たにんだいじに
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その日から、野々さんの沖田さんへの強烈なアプローチが始まった。周囲にだだ漏れの隠そうともしない熱視線に、その好意は瞬く間に皆の知るところとなった。
「へーえ。あの沖田くんにねー。物好きな女もいたもんだな。とんでもねードエムか?メスブタか?」
「いーや、あいつの正体知らないで熱上げてんだヨ。騙されてんだヨ。哀れな女アルナ」
「いやいや言いがかりでしょ。沖田さん、中身はともかく顔はいいし。面食いな子なら好きになってもおかしくないよ」
「あんなナヨナヨした顔のどこがいいネ。第一あいつ三木のこと好きジャン。勝ち目ないジャン」
新八くんと万事屋さんがブーッと同時にお茶を吹き出した。
神楽ちゃんがケロッとした顔で「何アルか二人とも」なんて言うので、思わず笑ってしまいそうになるのをなんとか堪えた。
万事屋さんが咳き込みながら神楽ちゃんの頭をはたく横で、新八くんが濡れた机をせっせと拭きだす。
「ゲホっ、おめーなァ、目の前にいるだろ本人が。いるだろ三木が。ちったァ気使えっつの」
「なんでぇ?あいつの恋心なんてバレバレジャン。三木だってもうとっくに気付いてるヨ」
「ちげーんだよあの年頃の恋愛は。茶化しにくいんだよ。あの沖田くんが本気っぽい感じもなんかスゲーやりづらいんだよ。分かれよそこらへん」
「…なんか銀ちゃんらしくない。あのサド野郎に気使うなんて変ネ。三木だから?三木に遠慮してるアルか?なんで?」
「あーハイハイ、神楽ちゃんちょっと黙って。すみません三木さん、デリカシーのかけらもなくて」
「いいですよ、お気になさらず〜」
とは言ったものの、自分の恋愛が話題にのぼるとさすがに少し気恥ずかしいものがある。万事屋さんの態度もなんだか不審だ。この話題は間違ったかな、と今更ながら後悔した。
今日は仕事がお休みなので、万事屋さんの家を訪れた。手土産のかりんとうを囲んで、4人で世間話に花を咲かせていた中で、言い出したのは万事屋さんだ。
「つーか怪我治って復帰したばっかなのに、もう休み貰えんだな。今月の給料大丈夫か?」
「保険使えたので問題なしです。まあ本当は今日も出勤だったんですけどね〜。代わってくれって頼まれちゃって」
「ああ、振休ですか?」
「私の休みにどーしても休みたいって子がいて…」
本来の私の休日は、たまたま沖田さんの非番と被っていた。
それを知った野々さんにお願いされて、お互いのシフトを取り替えっこしたのだ。今日お休みだったはずの野々さんは、私の代わりに出勤している。
「たぶん、沖田さんをデートに誘うつもりかな〜」
「え…それ大丈夫?もともとお前と沖田くんが休み被ってたんだよね?大丈夫?」
「あいつ絶対キレてるネ。その女終わったアルな」
「いいんですか?沖田さん、三木さんを誘うつもりだったかも…」
「ん〜…約束してたわけじゃないし、頼まれちゃうと私は断れないので」
他人のためになることが私の大事な役割である以上、それは守らなければならない。野々さんだって他人に含まれているし、私は彼女のために役立つことをしただけだ。そこに私の意思が挟む隙はないから…とは思っても口には出さない。
万事屋さんの気だるそうな目が私に向けられた。
「お前さあ、誰にでもそーなの?ニコニコ笑いながら誰の言うことにもハイハイ言って従ってんの?」
「そーですよ」
「なんで?しんどくね?お前自分のやりたいこととかねーの?」
「ないですよ。しんどくないです」
「じゃ、今俺がお前になんか命令したら言うこと聞くわけ?」
「はい」
「絶対?なんでも?」
「はい。万事屋さんのこと、好きですから」
ピシリと固まった空気の中で、間の抜けた顔をする万事屋さんに、あれ?と小首を傾げるも反応がない。両脇の新八くんと神楽ちゃんもびっくり顔で私と万事屋さんを交互に見つめている。
なんだこの空気。
「三木…銀ちゃんのこと好きアルか?」
「?うん」
「チャランポランですよ?万年金欠のダメ野郎ですよ!?」
「え、知ってますけど」
「いいアルか!?こんなモジャモジャでほんとにいいアルか!?」
「え、はあ、私、万事屋の皆さんが大好きなので、モジャモジャでも別に」
ガッターン、と大きな音がして万事屋さんがソファーの裏にひっくり返った。え?なんで?
ヨロヨロと這い上がってくる万事屋さんの顔には悲壮の色が見えた。
「そんなこったろうと思った…分かってた…分かってたよ銀さんは…」
「え〜?だ、大丈夫ですか?万事屋さん?なんで?」
「びっくりしたアル。紛らわしいんだヨー言い方が」
「おかしいと思いましたよ。三木さんが銀さんを…とかあるわけないですもん。あーびっくり」
「はっ倒すぞおめーら」
元の位置におさまった万事屋さんはヤケ酒を煽るようにいちご牛乳を飲み干した。何やら不用意なことを言ってしまったらしい。おかしなフラグが立っていないことを祈りつつ、話を元に戻した。
「え〜と、だから、私、皆さんのこと大好きなので。好きな人の役に立つことになんの抵抗もないというか。なんなら楽しいんですよ」
「殊勝なこったね。肩凝りそうな生き方してんな」
「ほんとネ。なんでそんなに…」
「あっ」
神楽ちゃんが言いかけた途中で、万事屋さんと新八くんが同時に声を上げて神楽ちゃんの口をふさいだ。一拍おいて、神楽ちゃんも二人の手の上から自分の口をおさえた。明らかに不審な態度に、まさか、と思う。三人の気まずげな、腑に落ちたような表情を見れば一目瞭然だった。
まさか、この人たちにまで私の偽の生い立ちが伝わっているとは思わなかった。沖田さんか、山崎さんか…誰から聞いたかは分からないけど、でもこの反応は確実にそうだ。あのニワトリが演じるクソババアのことを知っている。
散々な家庭環境の反動でこんな博愛めいた行動を取るようになった、と解釈されるのは、まあ仕方ないことだと思う。
「……あんまり気を使わなくていーですよ。家族のことはそんなに気にしてないんです。今の私には関係ないことだし」
今どころか過去の私のどこにも関係のない、嘘っぱちの悲劇だ。否定しようにもあんな実物を見せられたんじゃ仕方ない。あのニワトリ、本気で嫌いになってきた。
「あ、そう…。じゃあ、もうこの際だしついでに聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
「お前、沖田くんのことどう思ってんの?」
「好きですよ」
私の答えに三人はピャッと肩をすくませて、すぐイヤイヤとかぶりを振った。
「もう騙されねーぞ。お前の言う好きはそーいうんじゃねーもんな」
「特別か?特別な好きアルか?」
「ちょ、ストレートに聞きすぎでしょ神楽ちゃん。もっとオブラートに包もうよ」
「特別?」
顎に手をあてて首をひねる私を、三人は固唾をのんで見守っている。
なんでそんなに気にかかるのか、私にはそっちのほうが気になるけどな。
先日私の中で出した答えは今日も何ら変わっていない。
「正直よく分からないです。特別な好きってなんですか?」
聞き返してみると、三人はサッと顔を逸らした。
知らないのかよ。
不慣れな話題。
2015.1.15