たにんだいじに
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今日はシフトが昼までだったので、昼食の片付けを終えてすぐに帰宅する予定だった。事務所で着替えてから上がりの挨拶をしに食堂を覗くと、中野さんと藤井さんの困ったような声が聞こえてきた。
「あらやだわ、お醤油切れちゃってるじゃないの。発注してなかったかねえ」
「困ったわねえ、今日の夕飯は肉じゃがの予定だったのに」
「私買ってきますよ〜」
カウンターから配膳室に顔を出すと、二人はあら、と私を見遣った。
「タイミングいいわね〜。ごめんね、お願いできる?」
「いいですよ〜。今日はなんの予定もないですもん。他になにかないですか?どんどんパシリますよ」
「あんたほんと腰が軽いわねえ。助かるわぁ」
急がなくていいからね、と二人に見送られ、近くの大江戸マートに向かう。
道すがら、目の端に見慣れた人が写った気がして足を止めた。見上げると八百屋である。三歩後戻りして覗いてみると、近藤さんがカボチャに埋もれて伸びていた。
「え〜?ええ〜?何してるんですか?」
「三木ちゃ…た、たすけ…」
「引っ張りますよ?引っ張りますね?手どこですか?ここ?え〜と」
手探りでカボチャの山から近藤さんを引っこ抜こうと奮闘してみるものの、カボチャが重くてなかなかうまくいかない。見かねた店長さんが手伝ってくれてなんとか近藤さんの発掘に成功した。
「すみません、お手数かけました。お詫びにこのカボチャひとつ買いますね。ほんとすみません」
「へい、毎度。まあ今後は気を付けてくれや」
どう気を付けなかったらカボチャの山に埋まることになるのだろうか?
へろへろの近藤さんの腕を肩にまわしてひきずるようにして歩き出すと、すまねえ…すまねえ…と近藤さんはべそをかいた。気にしないでください、こんなこともありますよ〜と適当に返すと、近藤さんは悔しそうに歯嚙みした。
「愛のハンターとして情けねえ…!こんなことでへばっちまうようじゃ、一生モノになんかできねぇよなぁ…!」
「そうですよ〜。諦めないことが肝心ですよ〜」
猪でも捕まえるつもりか?
全く話の流れが読めないながらも適当に相槌を打って、近くの公園のベンチに近藤さんを下ろした。
「気分はどうですか?水でも買ってきましょうか」
「いや、大丈夫だ。すまねえ、助かったよ。もうシフトも上がりだったろ?気を付けて帰るんだぞ」
「はぁい、ありがとうございます」
近藤さんに手を振りながら公園を後にする。思いがけずカボチャを手に入れたので、今日の晩ご飯は煮付けかな。
今度こそ大江戸マートに向かい、醤油をゲットしてさあ帰ろうと屯所へと足を進めた。ついでに山崎さんが真選組ソーセージを切らす頃だろうと思い当たって一緒に購入しておいた。真選組ソーセージの正体はただのギョニソであることを、前にこっそり山崎さんが教えてくれたのだ。
ぐるるるる、と獣の唸り声のようなものが聞こえて足を止めた。ふと見やると日傘を差した女の子と白い犬がポツンと道端に佇んでいる。けたたましく鳴るお腹を撫でながら、お互い慰めあっているように見えた。
「あ〜、かわいいお嬢さん」
思わず声をかけると、くりっとした目がこちらに向けられた。チャイナな装いのかわいい女の子だ。犬はなんかすごく大きい。けど愛嬌のある顔をしている。二人のお腹はひっきりなしに鳴っている。
「何か用アルか?」
「君かわいいね〜。いくつ?いま一人?どこ住み〜?」
「女が女をナンパアルか?なめんなヨ!私そんな軽い女じゃないアル!」
「フられちゃった〜」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
参ったな〜、どうしようかな〜と言いながら袋から魚肉ソーセージを取り出した。自分でも演技くさくて嫌んなるな…。芝居はあんまり得意じゃない。
「じゃあせめて、一緒にギョニソでもどーかな〜。丁度三本あるんだけどな〜」
女の子がピクリと反応した。
「そ、それくらいならいいヨ?仕方ないアル、付き合ってやるヨ!」
ちら、と横目でこちらを見やる女の子に笑顔で返すと、女の子はパッと顔を明るくし、私の手を取って走り出した。「行こ!こっちアル!」そう言って連れてこられた先はさっきの公園だったが、そこに近藤さんはもういなかった。
「お前、変なやつアルな。食べ物恵んでくれるなら普通に渡せばいいのに」
「かわいい女の子がいたんで思わずナンパしちゃった。それ以上でもそれ以下でもないです」
「ふ〜ん」
神楽、と名乗っ女の子はソーセージをペロリと平らげると、ベンチの背もたれに背中を預けた。
「でも助かったアル。昨日から何も食べてなくて。ひもじくて死にそうだったネ」
はぐはぐとソーセージを咀嚼する犬を撫でながら、神楽ちゃんは視線を落とした。
「ウチの家ごっさビンボー。住み込みで働いてるけど給料なんかもらったことないアル。社長は天然パーマのかいしょなし、同僚はダメなメガネのアイドルオタクネ。たまにはお腹いっぱいステーキ食べたいアル」
「神楽ちゃん働いてるの?すご〜い」
私が神楽ちゃんの年の頃は、もっと無責任に好き勝手していた気がする。その年で偉いね、と言うと神楽ちゃんはニカッと笑った。
「まーネ!ビンボーだけど、悲しくはないアル。あのバカどもと働くのも悪くないネ。三木も困ったことがあったらいつでも来てヨ!万事屋銀ちゃんが力になるネ」
「万事屋?」
差し出された名刺をまじまじ眺めて、面白い商売があるもんだな、と感心した。
「本当に何でもやってくれるの?」
「ウン!私達に不可能はないネ!」
「さっそくお願いしてもいい?」
「任せてヨ!」
「じゃあ、これ」
持っていたカボチャを差し出すと、神楽ちゃんは目をぱちくりさせた。
「重いし、邪魔だし、処分に困ってたの。持って帰ってくれないかな〜」
神楽ちゃんはもう二、三度、ぱちぱちとまばたきをして、私とカボチャを交互に見た。
ふとポッと顔を赤くして、カボチャを受け取って胸に抱いた。こそばゆそうに笑いながら、
「やっぱりお前、変なやつアルな」
ありがとネ、という神楽ちゃんに、いえいえこちらこそ、と笑って返した。
そして友達に。
2014.8.1