短い話
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今に死ぬ。今日こそ死ぬ。そろそろほんとに死ぬと思う。
「三鶴さん、まーたそんなこと言って」
「配島ぁ」
「大丈夫ですよ。なんだかんだで死んでないじゃないですか」
「たまたま運が良かっただけだ」
「暗いなぁほんとに」
困ったのと呆れたのと、ちょうど半々くらいの顔で配島は笑った。なんでそんな風に笑っていられるのか俺にはまったく分からないんだけど、配島からしたら俺の方がビビりすぎなんだと言う。いやいやそんなわけがあるかよ。実際、死んでないというだけで死にそうな目には毎度のように遭ってるじゃないか。昨日は運良く生き延びたかもしれないが、その運だって昨日の時点で使い果たしていたらどうする。今日こそ俺はおしまいになってしまうじゃないか。
「ならないよ。三鶴さんてば心配性だな」
「なんでそんなこと言い切れるんだよ…」
「僕がいるからね」
あとイマも。と、そんなことをあっけらかんと言う同僚があんまり眩しくて目を焼かれた。すげーな、本当に。逆の立場なら俺はそんなこと言えるだろうか。絶対無理だ。そんな甲斐性俺にはない。俺は俺が担当だと言うだけで、全ての任務が失敗してしまうような気がしてくる。不安で不安でしょうがない。だから、自信に裏打ちされた楽観性ってやつがあたかもオーラのように輝いて見えた。
「…」
「やだな、そんなにまじまじ見ないでください」
この配島利和という男は、そこそこ腕は立つけれども飛び抜けて才能のある方ではないと言うのが俺の印象だ。人当たりが良くて物腰も柔らかかったから、その毒気のない顔も相まって、メンバー間の仲介役になることが多かった。集団の中でパッと目を引くようなタイプではない。どちらかと言うと片割れの込山今の方が分かりやすく腕利きで、実力面では周囲からの評価も高い。基本的にクールな込山は、眉一つ動かさずに敵の陣地に突っ込んでいく勇敢さも持っていた。
ただそんな込山と同じく、意外と配島も好戦的な男だった。
出番だぞと呼ばれたら尻込みもせずに相方と連れ立って走っていくし、致命傷ギリギリの怪我を負っても日和ったりしない。会ったばかりの頃、見た目のわりに胆力のある奴だなと思ったことをよく覚えている。
だから、周囲が配島を穏和代表みたいに言うたびにいやそれ全然間違ってるよと内心思った。俺だって最初はこいつのこと、和菓子に付け合わせる緑茶みたいな奴だと思ってたけど、そんなホッコリした性格なわけはないんだよな。ここにいる人間でそんな守りに入ってる奴がいるわけないだろ。楚々としたしとやかなレディだと思っていた双見さんですら中身は血気盛んなゴリゴリド戦闘タイプなんだから、見た目だけで判断することがどれだけ愚かかってことがその時点で分かるだろう。
豪胆。結局はこれに尽きる。
「そういえば、込山はどこ行ったんだ」
「食堂にいますよ。合流しません? 僕らも腹ごしらえしておかないと」
「なんでこれから出動って時にのんきに飯が食えるんだよ……」
絶対に出る。吐く。賭けてもいい。
「そんなこと賭けなくてもいいですから」そう言いながら既に食堂方面へと歩き出している配島に折れて、渋々俺も立ち上がった。ああ、もう、腹の底がずっしり重い。気分が乗らないのが足捌きにも現れてしまって、気だるい足取りで後に続いた。どうして配島がそんなに軽々とスタスタ歩いていけるのか俺にはさっぱり分からない。
「胃が痛い…もうダメだ俺は…」
「もー、繊細なんだから」
ハイハイってあしらうように笑って食堂の中に押し込まれた。肉が焼けるような香ばしい匂いが広がって、気分とは裏腹に食欲をくすぐられた。込山も配島も、年頃らしく食欲旺盛で、任務前だろうが後だろうか関係なく出されたものを平らげる。その様子を見ていると、つられて俺も手が伸びて、結局満腹になるまで食べてしまう。恒例の素パンで腹を満たしている込山に合流して、俺もカツサンドに手を伸ばした。ああ、またやってしまった…。ふわふわのパンにかじりつきながら後悔した。もし今日が運命の日だとしたら、俺は消化しきれなかったカツサンドをむごたらしく吐き出して死ぬだろう。最期くらい綺麗な姿を残したかったな…。
「三鶴さん、またいつものアレですか」
込山が表情を変えずにそう言った。アレとか言うな。こっちはいつだって本気なんだ。
俺はこんな毎日にとことん嫌気がさしていた。
▽
「三鶴先輩、また死にそうな顔してますねぇ」
「八重田…」
「良かったじゃないですか。今日も生き延びましたよ。もっと喜んだらいいのに」
「今日はセーフでも明日はダメかもしれないだろ」
「暗いなぁほんとに」
配島とまるで同じような表情で、同じようなことを言う八重田に項垂れる。
なんとか無事に任務を終えて、さっさと本部へと戻る配島と込山に全ての報告を任せた俺は、現場の隅っこで小さくなってその惨状を眺めていた。いつもこうだ。一仕事終えた後は、こうして戦いの跡地を眺めて無事に生きていることを実感しないと落ち着かない。生きてるなぁ、俺。明日は知らんが少なくとも今日は生き延びた。
いつものように現場の確認と後片付けにやってきた八重田は、そんな俺を見つけるともう慣れ切った様子で「お疲れ様です」なんて明るく笑った。手にしたクリップボードに走らせたペンは短くレ点の軌道を描いた。おそらく「全員生存」の欄にチェックを入れたに違いない。
