たにんだいじに
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※山崎視点
俺たちが、今までにない期待と情熱でもってその日を迎えたのは、仕方のないことだったと思う。
当然と言い換えてもいい。
その大半が童貞で構成された俺たち真選組にとって、今日、2月14日は忌むべき日であったに違いない。
出待ちなんてされない。呼び出されもしない。チョコなんてもらえないし、告白なんてされなかった。
副長と沖田隊長だけは毎年何かしら貰っていたようだけど、それは彼らとどうこうなりたいというより、ただ遠巻きに憧れていることを示すものでしかなかった。嫌われ者がすっかり板についた俺たちの、なけなしの顔ファンというやつだろう。
それでもソワソワと浮き足立ってしまうのは、悲しいかな男の性というやつで。
貰えねーの分かってるし、期待なんてしてないし、と強がってみても内心はやっぱり欲しいのだ。もうめちゃくちゃ欲しいのだ。「これ、山崎さんに渡しておいてくださいっ」なんて見張りの奴に言付けられて、屯所内にその事実を知らしめてやりたいのだ。
毎年毎年、そんな妄想を繰り広げるだけの日々を重ねて、今日この日までやってきてしまった。
でも今年は違う。
今年、俺たちにはチョコをもらえる「あて」があった。
「あん?三木なら今日は休みだよ!」
おばさん女中高谷さんのその一言は死刑宣告に等しい響きをもって俺たちの希望を打ち砕いた。
朝、いつものようにめまぐるしく動く配膳室の中に三木ちゃんの姿はない。
あれ?と思ったのも束の間、隊士の一人が発した「三木ちゃんは?」の問いに対する返答がこれである。
ウキウキ顏した連中が一転して絶望を感じ取った様はさぞ見ものだったが、俺にそれを笑うことはできなかった。
俺も連中と同じ顔をしていたに違いなかった。
「休みって…今日シフトは?入ってないの?」
よせばいいのに、そんなことを聞く隊士の周りに童貞どもがむらがる。
高谷さんは俺たちを一瞥して、正直に言おうかどうか、少し逡巡する様子を見せた。
だが俺たちに優しい嘘をつく義理はないと思ったのか、単に深く考えなかっただけなのか、事実のみを述べることにしたらしい。
「あの子今日は有給とったよ。珍しい。初めてじゃないの?」
「ああああああああ!」
食堂に男たちの悲しい咆哮がとどろいた。
平均年齢高めの配膳室はそんな俺たちを白い目で見ている。その温度差がまたつらい。
「なんでだよおおお!なんで今日に限ってえええ」
「よりによって今日お休みなんてえええ」
「しかも有給!有給だよ!」
「くっそおお!絶対チョコもらえると思ってたのにいいい」
思い思いに叫ぶ奴らの胸中には三木ちゃんなら全員にチョコをくれるだろう、という思いとは他に、もしかしたら自分にだけ特別なチョコを用意してるかも…なんて自惚れがあったように見える。
「皆さんには内緒ですよ~」と頬を染めながら俺にだけ手作りのチョコを渡す三木ちゃんを、俺だって妄想しなかったわけじゃない。現実にありえないとしても、思い描くだけならタダじゃないか?
