短い話
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彼は自分を男だと言った。
私はそれに応、と笑って返したはずなの、に、………
………。
あれ?
だって。
だって仕方がないですよ。彼の体はどう見ても、女。
「ねえ出夢くん」
「なんだい三木僕に何か用でもあるの?それともしてほしいこと?もしくは飛び抜けてやっちゃってほしいことでもあーんのっぎゃはははは!!」
「どっちかっていうとやっちゃってほしいこと、かな」
「まーじーでッ僕遠慮しねェーよ全身全霊全部の歯ァ滾らせて嬲って喰らって丸呑みしちゃう!ぎゃはは!!」
「うん。じゃ、お別れしようか」
―――ぞくり、とか、ひやり、みたいな。
冷気とも霊気とも殺気とも熱気ともしれない言い様もない、形容しがたい雰囲気が音速越えるかも的な速さで私と出夢くんを丸ごと覆った。
余す所など欠片もなく、一滴の血液すら一片の肉片すら残さない見事で華麗な出夢くんの仕事っぷりを体現するような空気の流れに、私はほう、と感嘆の溜め息をついた。同時に恐怖が私の心にがぶりと食らい付く。
さて、本当に怖いのはここからである。
「……三木はさァ、」
「ん」
「僕のこと怖い?」
「どうだろう。怖いっていう感情をそもそも私は知らないな」
「おにーさんみたいだよ、三木は」
「それはあまりよくない言葉だよ、出夢くん、私にとってもあの戯言遣いの青年にとっても」
「……知ってる」
「私も、君が知っていることを知ってた」
「知ってるくせに、何も言ってくれないのが三木のやな所だ」
「長所も短所も特技も弱みも表裏一体紙一重な私にとっては、それはきっと慰めの言葉だね」
「わけ分かんねーよ」
「それでいいんだよ」
よくなんかねーよ、と力なく呟いて出夢くんはずるずるとへたり込んだ。ごめんね、とはっきり言って、私も彼の前に座り込んだ。暖を取るかのように素肌の上に纏ったシーツをかき合わせて、出夢くんは寂しげなひとみで私を見つめた。
幾多の死体と死亡を見てきた彼のひとみはいつも明るい。
きらきらきらきら光る彼のひとみが、私は怖い。一度彼に聞かれたことがあった。三木は僕の目が怖い?―――まさか、私が君に恐れをなすことは天地がひっくり返ったって有り得ないよね、なんて私の口は返していたけれど、基本的に私は嘘つきである。彼もその言葉を全然信じていないようだった。しかし信じていないのに、彼は犬歯を剥き出しにして笑って、嬉しいという感情を示唆する言葉を並べたのだ。
匂宮出夢は化物だ。怪物と言い換えたって構わない。貪欲で大きな口内を惜しげもなく晒し、真っ赤で長い舌で鋭く光る歯をいやらしくなめずり回す。口元はまるで舌の色と同じくらい真っ赤な何かで汚れて、鉄の匂いが絶えず私の鼻孔を擽るのだ。
人ではない。人であって堪るものか。
しかし私が振り下ろしてきたこの手を濡らすものは彼の口元にまとわりつくそれと何一つ変わらない、ただ唯一のものであって、私も客観的な立場から批評を立てるとするのならやはり人などではないと、そういうことになるんだろうな……。
……。
所詮殺し名。どいつもこいつも、人でなしだ。
「私は粗忽者だよ、出夢くん」
「僕を見捨てるんだから筋金入りだね」
「捨てゆくわけでは、ないんだけど」
「―――捨てるんじゃないんだと、三木、きみの嘘つきなその口がそう言うのなら―――」
その先は言わずともよい。彼が何を言わんとしていたのかなんて、私は赤の他人のように読み取れる。お陰で私は自分のことは何一つ分かっちゃあいないのだ。
「三木は僕のことが嫌い?」
「大好きだよ」
「じゃあずっと僕の傍にいてくれる?」
「勿論だよ」
「ずっと僕だけのものでいてくれる?」
「当たり前だよ」
「……三木は酷いね」
「知ってるよ」
彼の頬を両手で包み込んで、私は笑みを浮かべながら彼の首筋に顔を埋めた。体温が直に伝わる時、初めて私は彼のことを人間だと思える。だから今は、彼も私も、生まれたまんまの人間だった。
「……三木は優しいね」
匂宮出夢。
彼の戦闘力は計り知れない。それのみで推し量るのなら人類最強にも引けを取らない。《マンイーター》―――ひとくい、一食い人食い人喰い、
人悔い。
「つかれちゃって、さ、だから、もうこの際」
私が出夢くんの首筋に顔を埋めているということは私の首筋は出夢くんの犬歯が届く距離に無防備に晒されてるということで、それはつまり―――
ぷつり、と皮膚が破れる音だけを聞いた。
申し遅れた。私の名は末摘花三木。匂宮の分家である私と出夢との関係は、本来許されぬものであったとだけ言っておこう。
殺し名ロミジュリ。
2009.11.24
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