たにんだいじに
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「沖田さん」
「あ、三木さん」
思わず声に出して名前を呟くと、私に気付いた沖田さんはこちらに歩み寄ってきた。その途中野々さんを素通りしたとき、なんとなく気まずい気持ちになったが沖田さんはそんなことは気にもとめず、私を見て嬉しそうにしている。
「怪我の具合はもういいんで?」
「上のご厚意で少し長めに自宅療養させてもらったんです。もうすっかり元気ですよ〜。ご心配おかけしました」
「そりゃよかった。どうです、快気祝いに俺と甘味屋でも行きやせんか」
「お互いお仕事中じゃないですか。あ、こちら新しく入った女中の野々さんです」
気まずい空気を払拭しようと野々さんを沖田さんの前に引き出すと、野々さんは更にチカチカした目で沖田さんを見つめていた。沖田さんはそんな野々さんを見て、「どうも」と軽く会釈をした。
野々さんはもじもじとバスタオルのふちを弄びながら、上目にした瞳をぱちぱちと瞬いている。
「野々ですっ。あの、お名前はなんですか?」
「あ?沖田だけど」
「沖田さん…」
ほう…とため息をつくように零す野々さんに、さしもの私もピーンと来た。
そろりと沖田さんを伺うと、気だるそうな表情で野々さんを見下ろしている。そりゃそうだ。私に気付けて、当の沖田さんが気付かないわけがない。
沖田さんは顔がいいので、こんなことは日常茶飯事なんだろう。
「沖田さんはおいくつですか?」
「18」
「あっ、私と同い年ですね、ふふっ」
濡れたバスタオルを抱えてはしゃぐ野々さんに、おや?と思う。私と同い年だと思っていたけどどうやら年下だったらしい。少し大人っぽく見えるのかな。とはいえ、2歳程度なのでそう大した違いもないか。
ご趣味は、好物は、とお見合いのような質問が続いて、沖田さんの表情も次第に渋くなっていく。
まずいぞ、これは。
かといってここで私が口を挟んで、野々さんにあらぬ誤解を受けるのも避けておきたい。
「…」
誤解、だろうか。
分からないけど、沖田さんがアプローチされているのを見るのは、私より歳の近い女の子に好意をもたれているのを見るのは、分からないけど、なんとなく、嫌な気分がしないでもないような…。
いやいや。
正直なところよく分からない。
嫌でもないし、かといって、良い気分でもなかった。こんな中途半端なわがままは、しまっちゃおうね。今は見ないふりをすることにした。
「野々さん、バスタオル、最後の1枚ですよ〜」
チカチカの視線を沖田さんにのみ注いでいた野々さんは、自分の手元でくしゃくしゃになっているバスタオルにようやく気付いたような慌てぶりで、物干し竿に駆けた。残された沖田さんは、やれやれというように息をついて、私に耳打ちした。
「こりゃたまんねーや。三木さん、また後で」
「あ、はい。お気をつけて」
「帰ったら一緒に茶飲みながらレディースフォー見やしょうね。約束」
さっき会った隊士さん達は全員一番隊だったので、沖田さんも市中見回りに行くんだろう。
バスタオルを干し終わった野々さんは、去っていく沖田さんに気付いてアッと声をこぼした。少し逡巡してから、変わらないチカチカした視線を向けて、手を振りながら声をあげた。
「沖田さんっ、またお話ししましょうねっ」
沖田さんは応えなかった。
残されたこちらは、気まずい。
眼中にない。
2014.12.19