短い話
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※転生現パロ
「こないだのBBQ、雨のせいで中止になったじゃん?」
「うん」
「なったね」
「…」
「仕方ないから杉元んちでタコパに変更したじゃん?」
「うん」
「したした」
「…」
「んで、杉元と尾形ちゃんと三木ちゃんで買い出し行ってもらったじゃん?」
「うん」
「行った行った」
「…」
「留守番しながらさぁ、俺とアシリパちゃんでぼ〜っとテレビ見てたわけ」
「うんうん」
「それでそれで?」
「…」
「桂文枝がツボだったみたいでさぁ…」
「おい! 新婚さんにはどうやってなるんだ!?」
「…」
「…」
「………くだらん」
尾形さんがため息をつきながらそんな呟きをこぼしても、そのまっくろい目は全然笑っていなかったし、私の隣で白石さんの話を聞いていた杉元さんもたちまちに負のオーラを醸し出すので、これは大変なことだぞ……と私はそっと息を呑んだ。白石さんも生唾をごっくんした。
日曜日の昼下がり。尾形さんのマンションで、明るいうちからお酒でも飲もうかって、いつものメンツが集合していた。本当はキロランケさんや谷垣さんも来るはずだったけど、お仕事の関係で都合が悪くなってしまった。残念だね。でもそれはそれでよかったのかもしれない。アシリパさんを本当の娘みたいに可愛がってるキロランケさんがもしこの場にいたとしたら、もっと収集のつかないことになっていたに違いない。
「アシリパさぁん? 新婚さんはちょーっと早いんじゃないのぉ? ねえ? 結婚したい男でもいるのかい?」
「圧が…」
「杉元さんの圧がやばい…」
「子供の冗談だろ。本気にするなよ」
床に膝をついて、アシリパさんの肩を掴みながら凄む杉元さんの、その人間離れした圧にもまるで屈してないのはさすがアシリパさんと言うべきか。口では杉元さんをからかってる尾形さんだって内心は平静じゃいられてないのが空気で分かって、穏健派の私たちはヒヤヒヤだ。
「相手ならいるぞ!」
「ア゙ン!!?!?!?」
「杉元さん落ち着いて!」
「顔! 顔やばいって!」
「くだらん…」
修羅と化した杉元さんを慌てて後ろから羽交い締めにする白石さんと、意気揚々と爆弾発言を投下したアシリパさんを背後に庇う私はまるで同じような表情をしていたと思う。もー怖い、怖いってば。杉元さんはアシリパさんのこととなると軽々とラインを越えることができてしまう人なので、この展開はちょっとまずいよ。アシリパさんってばおませさん! 巣立ちの時にしては早すぎる。娘に彼氏が出来たお父さんってこんな心情なのかな。杉元さんほどじゃないにしろ、私だってアシリパさんに対しては親バカの域に入っているのでなかなか切ない気持ちになってしまった。
「三木!」
「えっ」
「私と新婚さんになってくれ」
そんな心情の時にキラキラの瞳で熱烈に迫られて、拒める人なんているのかな。
「は、はい」
アシリパさんにぎゅっと両手を握られて反射的に頷いてしまった。
えっ、どういうこと? 大人は全員固まって、地獄の釜の蓋でも開いたかのようだった杉元さんのどす黒いオーラもパタリと止んだ。尾形さんもまっくろい目をパチクリと瞬いた。白石さんだけがアラァ♡なんて頬を染めて、杉元さんからアッサリ手を離してしまった。えっ。えっ? どういうこと?
「あ、アシリパさん?」
「なんだ?」
「新婚って……私と?」
「不満か?」
「いやあの不満っていうか…?」
「安心しろ。必ず幸せにする」
「あ、アシリパさん…!」
胸がキュン。君にキュン。「ぜひお嫁さんにしてください!」と一も二もなく頭を下げる私にアシリパさんは任せろ!と満足そうに頷いた。こんなに頼もしい女子小学生がこの世にいるものか? いるんですそれが。この世に一人だけいるんですよ…。お父さんお母さん、今まで育ててくれてありがとう。私、結婚します!!
