たにんだいじに
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もちろん、三木が今日有給をとったのは、普段お世話になっているほうぼうにチョコを配ってまわるためだった。
大抵はかぶき町を練り歩いていれば出会える面々ばかりなので、1日を街の散策に費やすのも悪くないかな、と思ってのことである。
紙袋いっぱいのチョコを携えて、特にルートも決めずにゆるゆると家を出た。
出会った順に渡していけばいい、そんな風に考えていたものの、初っ端の邂逅に三木は少し困ってしまっていた。
「こんな所で会うたァ、奇遇じゃねえの」
「そーですね~」
森田一義アワーばりの生返事に気分を害した様子もなく、高杉はクックと喉を鳴らした。
路地裏の一角、三方を壁に囲まれた突き当たりに追い込まれた三木は、目の前に立ちふさがるようにする高杉をどこかぼんやりした目で見ていた。
無理やり引っ張り込んでおいで奇遇も何もないのでは、とは思っても決して口には出さない。
高杉にとっては、ただ目の前に偶然三木が通りがかったから、なんとなく路地裏に連れ込んでみた。それだけのことでしかないのを、三木はよく分かっていた。
「ずいぶん堂々としてるんですね~。高杉さん、いちおう指名手配犯ですよ」
「その俺を前にしてずいぶんのんびりしてるじゃねえか。テメエのお仲間の敵だぜ、俺ァよ」
ぐうの音も出ない。
だから苦手なんだ、この人は…。三木はそっと息を吐いた。
超過激派攘夷浪士であるこの男は、真選組女中という立場からしてみれば確かに敵である。自分の味方が追いかける相手である以上、通報なりなんなりの対処を取るのが正しいと思う。ただ、三木にはまだ敵も味方もない。自分か他人かしかないのであった。
真選組の役に立とうと思えば目の前の男の逮捕に尽力すべきだろう。しかし一方で、高杉という他人の役に立つという選択肢もあるわけで。
相対する二つのどちらを立たせるべきか。未だその最適解を見つけられていない三木にとって、この男に会うことは早く答えを出せと急かされているようで少々居心地が悪い。
「…分かってるなら、わざわざ私の前に姿を晒すことないと思いますけど~」
「つれねえな。何考えてるのか知れねえが、テメエが何もしねえ限り俺がどうしようと関係あるまい?」
心底楽しそうな様子でくつくつと笑う。
毎度自分を見逃がす三木の行動を、高杉がどう解釈しているのかは分からない。その答えを知りたがる素振りも見せないので、ただ単に面白がって絡んできているだけだろうな、と三木は踏んでいた。
ふいに以前刺された脇腹が痛んだ。
紅桜での岡田の言葉を思い出す。高杉が三木に執着しているという言葉を、三木は丸っきり信じていない。
「…あの。近いんですけど」
先ほどから少しずつ距離を詰められて、二人の間は拳ひとつ分ほどになっていた。
背中にコンクリートの壁が押し当てられる。足の間に高杉の右足が差し込まれて、三木はぎょっとした。
「近っ。高杉さん、近いです」
「へえ。それで?」
「離れてくださいよ。この近さ、無意味じゃないですか」
「そうかよ」
「人の話聞いてます~?」
なおも寄せられる高杉の体を押し返そうと胸板を押してもびくともしない。はだけた着物の合わせからのぞく肢体は目に余った。
思わず眉を寄せる三木とは裏腹に、高杉は切れ長の瞳を楽しげに細めた。
「あの、年頃の娘にこーいうのは、セクハラですよ。ダメなんですよ」
「へえ」
「慣れてないんで、私こーいうの慣れてないんで。ちょっ、もう、近い、ほんと近い」
抵抗する右手を捕らえ、壁に押し付けた。とうとう息がかかるまでになると、三木の高杉を見上げる目にも呆れの色が浮かんだ。
「無駄にエロいんですよ。もーっ、なんなんですか?斬るんですか?」
「斬る?俺がテメエを?馬鹿言うな」
「え?」
きょとんとした三木の顔を至近距離でひとしきり眺めたあと、満足げに笑みを深くして高杉はぱっと身を翻した。
そのまま去るつもりらしい高杉の足取りを、三木の手が引きとどめた。
まさか引き止められるとは思っていなかったらしい高杉は、無言のままほんの少し目を見開いて、自身の袖をつかむ白い手をじっと見つめた。
「あの、なんかよく分かんないですけど、せっかく会ったし、このままお別れするのもあれなので」
「…」
「これ、もらってください」
紙袋の中から包みをひとつ取り出して、高杉に差し出した。
今度こそはっきりと目を見開いて、高杉は三木に向き直った。ほんの少しばかり眉根を寄せて、解せない、という面持ちだ。
「…何だこれは」
「バレンタインチョコですけど」
「…」
「え~と、高杉さん、バレンタイン知ってます?絶対興味ないと思うんですけど、受け取ってもらえると、嬉しいです」
感情の機微が読めない高杉に対して探り探りといった様子の三木は、じっと高杉の反応を待った。
やがて三木の手からチョコレートが抜き取られ、自由になった三木の右手首を高杉の骨ばった手が掴む。
予想していなかった行動に、三木は目を瞬いた。
「あの…高杉さん?」
「テメエ、何考えてやがる?」
「いや高杉さんが何考えてるんですか?」
お互いに不可解だという目つきで見つめあう。先に視線をそらしたのは高杉のほうだった。
チョコレートを懐にしまいながら、三木に背を向けて歩き出した。
そのまま表通りに出ること思ったところで、高杉の足が止まった。
振り返ったその眼差しは、獣のような鋭さと熱を孕んでいる。
「…今日のコレは、決定打として受け取っておくぜ。次会ったときは容赦しねえ」
「はあ」
なんのこっちゃ、という顔の三木に構うことなく、今度こそ高杉はその場を後にした。
光に埋もれ、人の中に紛れていく高杉の背中を見届けて、三木は安堵の息を吐いた。
容赦しないって、次こそは斬られるんだろうか。
捨て台詞の意味を深追いしないまま、三木は憂鬱な気持ちになった。
執着心に火をつけた。
2014.10.2