しかし現実はどうだろう。手作りどころか、市販の1つも貰えないなんて。確実に貰えると思っていたものが手に入らなかった時の絶望は、前年までの比ではない…。
ふいにざわめきが止み、静寂が訪れた。
多分みんな思い出したのだと思う。
ここにいる誰よりも、何よりも、三木ちゃんからの特別なチョコを楽しみにしていた人の存在を。
「…へえ。三木さんは今日、お休みかィ」
食堂の入り口から聞こえてきた声は、いっそ恐ろしいほど穏やかで、より一層俺たちの恐怖を駆り立てた。
怒ってる。
確実に怒ってる。
沖田隊長はその涼しげな表情を崩しもせずに、そう言ったきりいつものように朝食の席についた。
そんな隊長に空恐ろしさを感じながらも、俺たちも後に続く。
ため息ひとつつくのも憚られて、もそもそと、活気のない咀嚼音だけが食堂に響いた。
三木ちゃん、あんたァ罪な女だね。
沖田隊長のドSに火がついていないといいけど、なんて望み薄なことを一応願っておいた。
当然、逃げられません。
2014.9.28
俺たちが、今までにない期待と情熱でもってその日を迎えたのは、仕方のないことだったと思う。
当然と言い換えてもいい。
その大半が童貞で構成された俺たち真選組にとって、今日、2月14日は忌むべき日であったに違いない。
出待ちなんてされない。呼び出されもしない。チョコなんてもらえないし、告白なんてされなかった。
副長と沖田隊長だけは毎年何かしら貰っていたようだけど、それは彼らとどうこうなりたいというより、ただ遠巻きに憧れていることを示すものでしかなかった。嫌われ者がすっかり板についた俺たちの、なけなしの顔ファンというやつだろう。
それでもソワソワと浮き足立ってしまうのは、悲しいかな男の性というやつで。
貰えねーの分かってるし、期待なんてしてないし、と強がってみても内心はやっぱり欲しいのだ。もうめちゃくちゃ欲しいのだ。「これ、山崎さんに渡しておいてくださいっ」なんて見張りの奴に言付けられて、屯所内にその事実を知らしめてやりたいのだ。
毎年毎年、そんな妄想を繰り広げるだけの日々を重ねて、今日この日までやってきてしまった。
でも今年は違う。
今年、俺たちにはチョコをもらえる「あて」があった。
「あん?三木なら今日は休みだよ!」
おばさん女中高谷さんのその一言は死刑宣告に等しい響きをもって俺たちの希望を打ち砕いた。
朝、いつものようにめまぐるしく動く配膳室の中に三木ちゃんの姿はない。
あれ?と思ったのも束の間、隊士の一人が発した「三木ちゃんは?」の問いに対する返答がこれである。
ウキウキ顏した連中が一転して絶望を感じ取った様はさぞ見ものだったが、俺にそれを笑うことはできなかった。
俺も連中と同じ顔をしていたに違いなかった。
「休みって…今日シフトは?入ってないの?」
よせばいいのに、そんなことを聞く隊士の周りに童貞どもがむらがる。
高谷さんは俺たちを一瞥して、正直に言おうかどうか、少し逡巡する様子を見せた。
だが俺たちに優しい嘘をつく義理はないと思ったのか、単に深く考えなかっただけなのか、事実のみを述べることにしたらしい。
「あの子今日は有給とったよ。珍しい。初めてじゃないの?」
「ああああああああ!」
食堂に男たちの悲しい咆哮がとどろいた。
平均年齢高めの配膳室はそんな俺たちを白い目で見ている。その温度差がまたつらい。
「なんでだよおおお!なんで今日に限ってえええ」
「よりによって今日お休みなんてえええ」
「しかも有給!有給だよ!」
「くっそおお!絶対チョコもらえると思ってたのにいいい」
思い思いに叫ぶ奴らの胸中には三木ちゃんなら全員にチョコをくれるだろう、という思いとは他に、もしかしたら自分にだけ特別なチョコを用意してるかも…なんて自惚れがあったように見える。
「皆さんには内緒ですよ~」と頬を染めながら俺にだけ手作りのチョコを渡す三木ちゃんを、俺だって妄想しなかったわけじゃない。現実にありえないとしても、思い描くだけならタダじゃないか?
しかし現実はどうだろう。手作りどころか、市販の1つも貰えないなんて。確実に貰えると思っていたものが手に入らなかった時の絶望は、前年までの比ではない…。
ふいにざわめきが止み、静寂が訪れた。
多分みんな思い出したのだと思う。
ここにいる誰よりも、何よりも、三木ちゃんからの特別なチョコを楽しみにしていた人の存在を。
「…へえ。三木さんは今日、お休みかィ」
食堂の入り口から聞こえてきた声は、いっそ恐ろしいほど穏やかで、より一層俺たちの恐怖を駆り立てた。
怒ってる。
確実に怒ってる。
沖田隊長はその涼しげな表情を崩しもせずに、そう言ったきりいつものように朝食の席についた。
そんな隊長に空恐ろしさを感じながらも、俺たちも後に続く。
ため息ひとつつくのも憚られて、もそもそと、活気のない咀嚼音だけが食堂に響いた。
三木ちゃん、あんたァ罪な女だね。
沖田隊長のドSに火がついていないといいけど、なんて望み薄なことを一応願っておいた。
当然、逃げられません。
2014.9.28