「あ、アシリパさ〜ん…。なんだよ、そういうジョークなら最初に言ってよ〜。俺信じちゃったじゃんかぁ」
「ジョークじゃないぞ。本気だ」
「そうですよジョークじゃないですよ。私だってもう本気ですよ!」
「三木ちゃんノリノリじゃん! ウケる〜」
「ウケるか阿呆が」
ヘラヘラ茶化す白石さんを背後からどついた尾形さんが、つまらなそうな顔で私とアシリパさんの頭を鷲掴んで引っぺがした。いたいいたい。尾形さんってばさては嫉妬してますね? 残念だけど私だってアシリパさんのお嫁さんの座をみすみす渡す気はないので、めげずにアシリパさんの腕にひっついた。
「尾形さん、すみませんけどアシリパさんと新婚さんいらっしゃいに出るのは私です。100年分ノロケてくるので桂文枝のイスコケ芸をテレビの前でどうぞ堪能してください」
「あ? 生意気言ってんじゃねぇぞコラ」
「いひゃいいひゃい、いひゃいれす〜」
「あーあー、尾形ちゃんったら大人げなぁ〜い」
「そうだぞ尾形。俺は三木ちゃんとアシリパさんなら全然アリだ」
「バカか? お前ら」
むいむい頬を引っ張ってくる尾形さんの、呆れたような声音を受けても全くめげない白石さんは「俺は応援するからねっ」なんてゆるゆる笑いながらサムズアップを向けてきた。杉元さんもさっきの修羅オーラが嘘みたいなニコニコ顔でいつもの気のいいニィちゃんに戻っている。おままごと遊びほほえまし〜って顔してますけど私は結構本気ですよ。なんたって、私はアシリパさんのことを世界で一番尊敬しているので、添い遂げられるというなら願ったり叶ったりなのである。
「アシリパちゃん、新婚さんいらっしゃいに出てみたいの?」
「うん! 出てみたい。面白そうだ」
「じゃ、三木ちゃんと新婚さんにならなきゃねぇ。俺牧師さんしてあげる!」
「ぼくし?」
「誓いを立てる人のこと」
ハテナを浮かべたアシリパさんが小首を傾げるので、横から「ゆびきりげんまんみたいなことだよ」って補足した。結婚式には何度か出席したことがあるけど、牧師さんの前で誓いを立てるシーンはやっぱり結婚式の目玉だよね。私はアシリパさんとなら病める時も健やかなる時も、死に分かれることになってまでも一緒にいたいと思うので、聖職者然とした顔を作ってそれっぽい立ち姿をする白石さんの前でしおらしくしてみせた。アシリパさんと誓いのキス…緊張するけど…全然いける!
「いける! じゃねぇよバカか」
「お、おがたひゃん」
「俺はちょっと見てみたいけどな〜」
「お、俺も…」
「もしやバカしかいねぇのかここは」
なんとでも言っていいですよ。心底呆れたような尾形さんは、私の頬を掴み上げるかたわらアシリパさんの額に軽いデコピンをお見舞いした。
「そもそも結婚できる歳じゃねぇだろうが」
「む…」
正論だ。尾形さん、急に正論を挟んでくるのはやめてほしいよ。
アシリパさんは前世の記憶を含めた精神的な練度でいえばそこらの大人に引けは取らないレベルだけれども、実年齢は確かに華の小学生、手を出した私が逮捕されちゃう年頃だ。未成年淫行、絶対ダメ。やめようね。アシリパさんから求婚されたとはいえ責任があるのは私の方で、そもそもアシリパさんが結婚可能年齢を大幅に下回っていることを指摘されると「ぐぬぬ」となるしかないのである。私は何年だって待てるけど、新婚さんいらっしゃいが6年後も続いてるかどうかは自信ない。放送が確実な今じゃないとダメなのだ。尾形さんの指摘にアシリパさんも考え込んでしまって、四人揃ってうーんと唸った。髪を撫でつける尾形さんだけがなんだか楽しそうだ。
「アシリパ、お前、文枝に会えりゃそれでいいんだろ」
「うん…。でも、やっぱり難しいのか。残念だ」
「手ならあるぜ」
「え?」
