短い話
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「なーなーレゴシってさーぶっちゃけ三木ちゃんのこと好あああああああだだだだ!!」
「レゴシ! レゴシ!」
「ストップ! ストップレゴシ!」
「しまってるしまってる!」
「あ………ごめん」
いやはや、柔軟中にそんな不躾な質問をする方が悪いよな。
レゴシに背中を押されて二つ折りにされそうになっているルームメイトの姿に、ジャックを含めその場にいた全員が嘆息した。ずっと楽しみにしていた体育のバスケを前に、あやうくペシャンコになるところだ。でも自業自得だろ。レゴシの前でそんなに軽々しく三木ちゃんの名前を出すもんじゃない。レゴシのことを昔からよく知るジャックにしてみれば、わざとレゴシのことを動揺させているようにしか見えなかった。
こんな授業中の片手間にするには、随分とナイーブでセンシティブな話題じゃないか。
「レゴシ〜、気持ちは分かるけど力加減考えてやれよ〜」
「いくら同じ肉食獣でも潰れちまうよー」
「え、ごめん…でもいきなり変なこと聞くから」
「変なことぉ? 三木ちゃんの話は変なことかよあああああだだだだだだ!!!」
「レゴシー! レゴシー!」
「落ち着けレゴシー!」
「しまってるしまってる!」
「ちょっとは学習しろってお前も」
だーめだこりゃ。ジャックは今度こそ押し潰されそうになっているルームメイトの姿を見ながら、動揺で耳をピンと立たせた親友の後ろ姿をぼんやり眺めた。尻尾の先までカチンコチンじゃないか、まったく…。
レゴシは昔っから、持って生まれたその図体に似合わないような繊細なメンタリティの持ち主だった。心優しくて、目立つことが苦手で、嫌われても怖がられても、それが当たり前みたいに受け入れながら生きてきた友人。そんな彼をずっと隣で見てきたジャックは、レゴシのここ最近の変化にいち早く気付いていた。というより、察していた。
ぶっちゃけ、俺でなくても分かるわなぁ。
変わり者で、陰気で、何を考えているか分からないとよく揶揄されるレゴシにだって、分かりやすいところはあるのだ。それはもう、三木ちゃんを目で追っているときなんかとりわけ顕著だ。
当然ながら生まれてこのかた、誰かと付き合うどころか、おそらく交尾はもちろん、恋愛感情だってロクに抱いたことのないようなレゴシが、彼女を前にしたときの態度といったら、そりゃぁジャックじゃなくたって勘付こうというものだ。
だからこそ、こんな風にからかわれている。哀れなレゴシ。でも、分かりやすいお前も悪いよ。
レゴシが同級生の三木ちゃんを好きになった。
少なくとも、同じルームメイトの中ではとっくの昔に周知の事実になっていた。
「お前もさー、あんまりレゴシからかうなよー」
「繊細なんだぞオオカミのくせしてー」
「望み薄な恋してんだぞー」
「オオカミは関係ないだろ…。それに、望みとか、そんなこと考えたこともないし」
「あー? そんなこと言うんか? 言っちゃうんか!?」
「レゴシー、だめだぞ、よくないぞー」
「諦めたらそこで試合終了だぞー」
それは確かにそう。柔軟を終えてバスケットボールを手にしたルームメイトが、楽しげにボールを弾ませながらレゴシをからかってもジャックは止めなかった。イヌ科は基本的に丸いものが好きだ。左手を添えるだけのシュートを決めて、満足げに胸を張るルームメイトをいつにも増して陰鬱な表情で見つめるレゴシだってそれは同じはずなのに、はしゃいだ様子は見られない。いや、まあ、レゴシがはしゃぐって滅多にないことではあるし(大抵分かりにくいだけで楽しい時は楽しいと感じているんだけども、ハタから見て分かるくらいはしゃぎ倒すってのはやっぱりレア中のレアだ)少なくとも三木ちゃんのことを自分の中で消化しきれてないんだろうな。レゴシのやつ、もしかして初恋なんだろうか。この歳になって!
