短い話
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北海道の冬は寒いなあ。
空気が冷たいなあ、芯から冷えちゃうなあ…。
特に夜なんてもうヒエッヒエなのだった。
縁あって杉元さん一行の金塊探しに参加している私は、元はしがない町医者の助手だった。
小樽の外れにあるささやかな診療所で、セクハラおやじな先生をあしらいながらなんとか切り盛りしていたあの頃。寒がりな私は、夜になると湯たんぽを抱きしめながら布団の中でぬくぬくと寝入っていたものだ。
あの頃に戻りたいとは思わないけど。
ただでさえ寒い北海道。夜になるとその寒さが際立って足元から襲いかかってくる。
ぶる、と震える体を両腕で抱きしめた。
うう、無理、これは無理。耐えられない。今夜もお願いするしか…。
「ううう、アシリパさぁん…」
「……しょうがないな」
やれやれ、と言いながら私の腕の中に収まってくれるアシリパさんは、実はその口ぶりほど嫌がってはいないことを私は知っている。
一ヶ月ほど前、初めてアシリパさんに添い寝をお願いした日のことを思い出した。
あの日もうんと空気の冷たい夜だった。
「夜が寒い……寒いなあアシリパさん……」
「情けないシサムだ。北海道の冬はまだ続くんだぞ」
「ね。だめ?」
座ったまま両腕を広げた私を見て、言外に意図を汲み取ってくれたアシリパさんはちょっと逡巡する様子を見せた。
「………だめじゃないけど」
「わーい!アシリパさん大好き!」
すっかり笑顔になったダメな私は、アシリパさんをギュッと抱き込んで、そのままごろんと横になった。大人っぽくても、しっかりしてても、アシリパさんも子供体温だぁ。あったかい腕の中の存在にすっかり安心しきった私は、そのまま寝るつもりだった。だけどなにやらアシリパさんの様子がおかしい。
私に真正面から抱かれたまま、わなわなと体を震わせている。
「な……なん……」
「え?なぁにアシリパさん?」
「なんっっだこれは!!」
「んぁっ!?」
わっし。そうまさしく、わっしと両手で掴まれた。む…胸を。
アシリパさんの手が服の上から遠慮のない動きで私の胸をわし摑んできた。
「ふ、フチのと全然違う!!なんだこれ!ふわふわだぞ!それに大きい!」
「あっ、アシリパさん、ちょ、ちょっと待って…!」
「どうなってるんだ!?」
「んん〜…!」
ぴったりと私の胸に張り付いたアシリパさんを引き剥がすこともできず、この日はアシリパさんが飽きるまで揉みしだかれることになった。杉元さんに聞かれていたかどうかは分からない。少し離れた場所で横になっていた杉元さんの背中は始終ピクリとも動かなかったので、多分寝ていたんだと思う。セーフだ。
そんなこんなでこの日からアシリパさんと一緒に寝る権利を得たわけだけど、その実、私はアシリパさんで暖を、アシリパさんは私の胸を堪能するという、等価交換が毎夜成立しているのだった。
▽
冬から春へ、小樽から札幌へ移った旅の一行も大所帯になってきた。この時期でも寒いは寒いけど、どうしても耐えられないほどじゃない。夜の添い寝は段々と不規則になってきて、最近ではアシリパさんが胸を揉みに寄って来ることの方が多くなってきた。なんかまずいなぁとは思いつつ、女の子同士のことだし、まぁ別に…とされるがままにしていた。
それがまずかったのだ。
今思えば。
▼
夜の帳が降りてしまえば辺りはしんと静まり返る。この簡素な小屋の中で、尾形の耳に届く音といえば複数の寝息だけだ。汚いいびきも混じっている。どうせ白石だろう。確かめるまでもない。
寝息の数からして、尾形以外は全員眠りについたらしかった。寝るタイミングを逃してしまった尾形は、妙に冴えている目をしばたいた。壁に背を預けていた体を起こして、ふと音を立てずに移動した。
目下には三木がすやすやと眠りこけている。
(妙なやつだ……)
初めて尾形が杉元たちに接触したときも、三木はいた。不死身の杉元と、アイヌの少女、それに胸のでかい若い娘。どんな組み合わせだと思ったのを覚えている。
女嫌いの尾形には珍しく、三木に悪い印象はあまりなかった。どころか、こんな血生臭い旅に連れられていなきゃ、その顔と胸ならもっといい人生が歩めただろうと思ったことさえあった。言い回しは最低に近いが三木を慮ったことには間違いない。
三木の傍にしゃがみ込んで、頬にかかった髪をはらってやった。眠りながらくすぐったそうに身じろぎするのを、ただじっと見下ろした。
(……欲しい)
実は、嫌いじゃないどころか、尾形の三木への興味は執心に近いところまで来ていた。この短い旅の中で、何が尾形の琴線にふれたのか。理由やら原因やらは色々あるが、そんなこと尾形にとってはどうだっていい。杉元と親しげに話していたり、白石にちょっかいをかけられていたり、そういう場面を見るたびに募ったフラストレーションを解消することのほうが大事だった。