「俺と三木が出る」
「え?」
背後に回った尾形さんの腕が私の首をがっちりロックして、その素早さと発言に今度は私がハテナを浮かべる番だった。耳元の近いところで「それなら問題ねぇだろ」とざらついた低音で囁かれて、問題はないけど文句はあるよと思ったけど、ひとまず黙って見上げるだけにとどまった。尾形さん何を言い出すんですか。とりあえず話を聞いてみよう派に回った私とアシリパさんとは対照的に、視界の隅で杉元さんの修羅スイッチが入るのが見えたけど素早くアシリパさんがガードに入った。
「お前と三木が新婚さんになるってことか?」
「ああ。なってやってもいい」
「ええ…それじゃ意味ないですよ。アシリパさんはどうするの?」
「観覧席に呼んでやるよ」
「おおっ」
「なるほど。そういう手もあるのか!」
「ちょっとちょっと! 二人とも感心しちゃダメだって!」
孤独のグルメ顔しないで!なんてよく分からないことを言う白石さんが慌てて割って入ってきても尾形さんのニヤニヤ顔は変わらない。なるほどなぁ。アシリパさんが出演側に回らなくても関係者枠で会いに行く手はあるわけか。尾形さんは28歳、結婚するのに何の問題もない年齢ではあるし、目的に沿った上手い作戦だといえる。この人ってば根っからの策士だな。
「白石、後で名前貸せ。婚姻届なら夜間受付してんだろ。今日中に出しに行く」
「ええ、白石さんが証人ですか?」
「俺前科あるけどいいのぉ? …って違う違う! ガチのやつじゃん! 三木ちゃん、拒否らないとマジで尾形三木になっちゃうよ!」
「八重田百之助になってやってもいいぜ、俺は」
「融通!」
「クソ尾形ぁ…」
どうせなら両親に証人になってほしいけど、スピード感を重視するなら白石さんしかいないだろうな。激おこ顔で尾形さんにメンチを切ってる杉元さんは死んでもサインなんかしてくれないに違いない。おでこがくっつくくらいの距離で威嚇する杉元さんなんかなんのその、せせら笑う尾形さんは私を閉じ込める腕に力を込めた。圧死、圧死するって!筋肉に挟まれて溺れちゃいそうだ。
「三木ちゃんがお前なんかと出るわけねえだろ。どけ。新婚さんいらっしゃいには俺が出る」
「は? バカは引っ込んでろ。テレビの前でハンカチ噛んでるのがお似合いだぜ」
「あ? お前みたいな根暗が文枝にハマるわけねえだろ。お前こそ引っ込め。引っ込んだまま出てくるな」
「うるせえな。どうせその傷だらけのツラ全国ネットに晒して山瀬まみに引かれて終わるだけだろ阿呆が死ね」
「は? お前が死ね」
「あ?」
「あ?」
「お前らどっちもイカれてんのか!?」
「三木はどっちにするんだ。選べるみたいだぞ」
「うーん、どっちでもいいなぁ。姓名判断で決めようか」
「三木ちゃんも静かに狂うのやめてぇ?」
どっちもキャラが濃いので審査には通りやすそうだ。新婚さんいらっしゃいは全国区の大人気ご長寿番組なのできっと倍率も低くはない。なるべくインパクトのある方がテレビ映えするし、桂文枝のズッコケ芸を引き出そうと思ったら番組プロデューサーだってよりツッコミどころの多い新婚さんを選ぶに決まってる。その点、尾形さんも杉元さんも外見内面含めてフックだらけの人なので、どっちも適任と言えると思うな。
やっとこさ尾形さんの腕から抜け出してアシリパさんの隣に落ち着いた。ツッコミ疲れたとばかりにやれやれ顔で冷蔵庫からビールを取り出してきた白石さんは、ガン付けあう二人を鑑賞するモードに入ったらしい。やっぱり谷垣さんとキロランケさんもこの場にいて欲しかったな。ストッパー不在が悔やまれる。
「どっちでもいいんならさぁ、俺でもよくない? 八重田由竹、オススメだよ。どう?」
「え〜? 白石さんかぁ。白石さんなぁ…」