充分あり得る話だ。ジャックは今更ながらにレゴシのことが心配になった。
「でもさー、あんまりうかうかしてらんないんじゃないのー」
「そーそー。後悔しても時すでに遅しだよ」
「なにそれ……」
「三木ちゃん今日告られてたぞ」
「…!?」
音が出るほどかっぴらかれた瞳と、牙がのぞくほど開いた口元からレゴシの驚きっぷりが嫌っていうほど伝わってきた。
「な、なん、え!?な、だ、誰に!?」
「サッカー部の先輩」
「クロヒョウでさー、かっこいいんだよなー」
「ワイルドな感じがねー」
「ありゃさすがの三木ちゃんも落ちちゃうよねー」
「…! …!!」
「お前らあんまりレゴシいじめんなよ…」
「へーい」
「はーい」
「あーい」
かわいそうに、レゴシのやつ、自分の中のどす黒い感情と向き合うのに精一杯って顔してる。
ジャックはレゴシの肩に手を置きながら、でも、と口には出さずに思った。
あの人当たりがよくて、かわいくて、愛想もあって、誰にでも優しくできるような、ずっと喋っていたくなるような女の子の隣にいたいと思うのは、レゴシ、お前だけじゃないんだぞ。うかうかしてたら取られてしまう。そうなったらお前、そのでかい図体の割に繊細なハートで失恋のショックを受け止められんのかよ。
俺、ベッドに閉じこもってすすり泣く親友の姿なんて見たくないからな…。
「でも正直おれ、あの先輩キラーイ」
「あーねー」
「偉そうなんだよなー」
「それがワイルドなんだろ?」
「違う違う、ありゃ乱暴ってーの」
「三木ちゃん壁ドンされてたなー」
「女子はああいうのが好きなんかね」
「いやー人によるでしょ」
「壁………ドン?」
それってこう?と眉間に皺を寄せた状態でおもむろに壁に手をつくレゴシに、好き勝手に言い合っていた俺たちは思わず黙って、そして同時に頷いた。分かりやすく傷ついたような、苦虫を噛み潰したような顔をするレゴシは、自分と壁の間の何もない空間にいる三木ちゃんを想像してしまったのか、尻尾の毛をビビビと逆立てた。
「レゴシ、お前ってかわいい奴…」
「おれはあの先輩よりお前を推すよ」
「俺……俺は……」
おそらく三木ちゃんを腕の中に抱くという発想すらなかったレゴシにとって、顔も知らない先輩とやらの存在は衝撃だったに違いない。
分かってたくせにね…。ジャックは、イヌとしての自分の嗅覚に自信を持っていた。期待なんてしていないふりして、大好きなのがバレバレのくせしてすっとぼけてみたりして、三木ちゃんのことをいつも探しているくせに、三木ちゃんに近付く自分以外のオスの存在が許せないくらいの身勝手さが、レゴシの中にもあるくせに。それを知らんぷりなんかするから、こうやって一番傷付く方法で知らされてしまうのだ。本当は分かってたくせして、変に臆病でいるからこんなことになるんだよ。
レゴシの見ていないところであの子に伸びる手があることに、このハイイロのオオカミは並々ならぬ憤りと不満を感じていると、ジャックのよく効く鼻は勘付いていた 。
「三木ちゃん、あいつと付き合うのかなー」
「…!!!」
そんな死にそうな顔するなよ。
こっちまで泣いてしまいそうだ。
▽
たとえ学年が同じでも、種族が違って性別が違って部活も違えば接点なんてないようなものだった。だから彼のことは私が一方的に知っているものだとばかり思っていたので、今、目の前で起こったことに、私は心から驚いている。
「あ……レゴシくん?」
「…」
「だよね? あれ、違う?」
「…」
「うそ、返事がない…間違えた…?」
「間違えてない…」
あ、喋った。
いつもは遠くの方で聞こえていた声が、今はこんなにも近くで聞こえる。目の前に広がる大きな体は私の視界をふさぐに十分すぎるほどだったので、今の私は聞こえてくる音でしか状況を判断できないのだった。
レゴシくんに壁ドンされている。
誰か助けて。
「えっと…レゴシくん」
「…」
「これ、何してるのかな」
「…」
「…」
「…」
「……出てもいい?」
「だめ…」
「あ、はい」
背中にコンクリートの壁を感じながら、目の前のカッターシャツに包まれたたくましい胸板をぼんやり眺めた。なんだろう、これ。一体何の時間かな。
ハイイロオオカミのレゴシくんは、持ち前の大きな体と鋭い牙で、良くも悪くも、外見的に目を引く方ではあったけど、いかんせん性格が性格だったのでそこまで目立つタイプではなかった。他の大型肉食動物みたいに派手に騒いだりすることもなく、いつも同じイヌ科の友達とつるんでいた。私は彼と同じ学年ではあったけど交友関係は全然被っていなかったし、特に接点もないのでまともに喋った記憶はない。
だというのに、なんていうのかな…。なんだか目で追ってしまっていた。レゴシくんのことを、食堂や教室で見かけるたびに。上背のある体を落として歩く姿に、へえ、イヌ科の子でも猫背になるんだ、なんてそんなことを思ったりした。
