たにんだいじに
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あっという間に一月が経ち、真選組にとって野々さんの熱烈アプローチはもはや見慣れた風景になっていた。
物静かな野々さんはその見た目からは想像できないほど行動派で、沖田さんのいるところに彼女がいないことはほぼ無いというくらいせっせとついて回っている。
野々さんがどうしてもというので食事の配膳も彼女に任せて、私は中で仕込みや後片付けに回ることが多くなった。洗濯や掃除も、表立ったところはやらせて欲しいと言われたら断れない。あまり日の当たらない雑務ばかりを担当することになった私は、気付けばこの一週間、沖田さんと一言も言葉を交わしていなかった。
「やっ。1人?」
「山崎さん」
洗濯場で雑巾の漂白をしているところに、山崎さんがひょっこりと顔を出した。
裏方の仕事をしていても、山崎さんと顔を合わせる頻度は変わっていない。ちょくちょくこうして自分から会いに来てくれるのは地味な山崎さんならではの芸当というか、マメで優しい人柄が垣間見える。
「野々さんってなんかすごいね。あんな情熱的な子だとは思わなかった」
「女の子は恋するとスゴイんですよ〜」
「若さかなぁ。俺なんか見てるだけで疲れるもん。よくめげないなって。沖田隊長ももう少し優しくしてあげたらいいのに」
「あー」
「…ま、しょうがないか。あの人にとっちゃストレス以外の何でもないもんな」
思わず洗濯板に雑巾をこする手を止めて、山崎さんの方を見た。
山崎さんはぽりぽりと頬をかいて、少し言いづらそうにしながらも、私にこっそり耳打ちしてきた。
「何をするにも、ずっとあの子がついてきちゃうだろ?沖田隊長、三木ちゃんと話す時間が取れなくて最近ずっとイライラしてんだ」
「え?」
「沖田隊長にしてみれば、邪魔されてるようなもんだからね」
「それは…。なんというか」
「出来たら三木ちゃんから会いに行ってあげらんないかな。正直おっかなくてみんなビクビクしてるんだよね」
「ははぁ」
遠目で見ても分かるほどに沖田さんの苛立ちは顕著だ。あんなにあからさまに邪険にされても、めげない野々さんってすごい子だな…と今朝方思ったばかりなのでよく覚えている。
おそらく意識して私と沖田さんの接触を阻んでいる野々さんは、沖田さんが私に好意を寄せていることを知っている。口には出さないけど、私の存在が邪魔で仕方ないんだろうな。当然沖田さんのイライラにも気付いているはずなのに、そんなのお構いなしとばかりに押して押して押しまくりなのが少し謎だ。そういう恋愛戦法なのかな。恋する女の子の考えることはよく分からない。
「私も、そろそろ寂しくなってきたところだし、沖田さんとお話しすることはやぶさかではないんですけど…」
「けど?」
「妙な誤解を与えそうで」
「誤解?野々さんにかい?」
「私のこと、恋敵だと思われると、ちょっと困るんですよね」
「困る?」
私の言葉尻をとらえた山崎さんは、そのたれ目をほんの少し見開いた。そわそわした様子で手元をもじもじさせて、何か言おうかどうか迷っているようだ。
そうこうするうちに全ての雑巾を洗い終わったので、タライの水を排水口に流し落として、洗濯板も軽く水洗いをする。一通り片付け終わったあと、長椅子に座る山崎さんの隣に腰掛けた。
「あの〜、私何か変なこと言いました?」
「いや、うーん、これ、聞いてもいいのかな」
「なんですか?」
「…三木ちゃんって、沖田隊長のことどう思ってるの?」
今度は私が目を見開く番だった。
先月万事屋さんのところで聞かれたことは記憶に新しい。
「…その質問流行ってるんですか?」
「え?いやさ、沖田隊長の三木ちゃんへの態度ってあからさまだし、本人もあえてそうしてると思うんだけど、三木ちゃんはどうなのかなーって。原さんに恋敵だと思われると困る…って、隊長のこと何とも思ってないから?」
「それは〜…」