「やめておけ三木。そこまで身を切らなくてもいい」
「んアシリパちゃん冷たいッ」
白石さんの全身関節外しの軟体芸を受けたMC陣のリアクションを見てみたい気もするけど、まるまるカットされてお蔵入りになっちゃうと思う。初見じゃちょっとしたグロ注意だもん。
「製作側がそんなバクチ打つとは思えないので、白石さんはナシ!」
「そんなぁ〜」
「仕方ないな。白石、私と一緒に観覧席に回ろう」
「いや俺はあの場に行きたいわけじゃないんだけど…」
尾形さんも杉元さんも、もちろん白石さんだって私にはもったいないような人だけど、アシリパさんを確実にあの名落語家に引き合わせるにはより手堅い策を取るしかない。白石さんに向けて腕でバッテンを作りながら、心の中でそろばんを弾いた。うーん、白石さんに偉そうなこと言ってる場合じゃないなぁ。新郎役がどちらになるにしろ、新婦役の私が足を引っ張ってはおしまいだ。
「個性だけでどこまで戦えるか分からないけど、尾形さんや杉元さんはともかく、私自身にもっとキャラクターの色をつけた方がいいのかな。それともテレビ向けに作り込むのはあざとすぎ? 見抜かれちゃうかな。どう思う?」
「三木のそういう真面目なところ、私は好きだぞ」
「三木ちゃん、就活対策してる時と同じ顔してるね〜…。あのさぁ自分の戸籍にバツつくんだよ? 分かってる?」
「! た、確かに…」
それはそうだ。見落としてた。アッと気付いた私とアシリパさんに、白石さんは「も〜」なんて半分呆れ顔でたしなめるように優しくチョップを落とした。いてて。そうかぁ。そうだよね。よく考えなくてもその通りだ。新婚さんいらっしゃいに出るためには、今はまだ真っ白い戸籍を代償にしなきゃいけないのか。それはちょっと悩ましいラインかもしれない…。
「バツにしなきゃいいだろ。アホか」
「え」
降ってきた声に、三人揃って顔を上げた。
「尾形さん」
「いらん心配してんじゃねえ」
心なしかつんとした様子の尾形さんが、缶ビール片手に腰を下ろした。同じく剣呑な杉元さんも、威嚇混じりに尾形さんにガンを飛ばしながらもアシリパさんに喉を撫でられて大人しく席に着いた。ここにきて当初の目的通り飲み会の形になったね。さっきまで舌戦を交わしていた二人は険悪な雰囲気のままだったけど、一区切りは着いたらしい。そしてそんなことお構いなしの白石さんはビールの量を増やして「さあ飲もう飲もう!」なんて場回しの構えだ。ちなみにアシリパさんにはオレンジジュースを用意してあるよ。お酒はハタチになってから。
「で? どういう決着がついたわけ?」
「着いてねえよそんなもん。三木ちゃんと新婚さんに出るのは最初から俺だし」
「しつけぇな。だから嫌われんだよ粘着バカが」
「は? 尾形。は?」
「あ? 死ね不死身バカ」
「あーはいはい、もー好きなだけやっててよ」
杉元さんの手に缶ビールを握らせながら、白石さんが上手いこと空気を流した。「喧嘩するほど仲が良いな」なんてアシリパさんが頷くように、実はこんな光景は日常茶飯事なのだった。お酒が入るとうやむやになるのが分かっているので私たちも呑気に構えていられるのである。
しばらくは続いていた新婚さん論争だったけど、白石さんが気まぐれに検索したホームページに観覧募集のお知らせが載っていたので全てが一気に解決した。そもそも演者側に回る必要なんてなかったのだ。その場で五人分申し込んだ。
「しっかし、さっきの尾形ちゃんの言葉さあ」
白石さんがしたり顔で尾形さんを肘で小突いた。
そんな白石さんを無視した尾形さんと、なぜか私が目が合った。えっ、なんだろ。とりあえず見つめ返したらフイと視線を逸らされてしまった。心なしか不機嫌そうだ。あれ、なんかため息ついてません? 尾形さん?
