たにんだいじに
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「おい八重田!八重田はいるかァ!」
屯所の奥から私を呼ぶ声が聞こえて、私はふと顔を上げた。
あらかた終えた靴磨きを片付けて手を拭いながら廊下を戻ると、私を呼ぶ土方さんと鉢合わせした。
「おう、今ちょっといいか。頼みてえことがあるんだが」
「高谷さん、いいですか?」
「いいよー!しっかりこき使ってもらいな」
庭で水を撒いていた高谷さんにも聞こえていたらしい。お許しが出た私は土方さんと沖田さんの三人で市中にくりだした。
なんでも近藤さんが何者かにやられてしまったらしい。相手の素性はまったくの不明。敵討ちだ仇討ちだとすっかり息巻いている隊士さん達を止めるのを手伝ってくれ、とげんなりした色を見せる土方さんに言われ、私ははい、と頷いた。
「ま、三木さんに言われりゃ奴らも大人しくなりまさァ。てきとーにこのアホな貼り紙剥がしててきとーに奴らァなだめたら、俺とどっか行きやしょうぜ。パフェとか食べたくない?」
「テメーはなに上司の前でサボり宣言してんだコラ」
回収した貼り紙を広げて見た。銀髪の侍ということしか分かっていないらしく、怒りに任せた文字で書き殴ってある。
先日、近藤さんがカボチャに埋もれて伸びていたのも、もしかすると銀髪の侍の仕業なのかもしれないな、と思った。
「あの、私ちょっと心当たりがあるのでそっち行ってみます」
「あ?」
「何か分かったら連絡しますね〜」
「え、ちょっと。三木さん!」
俺も…と言い差した沖田さんに手を振って「一人でへーきです」と言い残して私はあの八百屋へ急いだ。
店長さんは私のことを覚えていてくれたらしく、先日はどうも…と切り出すと、こないだは大変だったねえと気前のいい笑顔をくれた。いい人だ。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
「いやあいいよ、カボチャ買ってくれたしね。美味しかった?」
「とても有意義なことに使えました」
「そーかそーか、よかったらこれ持ってってよ。今日はお代、いらないからさ」
ずっしりと重たいカボチャを手渡され、私は目を丸くした。申し訳ないです、と言うと店長さんは優しく破顔した。
「いーんだよ。お嬢さんかわいいから。おじさんの顔を立てると思って」
「いい人すぎる…ありがとうございます〜」
カボチャを袋に包んでくれる店長さんの背中に、そういえば、と本題を投げかけた。
「近藤さん、どうしてあんなことになってたんでしょうか。誰かに殴られたみたいだったんですけど」
「それがねえ、俺も奥に引っ込んでてよく分かんなかったんだけどさ、女の人にぶん殴られてたってよ。見てた人が言ってたな」
「女の人?」
銀髪の侍じゃなかったのか。
はいどうぞ、と渡されたカボチャにお礼を言って、私は店を後にした。
土方さん達と別れた場所に戻ってみると、そこには誰もいなかったので移動したかな、と踵を返した。すると上から声がかかったので見上げると、沖田さんが屋根の上から手招きしていた。側には近藤さんもいる。怪我の具合はそう酷くはなさそうだった。
「沖田さん、近藤さん」
「銀髪の侍、見つかりやしたぜ。…なんでィそのカボチャ」
「えっ」
沖田さんの指差す先を追ってみると、屋根の上から銀髪の男の人が梯子を降りてきていた。肩のあたりがべっとり血に染まっている。
「え〜?ええ〜?」
「土方さんがハッスルしちまいやしてね。それで負けてんだ、ざまあねーや」
土方さん、熱くなりやがってあのアホ隊士ども、何て言ってたのに、結局一番頭に血がのぼってたのは土方さんでした…なんてオチだったとは。
傷口を抑えながらこちらに向かってきていた銀髪の人が顔をあげて、目があった。生気のない目をしている。近藤さんにも土方さんにも勝ってしまうなんて、強いんだな。人は見た目によらないということかな。
軽く会釈をすると、銀髪の人もぎこちなく返してくれた。その時、上から知らない人の怒号が降ってきた。
「おい銀さん、テメーッサボってんじゃねーよボケェ!キリキリ働かんかいスットコドッコイ!ちゃんとやらねーと給料出さねーぞ!」
「てめっふざけんなジジイ!俺の右肩見てから物言えコラァ!」
聞こえてきた名前に、ん?と顔を上げて、目の前の男の人をとっくり眺めた。屋根に向かって唾を飛ばしていたその人は私の視線に気付いたようで、再びこちらを見やった。目があった。
「あの…銀さんっておっしゃるんですか?」
「え?そうだけど。おたく誰?」
「それは銀ちゃんでもアリな感じですか?」
「アリな感じだね。そう呼ぶ奴もいるね。で、誰?」
私は小さな感動を味わっていた。なんと、世間の狭いことか。思わずぽんと胸の前で手を合わせて、笑顔になる。なんだっけ、この人のこと、あの子なんて言ってたっけ。えっと…。
「ビンボー、天然、頭がパ〜!」
「え、何この子?なんで突然罵倒されてんの!?」
他意はない。
2014.8.5