短い話
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「三木ッ!!」
「ハイ署長。あんなチンピラ、私一人で十分です」
署長の怒号に応える声に、ナガは弾かれたように振り返った。
しょうもない事件だった。受験勉強に疲れた若い男が、道のど真ん中で暴れていると通報が入った。駆けつけた署長が男のドテッ腹に一発入れるか、ナガが人差し指をクイと曲げるか、キノンが後ろから力づくで引き倒すか、とにかくその場にいた誰にでもどうにかできたしょうもない事件だった。
男の特技が「バリア」…それも恐ろしく固いやつでなければ、一瞬で終わった事件だったのに。
ラチがあかない攻防に、ついに腹を立てた署長がその名を叫んだ。舞い上がる土煙の中から次第にその輪郭が色濃く浮き上がる。細身の体格、シンプルなワンピース、風に揺れる黒髪、むっと眉根を寄せ、まっすぐ犯人を見つめる女の子。
「…誰?」
「三木ちゃんッ」
ハテ、とナガが首をかしげる横で、ヘナが安堵をにじませた声をあげた。
「知ってるの?」
「会ったことなかったっけ?ナガくんの先輩だヨ!」
あの人もスプーンなのか。
ヒーローを見た目で判断する無意味さをナガはよく知っていた。闘えるタイプに見えなくとも、その能力の如何ではあっさりと覆される先入観だ。彼女の特技はなんだろう、と透視の目をよくこらして見る。
男が相変わらず愚図るような咆哮を繰り返すのを、三木は不機嫌そうなまま見ていた。
「署長に迷惑をかける人は嫌いです」
ワンピースの内ポケットから取り出したそれを、胸の前で開いて視線を落とした。太陽の光を受けてピカピカと反射する、珊瑚色の丸い鏡が、三木の手のひらに収まっている。
「コンパクト…?」
「ナガくん、よく見ててネ。三木ちゃんはちょーっとスゴイんだから!」
三木が鏡に向かって何事かを呟くと、瞬く間に溢れ出た光が彼女を包み込んだ。
怒りが収まり、闘えるようになったはずの署長は、すっかり傍観体制に入っていた。
▽
1話飛ばしのドラマでも見ているみたいだ。
▽
キノンの通報を受けてやってきた警察に男の身柄を引き渡す段階になって、なおその親子のやり取りは続いていた。
警官が腕をひいて誘導するも、男がなかなかパトカーに向かおうとしないので、強制的に引きずられるようにして連行されていった。男はついにされるがままの状態で、しかし首だけは母親に向けて、縋るように涙をこぼしていた。
「ごめん、お母ちゃん、ごめん、ごめんねっ、一人にっ、させちゃって…!」
「償うんだよ、罪を償うんだよ。苦しんでくるんだよ!長く苦しんで償ってくるんだよ!二度と帰ってくるなよ!」
「お母ちゃん…!」
パトカーに吸い込まれるようにして、男の姿は見えなくなった。ドアを開けて待ち構えていた警官がパタムとドアを閉め、ヒーロー達に敬礼を一つ捧げると、さっさと助手席に乗り込みあっという間に行ってしまった。
残されたメンツの中で、ナガだけが状況を把握できずにポカンとしている。
なかなかに辛辣な言葉で息子を送り出した母親は、署長に向き直ると腰の伸びたお辞儀をした。
署長の横に控えていたキノンが手をふって応える一方、やれやれといった顔で署長が腕組みをすると、母親のすんとした表情の中で眉が下がる。
「フツー母親があんなこと言うか?」
「ゆとり世代の息子が犯罪を起こしたときの母の気分を想像してみました」
「三木ちゃんは演技は一級品だけど感性がだめだめなンダな…」
「まあいい。よくやった」
署長が手をのばしかけて、中途半端な位置でとまった。微妙な顔で目の前の自分よりも高齢の女性を見つめる。
「やりづれぇな…」
「ハイ署長」
母親がエプロンのポケットから珊瑚色のコンパクトを取り出した。開いて覗き込み、鏡の中の自分と目が合うと、ふうんと納得したように頷き、そっと目を閉じる。
「…ラミパス、ラミパス」
ルルルルルー。
途端、光の粒子が彼女の全身を覆い、蠢くように輪郭を変えていった。水滴が滴り落ちるように、役目を果たした光の粒が地面に染み込み、溶けた端から消えていく。最後の一粒がワンピースの裾からこぼれ落ちると、先ほどまでの姿はどこにもなかった。
光の残像に目を瞬かせる三木の頭に、ようやく行き場所を見つけた署長の手が乗せられた。
「ご苦労」
「ハイ署長。お役に立てて何よりです」
よしよしと頭を撫でられて、三木は嬉しそうに微笑む。そんな二人をキノンが何やらソワソワした様子で交互に見やるが、二人は特に気にした様子もない。
「へ、変身した…?」
一方、すっかり放置プレイをかまされたナガの方は何が何やらチンプンカンプンである。
コンパクトに向かって何かを呟いたと思ったら、三木が見知らぬ女性に変身していた。その女性はなんと犯人の母親で、先ほどまで暴れまわっていた男はあれよあれよと言いくるめられ、警官に連行されていった…。
ボーゼンとするナガの袖をヘナがキュッと掴んだ。
「スゴイでショ?三木ちゃんてなーんにでもなれちゃうんだって!びっくりだよネ!」
「そうなんだ?すごい……けど」
彼女の手の中できらりと光る珊瑚色のコンパクト。その輝きこそ似ても似つかないものだったが、デザインの方には覚えがあった。
実家の物置の中、母親の昔の私物をまとめた段ボールの中に、それはあった。
母親は、
「女の子が産まれたら使うかなって思って取っておいたけど、ナガは男の子だもんね。使わないわよねぇ?」と、笑っていた。
プラスチックピンクが溢れるおもちゃの中に確かに混ざっていたおもちゃのコンパクト。
まさか本物が拝めるだなんて。
「ひみつのアッコちゃんだ…」
「みんなそれ言うのネ。ヘナよく分かんない」
ジェネレーションギャップだった。
署長ラブ。かっこよすぎるよ…。
2018.2.6