プロポーズだぞ。
2021.3.28
「こないだのBBQ、雨のせいで中止になったじゃん?」
「うん」
「なったね」
「…」
「仕方ないから杉元んちでタコパに変更したじゃん?」
「うん」
「したした」
「…」
「んで、杉元と尾形ちゃんと三木ちゃんで買い出し行ってもらったじゃん?」
「うん」
「行った行った」
「…」
「留守番しながらさぁ、俺とアシリパちゃんでぼ〜っとテレビ見てたわけ」
「うんうん」
「それでそれで?」
「…」
「桂文枝がツボだったみたいでさぁ…」
「おい! 新婚さんにはどうやってなるんだ!?」
「…」
「…」
「………くだらん」
尾形さんがため息をつきながらそんな呟きをこぼしても、そのまっくろい目は全然笑っていなかったし、私の隣で白石さんの話を聞いていた杉元さんもたちまちに負のオーラを醸し出すので、これは大変なことだぞ……と私はそっと息を呑んだ。白石さんも生唾をごっくんした。
日曜日の昼下がり。尾形さんのマンションで、明るいうちからお酒でも飲もうかって、いつものメンツが集合していた。本当はキロランケさんや谷垣さんも来るはずだったけど、お仕事の関係で都合が悪くなってしまった。残念だね。でもそれはそれでよかったのかもしれない。アシリパさんを本当の娘みたいに可愛がってるキロランケさんがもしこの場にいたとしたら、もっと収集のつかないことになっていたに違いない。
「アシリパさぁん? 新婚さんはちょーっと早いんじゃないのぉ? ねえ? 結婚したい男でもいるのかい?」
「圧が…」
「杉元さんの圧がやばい…」
「子供の冗談だろ。本気にするなよ」
床に膝をついて、アシリパさんの肩を掴みながら凄む杉元さんの、その人間離れした圧にもまるで屈してないのはさすがアシリパさんと言うべきか。口では杉元さんをからかってる尾形さんだって内心は平静じゃいられてないのが空気で分かって、穏健派の私たちはヒヤヒヤだ。
「相手ならいるぞ!」
「ア゙ン!!?!?!?」
「杉元さん落ち着いて!」
「顔! 顔やばいって!」
「くだらん…」
修羅と化した杉元さんを慌てて後ろから羽交い締めにする白石さんと、意気揚々と爆弾発言を投下したアシリパさんを背後に庇う私はまるで同じような表情をしていたと思う。もー怖い、怖いってば。杉元さんはアシリパさんのこととなると軽々とラインを越えることができてしまう人なので、この展開はちょっとまずいよ。アシリパさんってばおませさん! 巣立ちの時にしては早すぎる。娘に彼氏が出来たお父さんってこんな心情なのかな。杉元さんほどじゃないにしろ、私だってアシリパさんに対しては親バカの域に入っているのでなかなか切ない気持ちになってしまった。
「三木!」
「えっ」
「私と新婚さんになってくれ」
そんな心情の時にキラキラの瞳で熱烈に迫られて、拒める人なんているのかな。
「は、はい」
アシリパさんにぎゅっと両手を握られて反射的に頷いてしまった。
えっ、どういうこと? 大人は全員固まって、地獄の釜の蓋でも開いたかのようだった杉元さんのどす黒いオーラもパタリと止んだ。尾形さんもまっくろい目をパチクリと瞬いた。白石さんだけがアラァ♡なんて頬を染めて、杉元さんからアッサリ手を離してしまった。えっ。えっ? どういうこと?
「あ、アシリパさん?」
「なんだ?」
「新婚って……私と?」
「不満か?」
「いやあの不満っていうか…?」
「安心しろ。必ず幸せにする」
「あ、アシリパさん…!」
胸がキュン。君にキュン。「ぜひお嫁さんにしてください!」と一も二もなく頭を下げる私にアシリパさんは任せろ!と満足そうに頷いた。こんなに頼もしい女子小学生がこの世にいるものか? いるんですそれが。この世に一人だけいるんですよ…。お父さんお母さん、今まで育ててくれてありがとう。私、結婚します!!