あの演劇部に所属していると知った時は驚いたけど、裏方と聞いて納得した。そう、レゴシくんって多分そういうタイプだ。彼のことをよく知らない私でもそう思う。あれだけ舞台映えのする見た目をしているのに、スポットライトを浴びたがらないのって、なんか面白いじゃん。
変なオオカミ。
その大きな足で、今日も道端に咲く小さな花を踏みつぶさないように気を払って歩く彼の姿を、遠目から眺めているのが好きだった。恋ではないけど好意があった。変わってるけど、嫌いじゃない。
そんなレゴシくんと、今日、ついに会話をしちゃったな…。腕の中に閉じ込められたまま、身じろぎする隙間もないほどの空間で、ここだけが夜になってしまったみたいに暗かった。当たり前だ。私に届くすべての光は、レゴシくんの体に遮られている。……あ、心臓の音が聞こえる。体が大きいと、鼓動でさえもここまで大きいものなのか。知らなかったな。私、レゴシくんのこと、ほんとに何も知らないや。
彼が何を考えてこんなことをしているのか、まったく見当すらつかないのだ。
部活が終わって、人気もまばらな校舎の中を一人で歩いていた。教室にノートを忘れてきてしまって、それを取りに戻った帰り道だ。校舎の白い壁が、窓から差し込む夕日でぼんやりと滲むようなオレンジに染まっているのがなんだか風情がある気がして、ついよそ見をしながら歩いていたら、誰かにぶつかってしまった。それがレゴシくんだったと、確信を持つ前に視界がワイシャツの白でいっぱいになった。見上げる暇もなく壁にドンされてしまったために、とっさに目の端にうつったグレーの毛並みから、おそらくレゴシくんだろうとしか判断できなかったのだ。
「れ、レゴシくん」
「…」
「どうしたの? ねえ…」
「…」
「どうしちゃったの…」
私を腕の中に閉じ込めたまま沈黙を貫くレゴシくんの鼓動の音を聞いていると、なんだかこっちまでドキドキしてきた。レゴシくん、もしかして怒ってるのかな。何か話があるのかな。こうまでして私を逃がさないように捕まえておかなければならないような、そんな大事な用事があるのかな。
いつも遠くから眺めていたレゴシくんがこんなに近くにいることよりも、彼が何を思ってこんなことをしているかの方が気になって、期待したらいいのか身構えたらいいのか…いまいち決めきれない、中途半端な私だった。宙ぶらりんでそわそわする…。
…?
…。
………ん、あれ?
「レゴシくん、あの」
「……三木ちゃん……」
あれ? あれあれ!?
「三木ちゃん、ごめん、急に、その…」
「…」
「思わず…っていうか」
「…」
「ごめん、突然、自分でもちょっとビックリしてるんだけど」
今、私、期待したらいいのか…って、思った?あれ? 私? レゴシくん、いま、私の名前を呼んだの? へえー知ってたんだね、うそ、嬉しい…じゃなくて!え!?
ええええ?
「どうしよう、離れられない…」
「れ、れれれレゴシくん…!」
どうしようはこっちのセリフだよ!
どうやら本気で困ってるような声音に一段と心臓が大きく跳ねた。神妙なフリをしているわけじゃなさそうだ。レゴシくん、それ本気で言ってるの。言ってるんだね…。君ってばそういうオオカミなんだって、私、なんとなく知っているんだった。ずっと見てたからよく分かるよ。
ずるいよね。とんでもない殺し文句だって、分からないで言ってるんだもん。この壁ドンだってそうとは思わずにやってるんだろうな。レゴシくん、とんでもない。とんでもないオオカミだった!
昼間に受けた、ただ勢いと見栄だけの壁ドンを思い出して、胸の奥が苦しくなった。あの人、結局なんだったんだろうな。クロヒョウ先輩。上から目線で付き合ってあげる、なんて言われて、そりゃ少しはドキッとしたけど、こんなに押し潰されそうなほどの気持ちにはならなかったのに。
まずい。私、本格的にときめいてる…。
あの時とは比べものにならないくらい期待してしまっているのが、思わず俯いた先にある自分の尻尾が教えてくれた。分かりやすく揺れちゃってさ。あう、なんだろうこれ、泣いちゃいそう…。これで勘違いだったら、レゴシくん、さすがに態度が思わせぶりすぎて怒っちゃうから。
「三木ちゃん、あの」
「…」
「ごめん、もうちょっとだけこうしててもいいかな…」
そんなこと聞いちゃうの、ずるい。
口に出して返事をする余裕もない私は、思い切って目の前の体に身を寄せた。途端に強張る大きな体と、上から降ってくる動揺の声がなんだか心地よくて、両腕を腰に回して胸元に頬をすり寄せた。レゴシくんもドキドキしているのかな。恋愛のれの字も知らなそうな彼から聞こえる鼓動の音が、より一層大きくなったのを聞いて、私はなんだか嬉しくなってしまった。
レゴシ、キュン死。
2019.09.01