「今日もバッチリですよ。お仕事がキレイで助かります」
「ほとんど配島と込山がやってくれたよ…」
「三鶴先輩のサポートがあってのことではないですか」
「それは…」
どうだろうな、と自嘲じみた呟きはあまりに小さくて八重田には届かなかったようだ。良かった。年下の女の子相手に気を使わせてどうする。俺があんまり卑屈っぽいと八重田も返す言葉に困るだろう。
辺りを隅々まで確認して、全てのチェックを終えた八重田は俺の手を無理矢理引っ張って立ち上がらせた。
「ほら、一緒に戻りましょう。配島先輩たちもきっと待ってますよ」
「そうかな…そうだな…」
「じゃあ焼却処理いっちゃいますね。ポチッとな!」
「あっちょっ待っ」
白い炎が大地を焼いた。
ご、剛気…。なんて大胆なんだ八重田…。粘り気のある炎が全ての証拠を飲み込むさまを、ぼんやり見上げている俺の様子なんかまるで気にも留めないで、「さっ行きましょう」なんて笑う八重田に俺は内心平身低頭の思いだった。後処理班の女の子でさえこの迷いのなさ。見習うべきなのかもしれないな…。可愛い顔して、やっぱり八重田も地下の人間だ。普通の事務職員とは訳が違う。
「先輩、どうかされました?」
「なんでもない…」
もし俺が死んだら八重田に焼かれて終わるのか。
そう思ったら、ますます死ぬのが怖くなった。
▽
配島のことを和菓子に付け合わせた緑茶みたいだと評したのは前述の通りだが、一方で、八重田のことは緑茶によく合う和菓子みたいな女の子だと思っていた。今になって思えばどちらもそんな印象なんかてんで見当違いの大間違いで、後に見た目で判断することの愚かさを実感する事になるわけだけれども、まあとにかくお似合いの二人だなとパッと見で感じていて、その点だけは今でも変わらずにそう思っている。実際配島と八重田は仲が良くて、込山も含めて整備室で三人でいるところをよく見かけた。配島と込山のチームに八重田がバックアップに付くことが多いので、自然とそうなったんだろう。
「八重田ちゃん、今ちょーっといいかなぁ?」
「俺らに親指、貸してくんない?」
ある日の昼下がり、任務もないので廊下を適当にぶらついていると、八重田が下っ端ゴロに絡まれている現場に遭遇した。素行不良の上実力も足りず、地上に行くための認証紋を貰えていないゴロツキだ。知能がないので努力を諦め、八重田を脅して印を押させようという魂胆らしかった。バカだな、あいつら。お前らごときが正職員に勝てるわけがないだろう。
それでも八重田はパッと見は和菓子のようにのほほんとした女の子だったから、連中もハナから舐めてかかっているのが遠巻きにも見てとれた。なんならついでに八重田も連れていって地上で一発…なんてゲスなことすら考えている。目を見れば分かる。太陽の光を浴びない生活を送っているせいか、こうした陰気なバカどもがポコポコ現れては後を絶たない。
八重田もどう対処したものか困ってしまっているみたいだ。人間相手に例の焼却スイッチを使うわけもいかず、どう場を切り抜けようか考えたまま壁際まで追い詰められている。仕方ないな…。ここは俺がヒーローになる場面ではないだろうか。
おい、と声を張り上げようとした、まさにその瞬間。
「だッッッッ」
「えっ」
ゴン、と鈍い音が廊下に響いた。ゴロツキ二人組の脳天ど真ん中に、黄色いスパナが直撃している。
ピヨピヨとひよこがリズミカルに回る様子が目に見えるようだ。見事脳震盪を起こして気を失ったゴロツキどもは、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れた。
見た。俺は見たぞ。吹き抜けの3階から、配島がなんの躊躇もなく鉄のスパナを奴ら目掛けて落っことした瞬間を見た。
おいおいマジかよ。下手したら死んでるぞ、と、そう思ってしまうのは俺が繊細で矮小な奴だからであって、配島のような豪胆な人間はきっとそんな些細な問題、考えてもいないだろう。殺してもいいと思っている節すらある。
唖然として見上げたら目が合って、シー、って内緒のジェスチャーをされた。よくそんな爽やかな顔で笑えるよな…。いっそ尊敬してやろうか。
「えっと…」
目の前で起きたことに首を捻っていた八重田は、少しだけ考えたあと、二つのスパナをいそいそと回収すると、ゴロツキどもの体をひょいと跨いで、何事もなかったかのように去っていった。配島が助けたことはなんとなく気付いているのだろうか。
実を言うと、俺は、過去に何度か似たような場面に遭遇したことがある。八重田はその見た目も相まってよくゴロツキどもに絡まれる。その度に配島は、影からそんなバカどもにこうやって制裁を加えてきた。いい加減、連中は八重田に手は出さない方がいいと学習すべきではないだろうか。そのうち人が死んでもおかしくないぞ。たとえそうなっても、物的証拠は毎回八重田が回収してしまうから、下手人が明るみに出ることはないだろう。
「…」
この二人、これから一体どうなってしまうんだ。
陰でこそこそ暗躍するくらいなら、正面切って助けてやれば八重田だって配島に感謝のしようがあるだろうに。そうはしないところに配島の闇…というか、八重田への執着のようなものが見て取れて、この二人の行く末が不安になる。
俺はいつ死ぬやもしれないが、この歪な恋の結末だけは見届けてやりたいな、と、単純な好奇心からそう思った。
好きじゃん。
2021.3.22