「あ、アシリパさ〜ん…。なんだよ、そういうジョークなら最初に言ってよ〜。俺信じちゃったじゃんかぁ」
「ジョークじゃないぞ。本気だ」
「そうですよジョークじゃないですよ。私だってもう本気ですよ!」
「三木ちゃんノリノリじゃん! ウケる〜」
「ウケるか阿呆が」
ヘラヘラ茶化す白石さんを背後からどついた尾形さんが、つまらなそうな顔で私とアシリパさんの頭を鷲掴んで引っぺがした。いたいいたい。尾形さんってばさては嫉妬してますね? 残念だけど私だってアシリパさんのお嫁さんの座をみすみす渡す気はないので、めげずにアシリパさんの腕にひっついた。
「尾形さん、すみませんけどアシリパさんと新婚さんいらっしゃいに出るのは私です。100年分ノロケてくるので桂文枝のイスコケ芸をテレビの前でどうぞ堪能してください」
「あ? 生意気言ってんじゃねぇぞコラ」
「いひゃいいひゃい、いひゃいれす〜」
「あーあー、尾形ちゃんったら大人げなぁ〜い」
「そうだぞ尾形。俺は三木ちゃんとアシリパさんなら全然アリだ」
「バカか? お前ら」
むいむい頬を引っ張ってくる尾形さんの、呆れたような声音を受けても全くめげない白石さんは「俺は応援するからねっ」なんてゆるゆる笑いながらサムズアップを向けてきた。杉元さんもさっきの修羅オーラが嘘みたいなニコニコ顔でいつもの気のいいニィちゃんに戻っている。おままごと遊びほほえまし〜って顔してますけど私は結構本気ですよ。なんたって、私はアシリパさんのことを世界で一番尊敬しているので、添い遂げられるというなら願ったり叶ったりなのである。
「アシリパちゃん、新婚さんいらっしゃいに出てみたいの?」
「うん! 出てみたい。面白そうだ」
「じゃ、三木ちゃんと新婚さんにならなきゃねぇ。俺牧師さんしてあげる!」
「ぼくし?」
「誓いを立てる人のこと」
ハテナを浮かべたアシリパさんが小首を傾げるので、横から「ゆびきりげんまんみたいなことだよ」って補足した。結婚式には何度か出席したことがあるけど、牧師さんの前で誓いを立てるシーンはやっぱり結婚式の目玉だよね。私はアシリパさんとなら病める時も健やかなる時も、死に分かれることになってまでも一緒にいたいと思うので、聖職者然とした顔を作ってそれっぽい立ち姿をする白石さんの前でしおらしくしてみせた。アシリパさんと誓いのキス…緊張するけど…全然いける!
「いける! じゃねぇよバカか」
「お、おがたひゃん」
「俺はちょっと見てみたいけどな〜」
「お、俺も…」
「もしやバカしかいねぇのかここは」
なんとでも言っていいですよ。心底呆れたような尾形さんは、私の頬を掴み上げるかたわらアシリパさんの額に軽いデコピンをお見舞いした。
「そもそも結婚できる歳じゃねぇだろうが」
「む…」
正論だ。尾形さん、急に正論を挟んでくるのはやめてほしいよ。
アシリパさんは前世の記憶を含めた精神的な練度でいえばそこらの大人に引けは取らないレベルだけれども、実年齢は確かに華の小学生、手を出した私が逮捕されちゃう年頃だ。未成年淫行、絶対ダメ。やめようね。アシリパさんから求婚されたとはいえ責任があるのは私の方で、そもそもアシリパさんが結婚可能年齢を大幅に下回っていることを指摘されると「ぐぬぬ」となるしかないのである。私は何年だって待てるけど、新婚さんいらっしゃいが6年後も続いてるかどうかは自信ない。放送が確実な今じゃないとダメなのだ。尾形さんの指摘にアシリパさんも考え込んでしまって、四人揃ってうーんと唸った。髪を撫でつける尾形さんだけがなんだか楽しそうだ。
「アシリパ、お前、文枝に会えりゃそれでいいんだろ」
「うん…。でも、やっぱり難しいのか。残念だ」
「手ならあるぜ」
「え?」
「俺と三木が出る」
「え?」