着ている外套を膝で踏みつけないように気を払いながら、尾形はゆっくりと三木に覆い被さった。自分の体の下で呑気に眠り続ける三木が、もし起きたらどういう反応をするだろうか…。今は顔の横についている手を、悲鳴をあげられる前に動かして口をふさぐことくらい至極簡単だと踏んで、尾形は何もためらわない。
右手を頬に添えた。手のひらで肌の感触を味わいながら、親指で唇をそっとなぞった。ふに、ふに、と柔らかく押し返される弾力は尾形にはないものだった。いつかこの唇を俺に暴かれる日が来るだろうと、尾形は勝手に想像している。
右手は首筋を通り、服の上から鎖骨を撫でた。ふつう女というのは、仰向けに寝てしまえば胸は横に流れてぺたんこになるものなのに、三木には明らかにそれが存在していた。まるい輪郭をなぞるように手を這わせ、横から持ち上げるようにして揺らすと、たぷたぷとした感触が返ってきた。服の中で形が変わるそれを想像しながら、開いた手のひらで胸をわし摑んだ。
……柔らかい。
ゆっくり力を入れた指先が徐々に沈み込む様が、尾形の股間をじわじわと熱くさせた。
「……ん……」
起こしたか。
三木が目を開ける前にすぐに身を起こして離れてしまえば、一連の尾形の行動は無かったことにできたのに、尾形はそうしなかった。というより出来なかった。胸にあてがった手のひらがまるで吸いついたように離れない。どころか、まだふにふにとその柔らかさを楽しんでいる。名残惜しさが度を超えるとうまく体が制御できなくなるらしい。尾形は知らなかった自分の一面に素直に感心した。
そうこうしているうちに、三木は身じろぎしだした。
「ん……アシリパさん……?」
しかし、三木は目を開けなかった。確かめるより眠気が勝ったのか、その声も実にぼんやりしたものだった。
「んも〜……しょうがないなぁ……」
重たそうに持ち上げられた両手が、尾形の首に巻きついた。ぐっと引き寄せられて尾形の体は下に落ちた。二人の隙間がゼロになって、密着した尾形の体をギュッと抱きしめる。尾形が突然のことに動けないでいると(あえて動かなかったとも言える)子供をあやすみたいに、背中をポンポンと叩かれた。
どうやらアシリパと勘違いしているらしい。三木の手つきは手慣れたものだ。あいつ、夜中に何をやっているんだ…とは自分のことを棚に上げた者の弁である。
「ん……なん…か、かたい……おっきぃ……?」
三木といえば、不審げに眉根を寄せてムニャムニャ言っている。
聞きようによっては卑猥な言葉に、尾形の尾形が反応した。かつてない接触に身を硬くした自分の分身をどう慰めてやろうかと考える尾形と、抱きしめた体の感触から違和感を感じてついに目を開けた三木の視線が交わった。
………塞ぐか。
悲鳴をあげられる前にその口を封じてやろうと、顎をすくって顔を近づけた。お互いの吐息が唇をしめらせる距離になっても三木はぼんやりとした目で尾形を見たままだ。そのうち何度か瞬きをして、気の抜けたように笑った。
「なぁんだぁ、尾形さんかぁ…」
そしてこともなげにそう言うと、再び瞼を閉じてしまった。
この娘、二度寝しようとしている。
(……寝ぼけているのか?)
想定外すぎる反応に顎にかけた指を外せない。なぜ起き抜けに尾形と抱きしめ合っていて、あんなにも安心しきったように笑えるのか、まったく意味が分からなかった。尾形の背に回された腕もそのままだ。自分が受け入れられるとは毛ほども思っていなかった尾形にとって、この時の感情の波は到底言葉で言いあらわせるものではなかった。
気が付いたら唇を落としていた。
▼
抱きしめた体が想像していたよりも随分たくましかったので、あれ?とは思ったのだ。だから、アシリパさんじゃないなら誰なんだろうってそれだけが気になって目を開けたら尾形さんがいた。
なんだ、尾形さんだったのね。そりゃごつくてかたいわけだ。アシリパさんとは全然違うんだなぁ。ふー、スッキリした。さて、寝よ寝よ…。
そしてそのまま寝てしまった私は馬鹿だったんだろうか。
そこからは全部夢だと思った。
よく考えたら目の前に尾形さんがいる状況がそもそもありえないし、普通ならそこで飛び起きるべきだったのに、そうしなかったのはなぜなのか。アシリパさんとの蜜月の日々が私の感覚を鈍らせて、寝ぼけた頭をさらに浮かれポンチにさせていた。それに尽きる。
唇に残る感触が夢じゃないと分かっていても、尾形さんが夜のいたずらをするなんてありえないと思っていたから未だに疑い半分から抜け出せない。
全部夢だったらいいのに。
朝目が覚めて、みんなが支度をする中で、ぼんやりと唇を触る私をじっと見ている尾形さんも、それを信じられないくらい鋭い目で睨む杉元さんも、全部夢だったらいいのにな…。
あの日、杉元さんの背中はどうだったかな。
ピクリとでも動いていただろうか。
眠りに落ちる前に、杉元さんの端正な顔が向かい側にあったことを思い出してから、私は考えるのをやめた。
目撃者。
2019.1.10