短い話
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※現パロ(白石視点)
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンポピンポピンピンピンピンピピピピピピピピピピピピピピ
「いやしつこっ。何?!」
「三木ちゃぁん助けてぇッ!!」
やっと開いたドアの向こうから顔を出した女の子がその時の俺には天使に見えたね。間違いない。
俺をこの窮地から救ってくれるエンジェル三木ちゃんは、土曜の昼間っから押しかけてきた俺を見て不思議そうな顔をした。そりゃそうだ。ああ、三木ちゃん、君なら居留守なんか使わないって信じてたよ…!
「?…白石さん、今日杉元さんたちとBBQするって言ってませんでした?」
「うん。言った」
「私は先約があるから行けないけど、あとで写真見せてねって言いませんでした?」
「うん。言われた」
「???」
休日の三木ちゃん、ラフっぽいかっこがいつもより幼くてかわい〜。
なかなか見られない姿をこっそり拝む俺に対して、部屋着っぽいショートパンツからのびる素足にサンダルをつっかけた状態で、未だ玄関のドアを抑えたまま、三木ちゃんの視線は俺を越えた向こう側を捉えていた。
「じゃあ背後のそれはなに?」
「この世で一番身近な地獄…」
天使に出迎えられた俺は背後に鬼を二匹しょっていた。いや、二頭?それとも二体?分かんねぇよ〜鬼の数え方なんてさぁ。少なくとも人ではないのは確かだけど。
こんなに負のオーラっていうか、瘴気っていうか、禍々しい気を出せる奴らが人間だなんて救いがなさすぎじゃない?杉元も、尾形ちゃんも、ちょっとは取り繕うってことをしてほしいんだけど…。
俺の背後で不穏な空気をバシバシ醸す二人を見て、三木ちゃんは少しトーンを落として耳打ちしてきた。
「なんか二人めちゃめちゃ怒ってません…?白石さん何したのぉ?」
「なーんもしてない!三木ちゃんが自覚なさすぎなのッ」
「はぁ?」
「……おい」
俺の左側からぬっとのびてきた腕がドアを押さえつけた。そのまま全開にされたことによって、ドアノブを掴んでいた三木ちゃんの半身が引っ張り出された。俺を押しのけてそんな三木ちゃんをじっと見下ろす尾形ちゃん、不機嫌全開でマジヤバイ…。ここまで連れてきた俺が言うのもなんだけど、三木ちゃん逃げて。超逃げて。
「尾形さん?」
「中に入れろ」
「え?やだ…」
「…」
「…」
でもそんな尾形ちゃんに物怖じしない三木ちゃんて超カッコイイよ…。俺だったら尾形ちゃんにこんな風に威圧されたら貞操の危機感じちゃう。エマージェンシーエマージェンシー、尾形ちゃんが三木ちゃんの生足を舐めるように見ています。あとでオカズにされちゃうこと請け合いだよ。
「何でだよ。入れろ」
「お客さん来てるんです。尾形さん絶対喧嘩するからダメ」
「知ってる。だから来たんだろうが」
「え?」
そうだよ。だから来たんだよ俺たちは。
三木ちゃんってば本当に自覚がないね。
先約があるからって俺たちの誘いを断って、その上であんなインスタ更新しちゃうなんてさ…。そりゃ、こうなるのも当然だよ。ああ、今頃美味しいお肉をヒンナヒンナしてるであろうアシリパちゃんやキロちゃん達が憎い。俺もそっち側に残りたかった。こんな状態の二人だけで行かせたらそれこそ本当の地獄になるからって、お目付役に抜擢されても全然嬉しくないね。ほんと他人事だと思ってさあ!
まさしく天国と地獄。ポジとネガ。サクセスとスキャンダル…。三木ちゃんと俺たちを隔てるその敷居が最後の分水嶺だった。
「三木ちゃん、なんであいつらと一緒にいるの?」
一見普段と変わらない口調の杉元は、その実目が据わっていたりする。尾形ちゃんだってその真っ黒な瞳の中に仄暗い感情が見え隠れしてるのが俺でも分かる。あ〜、もう超こわい。
この二人のややこしいところは、それぞれ怒ってるポイントが微妙に違うところだった。杉元は三木ちゃんが一人で奴らと一緒にいることに腹を立てていて、尾形ちゃんは三木ちゃんが自分より他の奴を優先したことが気に食わない。似てるようで全然違う。どっちも頭おかしいことに変わりはないけどね!?お前ら三木ちゃんのお父さんか何か?
「なんでって…」
三木ちゃんが眉をほんのちょっとハの字にして、不思議そうに首を傾げた。
分かる、分かるよ。その気持ち…。本当に自覚がないのは俺たちの方だ。三木ちゃんが、どこで、誰と、何をしようと、それは三木ちゃんの自由のはずだ。
一人暮らしのアパートにあの二人を招いて、楽しそうな写真をSNSに上げたとしても、それは50km離れたBBQ場から車飛ばしてわざわざ駆けつけるようなことではないもんね…。
「おい」
俺でも、杉元でも、尾形ちゃんでもない声が三木ちゃんの背後から飛んできた。
もー、ほんと、空気読んで!?