背後に回った尾形さんの腕が私の首をがっちりロックして、その素早さと発言に今度は私がハテナを浮かべる番だった。耳元の近いところで「それなら問題ねぇだろ」とざらついた低音で囁かれて、問題はないけど文句はあるよと思ったけど、ひとまず黙って見上げるだけにとどまった。尾形さん何を言い出すんですか。とりあえず話を聞いてみよう派に回った私とアシリパさんとは対照的に、視界の隅で杉元さんの修羅スイッチが入るのが見えたけど素早くアシリパさんがガードに入った。
「お前と三木が新婚さんになるってことか?」
「ああ。なってやってもいい」
「ええ…それじゃ意味ないですよ。アシリパさんはどうするの?」
「観覧席に呼んでやるよ」
「おおっ」
「なるほど。そういう手もあるのか!」
「ちょっとちょっと! 二人とも感心しちゃダメだって!」
孤独のグルメ顔しないで!なんてよく分からないことを言う白石さんが慌てて割って入ってきても尾形さんのニヤニヤ顔は変わらない。なるほどなぁ。アシリパさんが出演側に回らなくても関係者枠で会いに行く手はあるわけか。尾形さんは28歳、結婚するのに何の問題もない年齢ではあるし、目的に沿った上手い作戦だといえる。この人ってば根っからの策士だな。
「白石、後で名前貸せ。婚姻届なら夜間受付してんだろ。今日中に出しに行く」
「ええ、白石さんが証人ですか?」
「俺前科あるけどいいのぉ? …って違う違う! ガチのやつじゃん! 三木ちゃん、拒否らないとマジで尾形三木になっちゃうよ!」
「八重田百之助になってやってもいいぜ、俺は」
「融通!」
「クソ尾形ぁ…」
どうせなら両親に証人になってほしいけど、スピード感を重視するなら白石さんしかいないだろうな。激おこ顔で尾形さんにメンチを切ってる杉元さんは死んでもサインなんかしてくれないに違いない。おでこがくっつくくらいの距離で威嚇する杉元さんなんかなんのその、せせら笑う尾形さんは私を閉じ込める腕に力を込めた。圧死、圧死するって!筋肉に挟まれて溺れちゃいそうだ。
「三木ちゃんがお前なんかと出るわけねえだろ。どけ。新婚さんいらっしゃいには俺が出る」
「は? バカは引っ込んでろ。テレビの前でハンカチ噛んでるのがお似合いだぜ」
「あ? お前みたいな根暗が文枝にハマるわけねえだろ。お前こそ引っ込め。引っ込んだまま出てくるな」
「うるせえな。どうせその傷だらけのツラ全国ネットに晒して山瀬まみに引かれて終わるだけだろ阿呆が死ね」
「は? お前が死ね」
「あ?」
「あ?」
「お前らどっちもイカれてんのか!?」
「三木はどっちにするんだ。選べるみたいだぞ」
「うーん、どっちでもいいなぁ。姓名判断で決めようか」
「三木ちゃんも静かに狂うのやめてぇ?」
どっちもキャラが濃いので審査には通りやすそうだ。新婚さんいらっしゃいは全国区の大人気ご長寿番組なのできっと倍率も低くはない。なるべくインパクトのある方がテレビ映えするし、桂文枝のズッコケ芸を引き出そうと思ったら番組プロデューサーだってよりツッコミどころの多い新婚さんを選ぶに決まってる。その点、尾形さんも杉元さんも外見内面含めてフックだらけの人なので、どっちも適任と言えると思うな。
やっとこさ尾形さんの腕から抜け出してアシリパさんの隣に落ち着いた。ツッコミ疲れたとばかりにやれやれ顔で冷蔵庫からビールを取り出してきた白石さんは、ガン付けあう二人を鑑賞するモードに入ったらしい。やっぱり谷垣さんとキロランケさんもこの場にいて欲しかったな。ストッパー不在が悔やまれる。
「どっちでもいいんならさぁ、俺でもよくない? 八重田由竹、オススメだよ。どう?」
「え〜? 白石さんかぁ。白石さんなぁ…」
「やめておけ三木。そこまで身を切らなくてもいい」
「んアシリパちゃん冷たいッ」