「あっ、いや、恋愛なんて個人の自由だし、口出すつもりはないんだけど!ただどうしても気になっちゃって。ごめんね」
「いえ、監察の山崎さんらしいです。…聞いてくれて、実は少しほっとしてます…」
山崎さんが少し居住まいを正して、改めて私のほうに向き直った。話をするときちゃんと聞く体勢になってくれる山崎さんは、やっぱりいい人だ。胸の内を吐露するなら、今しかない気がした。
「正直、よく分からないんです。分からないって、何が分からないのかも分からないくらい、分からないんです。野々さんや、沖田さんの恋心はあんなに分かりやすいのに。自分のことなのに分からないんです」
「分からないって…自分の気持ちとか、どうしたいかとか?」
「そういうの含めて、全部。沖田さんといるのは楽しいし、最近ぜんぜんお話しできてないのは寂しいって思います。野々さんと一緒にいる沖田さんを見るのは、ほんとはちょっと嫌なんです」
「え、ちょ、それって」
「でもそれだけなんです、私は。野々さんの恋は本気で全力だけど、私の思いはそれだけで…。ちょっと嫌だなって思うくらいで野々さんの邪魔になるようなことするのってどうなんだろうって。沖田さんにも失礼な気がして…」
「確かに、沖田隊長も野々さんも本気で恋してると思うけど」
「本気の恋には本気で応えるべき…って思ってるのに、それでも嫌なものは嫌って感じてる自分もいて…どっちも私の本音なんです。もう何がなんだか」
「…野々さんに遠慮してるの?」
「正直…。あんなに頑張ってる子の邪魔をするのは、しのびないです」
「…遠慮、しなくていいと思うよ」
山崎さんが複雑そうな顔で言うので、少し驚いた。
「野々さんは自分の都合で頑張ってるんだし、三木ちゃんの都合で邪魔されたって文句は言えないと思うよ。沖田隊長の気持ちが向かない限り、実りはないわけだし…。それに、三木ちゃん、多分沖田隊長のこと好きだよ」
「え?」
「恋してるんだよ。だって、一緒にいると楽しくて、話ができないと寂しくて、他の女の子と一緒にいるの嫌なんでしょ?恋じゃん」
「恋…恋なんですか?これが?これだけで?」
「大も小もないと思うよ。もっとシンプルに考えたらいいんじゃないかな。その方が遠慮するよりよっぽど真摯だと思う」
「真摯…」
確かに、私の考えは野々さんに対しても、沖田さんに対しても不誠実だったかもしれない。
他人のためになれ、というニワトリの命令にしばられて、考えることを先延ばしにしてきたこともきっとよくなかった。
しかし…改めて恋だと断言されると、なんだか落ち着かない。
「恋…なんでしょうか。これが」
「腑に落ちない?」
「う〜ん…もし相手が山崎さんでも、一緒にいると楽しいし、お話しできないと寂しいですよ」
「それは…好きの種類が違うよ。自分で言ってて切ないけど…俺と野々さんが一緒にいても何とも思わないでしょ」
「あ…」
「はは…。三木ちゃんは皆のこと好きになれて、皆に優しくできるから、その分特別な好きに気付きにくいし、気付かれにくいんじゃないかな」
「特別」
私が沖田さんを特別に好きかどうか、此の期に及んでまだ半信半疑な自分に辟易した。
本当に沖田さんのことを好きになっていいのか、自分のやるべきことより感情を優先させていいのか、最後の踏ん切りがつかない私は小心者だ。
「山崎さんはすごいですね。全部見抜かれてるみたい」
「ふつうだよ。三木ちゃんが自分を殺しすぎてるだけでさ。もっとわがままになってもいいんじゃない」
最後の一歩は、私のわがままでしか踏み出せない。
ただ、もう少し、自分の気持ちに従順になってみようかという気持ちになった。それほどに山崎さんの言葉が心に響いた。
無性に沖田さんに会いたい。
この日、私の心の中に、確かに恋のつぼみが芽生えた。
同時に山崎の失恋でもあり…。
2015.2.1
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