちのガーゼにオキシドールを吹き付けて消毒の用意をすると、万事屋さんはちょっと鼻白んだ。
「なんでそんな準備いいの?」
「怪我に無頓着な人ば〜っかりで。困りますよね〜ぜんぜん自分を大事にしなくてね〜」
ちょんちょんと傷口にガーゼをあてるたび、万事屋さんはイテテと唸った。頭の怪我のほうがよっぽど痛そうだと思うけど。
「なので私が皆さんを大事にすることにしました〜。にゃんことわんこどっちがいい?」
「…わんこ」
「は〜い」
犬のキャラクターが描かれた絆創膏をぺたっと貼ると、万事屋さんはすまねぇな、と頭をガシガシ描いた。流血は止まったらしい。
「まさかお前がカボチャ娘だったとはね」
「えへへ。世間は狭いですねえ」
万事屋さんと初めて会ったあの日、突然の罵倒のお詫びも兼ねて持っていたカボチャを差し出すと、万事屋さんはなにやらピーンと来たらしい。「もしかして前に神楽にカボチャやったのあんた?」と聞かれたので肯定すると、いろいろ得心がいったようになるほどね、と頷いた。二回連続で万事屋にカボチャを差し入れた私はカボチャ娘ということになっているらしい。
「なに、今日はカボチャ持ってねーの?」
「カボチャ期間は終了しました〜」
たまたまカボチャと万事屋さん達とのタイミングがあっただけで、普段はカボチャなんて持っていないのでカボチャ娘なんていう愛らしいニックネームとはオサラバすることになるだろう。
それでは、と軽く頭を下げて去ろうとすると、万事屋さんに引き止められた。
「まあ待てよ。お前いま暇?パフェでも食いにいかね?」
「パフェ?」
万事屋さんの提案に私はちょっと驚いた。自分でもびっくりするくらいにパフェが食べたいような気分だったからだ。どこぞでパフェというワードを見聞きしたのだろうか。
「パフェいい、いいですね。なんだかこないだからパフェが食べたい気分だったんです」
「行く?行っちゃう?銀さん一人では入りづらいキャワワなカフェがあってな、そこの苺パフェがうめーらしいんだよ」
「ご一緒します〜」
道すがら、万事屋さんと私はお互いについていろいろ話した。万事屋さんは甘いものが大好きで、神楽ちゃん、新八くんの二人と一緒に万事屋を営んでいて、大きな犬を一匹飼っていて、その犬に毎度頭部を噛まれて流血するらしい。さっきもまさにそうだったらしく、私は神楽ちゃんと一緒にいた犬のことを思い出していた。大きいどころの話ではないのでは。
目的のカフェに着いて、念願の苺パフェをつつきながら、万事屋さんとの会話は続く。
「へえ、あんた真選組で女中やってんだ」
「入社1年目の新米ですけどね〜」
「あんなとんでもねー連中のところでよく働けんね。仕事辛くない?」
「皆さん優しいですよ」
「そりゃあね、男はみんな若くてかわいい子に弱いから。だからって安心するのは違うよ?逆に危ないからね?」
「まあ、確かに、若いからお役に立ててるってのはあるかもしれないですね〜」
半分呟くようにして返すと、万事屋さんは、ん?と首を傾げた。
「なんでもないです。万事屋さんは、ほんとに甘いものがお好きなんですね」
私が高く積み上げられた苺の外壁を崩し、中のヨーグルトクリームをいじくりはじめた頃にはもう万事屋さんはあの大きな苺パフェをすっかりたいらげてしまっていた。至福の時間だった…という万事屋さんは大人の男の人なのに子どもっぽくて、見ているこっちも童心に帰ってしまいそうだ。
「甘いもん食べねーとな、ダメなんだよ〜俺ァ。なのに血糖値がよぉ…。今日の楽しみも終わっちまった。あと一週間はお預けだ〜」
万事屋さんは心底名残惜しそうに、空っぽのグラスにこびりついた生クリームをスプーンでこそぎ取りながらぼやいた。
「じゃあ、一週間後、また私と一緒にどーですか?」
「え?」
「スイパラのサービスチケット頂いたんです。私一人じゃあんまり食べられないし…。万事屋さんが一緒に行ってくれるとと〜っても助かります」
私の提案に、万事屋さんは死んだ目を輝かせた。
この人の役に立つのは案外簡単そうだな、なんて見当違いなことをこの時の私は考えていた。
そんな単純な話じゃない。
2014.8.7