「何をゴチャゴチャやっている?」なんて、三木ちゃんの肩越しに顔を出すんじゃないよ。余計この場がゴチャゴチャするっていうのがこのお坊ちゃんには分かんねえのか?
「鯉登少尉ぃ」
杉元が歯ぎしりする音が聞こえてくるようだった。ハイハイ怒ってる怒ってる。怒りのパワーで俺の背中が焦げちゃいそう。そんで鯉登ちゃんも距離が近いからぁ!三木ちゃんからあと2mは離れてくんない?
「なんだ貴様、こいつらも呼んでいたのか?」
「う〜ん呼んだっていうか…呼び寄せてしまったというか…」
「話が違うではないか!」
「鯉登さん、しーっ」
「キエッ…」
三木ちゃんは頭のいい子だった。
杉元や尾形ちゃんが何を考えているのか、これから何をしようとしているのか、この短い時間ですべてを看破した上で、鯉登ちゃんを牽制しているのが分かる。明らかに距離の近い鯉登ちゃんのおでこを手のひらでぐんと押し返しながら、もうかたっぽの手で唇に人差し指をあてる姿がもうめちゃめちゃにかわいいね…。俺、そういうの超スキ。俺もしーってされたぁい。
「む、むぜ…」
鯉登ちゃんも存外俗っぽい男だった。褐色の肌がかすかに赤く染まったのに気付いたのが俺だけだったらいいのに…現実ってのはそう甘いもんじゃない。尾形ちゃんのせせら笑いがこちら側の気温を一気に下げに来た。あー、氷点下。あっちとこっちの感情の温度差で風邪ひきそう。
それとも、冷め続ける尾形ちゃんと沸点上がりまくりの杉元に挟まれた俺って意外と適温だったりする?
「鯉登さんが騒いだらあの人まで来ちゃうから…」
「何の騒ぎですか」
「…」
「月島ぁ!」
廊下の奥から姿を現した軍曹は、俺たちを見て確かに顔をしかめた。おい、見たぞ。いつも気難しい顔してるけど今のは確実に面倒くさいなって思った顔でしょ。言っとくけど俺の方がずっと面倒くさい立場にいるからね?ここに来るまでの車内の空気想像して?地獄よ?
せめて全員集合は避けようとしていた三木ちゃんは、軍曹の登場により何かを諦めたような目で俺を見た。
一瞬で何事が起きているのか察知した軍曹もおんなじような視線をぶつけてくるから、それならこっちだって同じ顔するしかないんだけどぉ?俺にこれ以上を期待するのはやめて!
もう、さっさと終わりにしちゃおうよ。
そうしよう。
さっさと全部言っちゃおう。
鯉登ちゃんと、軍曹と、三木ちゃん。こんなとりとめのない3人が、よりにもよってどうして…
「どうしてこの二人が三木ちゃんの家にいるの?」
さっきは答えをもらえなかった質問を焼き直して、杉元が三木ちゃんに投げかけた。
圧が。圧がすげぇよお前。
一時間前、三木ちゃんのインスタに2人の写真が上がっているのを見つけた時の感情の最大瞬間風速をなお保ったままこの場に立つ杉元に、さすがの俺も冷や汗が流れる。向かい合う三木ちゃんはどんなにか…。
「勉強教えてもらってたんです…」
退路も進路も絶たれたような顔で、三木ちゃんはちょっと拗ねたようにこぼした。話しながら、どうやって収拾をつけようかなって考えてる。
冷静だよなぁ。杉元や尾形ちゃんからアシリパちゃんとはまた違った庇護欲を向けられている三木ちゃんは、この状況でも焦った様子はまったくない。慣れてるね、ホント。
……いや何に慣れさせてんだって話だよ。怖すぎでしょ。
「勉強って?」
「ロシア語のテストが近いので…」
「それは確かに月島軍曹の領分だね…」
「…」
ピッチピチの女子大生である三木ちゃんは、適度な不良性を保ちつつも勉学にもきちんと精を出すことのできるエラい子だった。そういえば、単位落としそうな講義があるって嘆いてたっけ。頑張るべき時に頑張れる三木ちゃんが好きだった。それはお前らも同じじゃねぇの?