白石さんの全身関節外しの軟体芸を受けたMC陣のリアクションを見てみたい気もするけど、まるまるカットされてお蔵入りになっちゃうと思う。初見じゃちょっとしたグロ注意だもん。
「製作側がそんなバクチ打つとは思えないので、白石さんはナシ!」
「そんなぁ〜」
「仕方ないな。白石、私と一緒に観覧席に回ろう」
「いや俺はあの場に行きたいわけじゃないんだけど…」
尾形さんも杉元さんも、もちろん白石さんだって私にはもったいないような人だけど、アシリパさんを確実にあの名落語家に引き合わせるにはより手堅い策を取るしかない。白石さんに向けて腕でバッテンを作りながら、心の中でそろばんを弾いた。うーん、白石さんに偉そうなこと言ってる場合じゃないなぁ。新郎役がどちらになるにしろ、新婦役の私が足を引っ張ってはおしまいだ。
「個性だけでどこまで戦えるか分からないけど、尾形さんや杉元さんはともかく、私自身にもっとキャラクターの色をつけた方がいいのかな。それともテレビ向けに作り込むのはあざとすぎ? 見抜かれちゃうかな。どう思う?」
「三木のそういう真面目なところ、私は好きだぞ」
「三木ちゃん、就活対策してる時と同じ顔してるね〜…。あのさぁ自分の戸籍にバツつくんだよ? 分かってる?」
「! た、確かに…」
それはそうだ。見落としてた。アッと気付いた私とアシリパさんに、白石さんは「も〜」なんて半分呆れ顔でたしなめるように優しくチョップを落とした。いてて。そうかぁ。そうだよね。よく考えなくてもその通りだ。新婚さんいらっしゃいに出るためには、今はまだ真っ白い戸籍を代償にしなきゃいけないのか。それはちょっと悩ましいラインかもしれない…。
「バツにしなきゃいいだろ。アホか」
「え」
降ってきた声に、三人揃って顔を上げた。
「尾形さん」
「いらん心配してんじゃねえ」
心なしかつんとした様子の尾形さんが、缶ビール片手に腰を下ろした。同じく剣呑な杉元さんも、威嚇混じりに尾形さんにガンを飛ばしながらもアシリパさんに喉を撫でられて大人しく席に着いた。ここにきて当初の目的通り飲み会の形になったね。さっきまで舌戦を交わしていた二人は険悪な雰囲気のままだったけど、一区切りは着いたらしい。そしてそんなことお構いなしの白石さんはビールの量を増やして「さあ飲もう飲もう!」なんて場回しの構えだ。ちなみにアシリパさんにはオレンジジュースを用意してあるよ。お酒はハタチになってから。
「で? どういう決着がついたわけ?」
「着いてねえよそんなもん。三木ちゃんと新婚さんに出るのは最初から俺だし」
「しつけぇな。だから嫌われんだよ粘着バカが」
「は? 尾形。は?」
「あ? 死ね不死身バカ」
「あーはいはい、もー好きなだけやっててよ」
杉元さんの手に缶ビールを握らせながら、白石さんが上手いこと空気を流した。「喧嘩するほど仲が良いな」なんてアシリパさんが頷くように、実はこんな光景は日常茶飯事なのだった。お酒が入るとうやむやになるのが分かっているので私たちも呑気に構えていられるのである。
しばらくは続いていた新婚さん論争だったけど、白石さんが気まぐれに検索したホームページに観覧募集のお知らせが載っていたので全てが一気に解決した。そもそも演者側に回る必要なんてなかったのだ。その場で五人分申し込んだ。
「しっかし、さっきの尾形ちゃんの言葉さあ」
白石さんがしたり顔で尾形さんを肘で小突いた。
そんな白石さんを無視した尾形さんと、なぜか私が目が合った。えっ、なんだろ。とりあえず見つめ返したらフイと視線を逸らされてしまった。心なしか不機嫌そうだ。あれ、なんかため息ついてません? 尾形さん?
プロポーズだぞ。
2021.3.28
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