たにんだいじに
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翌日ニワトリは来なかった。
もし今日ものこのことやってきたら、今度は問答無用で追い返そうと思っていたから少し拍子抜けした。
隊士さん達への意識づけはあの二日で十分だったということか。残念ながらその目論見は成功している。
「三木ちゃん、何かあったらなんでも言ってね。俺たちに遠慮なんていらないから」
朝、食堂でカウンター越しに山崎さんが心配そうに話しかけてきた内容にくらっときた。目眩がした。
山崎さんの気遣いに胸がざくざく傷み、私の良心が悲鳴をあげている。
山崎さんだけじゃない。みんな私のことを心配して、暖かい言葉と思いやりをくれた。
みんないい人だから、余計にあのニワトリが講じた下衆な仕掛けが浮き彫りになって私の心を抉るのだ。
あの日、直接私とニワトリのやりとりを見ていない人たちにまで話は伝わっているようで。
近藤さんも土方さんも、直接何か言ってくることはなかったけど、もしまたあのおばさんが来たら屯所にあげるなとお触れを出してくれたらしい。らしい、というのは隊士さんがこそっと耳打ちしてくれた情報だから。あの人たちは私に何の恩も着せず、知らせることもなく、ただ黙って私のために動いてくれるのだ。いい人すぎる。いい人すぎて、しんどくなった。
ここまできたら、私にできることは何もなかった。ただいつも通りにふるまって、みんなが嘘っぱちの悲劇を忘れてくれるのを待つのみだった。
そんな私を空元気だとか、心配かけまいと気丈に振る舞ってるだとか、そういう解釈をされるのはもうこの際致し方ない。
もうなるようにしかならない。
▽
「ちょっと変わった子だとは思っていたが、まさか家族があんなだったとはなぁ」
「ありゃとんでもねえですぜ、近藤さん。三木さんが過去にどんな仕打ちを受けてきたか、想像するだけで吐き気がしまさァ」
「思い返してみると、三木ちゃんが自分のことを話してくれたことは一度もなかったか。そりゃ、俺たちには言えねえよなぁ」
局長が腕を組みながら難しい顔で唸った。横で沖田隊長がその目に恐ろしい色をたたえて目つきを鋭くしている。
知世ちゃんの母親が訪ねてきた日、そのあまりの蛮行ぶりに俺たちは開いた口が塞がらなかった。「おい山崎、三木ちゃんのお母さんが見えてるらしいぜ」「ちょっと様子見に行かないか」なんて無遠慮な誘いに乗ってしまったのは、ひとえに三木ちゃんのプライベートが知りたいという好奇心からだった。三木ちゃんは決して自分を語らない。それが何故かなんて考えたこともなかったけど、その日、その答えをいやというほど思い知らされた。
「三木ちゃんがあんなにも俺たちに優しいのは、家族に愛されなかった過去があるからじゃないでしょうか。優しくされない辛さを誰よりも知ってるから、誰よりも優しくあろうとしてるように思えます」
「想像で語ってんじゃねーよ、山崎。本当のことは当人にしかわからねーだろうが」
縁側で煙草をふかしていた副長に牽制され、俺は口をつぐんだ。
局長室に、局長と副長と沖田隊長と、俺。この中であの日実際に現場にいたのは俺と隊長の二人だけだ。局長と副長は俺たちから話を聞いて、渋い顔をした。この二人も、まさか三木ちゃんがあんな家庭環境で育っていたとは夢にも思っていなかったんだろう。
沖田隊長が薄ら笑いを浮かべた。
「ま、反面教師にしてるのは間違いないでしょうね。三木さんのルーツが知れただけで俺ァよしとしますよ。あのクソババア、俺がぶっ殺してやってもいいがそれよりやるべきことがあるみたいなんでそっちは土方さんに任せます。頼んだぜフォローの達人」
「テメーはなに人に危ねえ橋渡らせようとしてんだ!」
剣呑な様子を見せながらもいつもの軽口を叩く余裕があるようで、俺は少しほっとした。あの日、沖田隊長は本気で三木ちゃんのお母さんに斬りかかろうとしていた。俺たち隊士が必死に止めていなければ、襖をぶち破って三木ちゃんの頭をひっつかんでいたあの憎い右手を斬り落としていたに違いない。それでもすんでのところでその殺意を止めたのは、あれだけ虐げられながらも笑顔を崩さず黙って付き従っていた三木ちゃんの姿に他ならない。彼女の立場を思えば、あの場で介入はできなかった。
「何をする気だ?総悟」
「愛が欲しいってんなら腹いっぱいくれてやりまさァ。生憎、俺ん中に溜め込んどくのもしんどくなってきた頃でしてね。たっぷり受け取ってもらいますよ」
遠慮すんのやーめた、と言って沖田さんはさっさと出て行ってしまった。その場に残された気まずい空気に辟易したように、副長が新しく煙草に火をつける。
沖田隊長って、なんでああも堂々と意思表示できちゃうんだろう。イケメンだからか?イケメンだからなのか?
局長がポッと頬を染めて、「え?なに、そうなの?総悟って、そうなの?」と今更なことを言うので、「知らなかったのは局長くらいですよ」と呆れながら返した。副長がフーッと煙を吐き出しながら、やれやれといった目で局長を見やる。
「近藤さん…あんた、一生女にはモテねえな。鈍すぎる」
「いや、やけに気に入ってるとは思ってたよ?あいつが年の近い子と仲良くするなんて珍しいなとは思ってたよ?でもまさかさあ~そうか~。総悟もそんな年頃か~」
ニヤけが抑えきれないという顔でうんうん頷く局長。一方で、副長はその眉間にしわを刻んでいる。その不穏な様子に、まさか、と最悪の三角関係を想像して青くなった。そんな俺に気付いた副長が遠慮のない目で俺を睨みつける。
「妙な勘ぐりしてんじゃねーぞ。俺は八重田のことなんてなんとも思っちゃいねえ」
「じゃあ何なんです。何か心配な事でも?」
「総悟が誰を好きになろうがどうアプローチしようが知らねーよ。奴の好きにしたらいい。ただ、八重田の親が持ってきたっつー見合い話が気にかかる」
煙と共に吐き出された言葉に、そういえば、と思い出す。完全にお家の都合の政略結婚前提の見合い話。三木ちゃんの意思なんて全く介していないに違いない。さすがに何か言い募ろうとした三木ちゃんは、問答無用でお茶をひっかけられてそれきり何も言わなかった。あんまりな仕打ちに今思い出してもムカムカする。
「八重田のことだ、最後には自分より他の奴らの利益になるほうに決めちまうだろうよ。あいつがその辺頑ななのは俺でも分かる。そうなると、やばいのは奴だ」
思わず顔がひきつった。副長の言わんとしていることに気づいて、冷や汗が流れ落ちる。
「あいつが暴れるのだけはごめんだぜ。なんせ、奴ぁドエスの星の王子様だからな」
うんざりした様子で副長は言った。
これから起こる惨劇を想像して、俺たちは硬い面持ちで顔を見合わせた。
そして偽のお見合いブッコワシ篇へ。(続きはない)
2014.9.13