杉元は多少ほだされた様子で、それでも飲み込めないホルモンを一際強く噛み締めて無理にのっこんだような顔をした。やるせないオーラ出してんなぁ。そりゃ、俺たちじゃ勉強教えてやれないもんね。三木ちゃんの選択は正しい。
一方で不服そうに前髪を撫で付ける尾形ちゃんの標的は、当然ながら鯉登ちゃんに移った。さりげなく三木ちゃんの肩に手を回してるあたり抜け目のなさが流石だよね…。
「ならこのお坊ちゃんは何でいる?」
「おい。指をさすな貴様」
「軍曹呼んだら一緒に来ました」
「…正確には、どうしても付いていくといって聞かなかったので、仕方なく連れてきたんだが」
「ふん。月島なぞロシア語しか教えてやれんだろう。私なら他の分野にも精通しているぞ」
尾形ちゃんと鯉登ちゃん、それぞれの不機嫌そうな視線がぶつかり合って火花を立てるその間に挟まれて、三木ちゃんはなんだか困ったような顔をしてみせた。杉元と尾形ちゃんの偏屈な愛情を割と軽く受け流すことの出来るこの子は、それでいて結構押しに弱いところがあるからなぁ〜。グイグイ系の鯉登ちゃんを甘やかす傾向にあるよね。それが分かるから、こいつらもこんなにイラついてるんだろうけど…。
「俺を呼べよ。前に教えてやっただろ」
「う〜ん…だって尾形さんすぐえっちなことするし…」
「あ?嫌なら正解すりゃいいだろう。間違える方が悪い」
「ちょっと!?サラッととんでもないこと言うのやめてくんない!?」
何してんの尾形ちゃん!?
そんで何ポロっと言っちゃってんの三木ちゃん!!
「…あ」
しまった、と今更口元を抑えてももう遅い。俺の背後のバーサーカーはコンマ0秒で起動したし、尾形ちゃんはそんな杉元を煽るように笑ってるし、鯉登ちゃんは信じられないものを見る目で三木ちゃんを見てるし軍曹ですら眉をひそめた。そんで俺も傷ついた。
尾形ちゃんホントッ何やってんの!?
「三木ちゃん、今のどういうこと?」
「杉元さん顔怖いよ…」
「あのクソに何かされたの?」
「そんな大層なことはされてないです…」
「…」
「…」
「尾形殺す」
「うわっガンギマリ…!」
怒りで目が据わった杉元を見上げて、これはまずいと思ったのかどうなのか、殺し合いが始まる前に三木ちゃんは杉元の両手をきゅっと握ってむにむにしだした。うわ何それかわい〜。
そんなことされたらどんなにタイプじゃないアイドルでも一瞬で推しになっちゃうような握手…三木ちゃんてば一体どこでそんな技身に付けたの?アシリパちゃん?アシリパちゃんか!?
杉元が一瞬鼻白んだ。その隙を見逃す三木ちゃんじゃない。
「杉元さん、怒っちゃヤですよ」
「…」
「ね?」
「…」
最終的に右手を恋人繋ぎで絡め取って、杉元を覗き込むように上目で見上げる三木ちゃんに、修羅の男は完全にほだされた。
上手い。上手すぎる。
杉元が尾形ちゃんをぶちのめすには三木ちゃんの手を無理やり振りほどかなきゃいけない。せっかく三木ちゃんから握ってくれた恋人繋ぎを、杉元が手放せるわけがない。三木ちゃんの完全勝利。平和は守られたのだ…。
飄々とした様子の尾形ちゃんを、人をも殺せそうな目線で攻撃するに留まった杉元に隠れて、三木ちゃんは俺にバチーンッ!とウインクを飛ばしてきた。カッコイイ…超カッコイイよ三木ちゃん…。猛獣ハンターの称号をあげてもいい。ホロリと涙を流しながらサムズアップした俺の微笑みを受けて、三木ちゃんは小さく頷いた。すぐに投げられたものを抜け目なく受け取る。
三木ちゃんがこのサイコどもの扱いに慣れているのと同じように、俺だってこんな場面は何度も経験してきた。目で意思疎通なんかお手の物だ。この瞬間のサポートなら誰にも負けない自信があるぜ。
「鯉登ちゃん達、車で来てる?」
「は?ああ、月島のジープで…」
「キーは?」
「持ってるが」
「オッケ!」
じゃあ現地集合でヨロシク!
俺が二人にビシッと敬礼を決めるのと同時に、三木ちゃんはもう片方の手で尾形ちゃんとの恋人繋ぎを成功させていた。
三木ちゃんを挟んで3人並ぶ様子がちょっとシュールだけどしのごの言ってらんねぇし!二人まとめて車に入りさえすればそれで勝ちだ!
さっき三木ちゃんから受け取った鍵でさっさと部屋の戸締りをする俺を、鯉登ちゃんと軍曹はポカンとして見つめている。三木ちゃん達の姿はもう無かった。表に停めてある杉元のCH-Rに既に向かっていてくれてる。
「ど、どこに行くのだ?」
「あ、場所分かんない?じゃグーグルマップのURL送っとくからそれ見て来て!」
「おい何の話だ?」
「BBQに決まってんじゃん。言っとくけど強制参加だかんなッ」
嫉妬に狂った杉元と尾形ちゃんに必要なもの、教えてやろうか?
三木ちゃんと、アシリパちゃんと、飯、酒、美味い肉!そんで殴り合いに発展しても問題ない開放的な空間!これにつきる。
だからこの場であの地獄を治めるには足りないものが多すぎたね。
アシリパちゃんの司令通り、血生臭いことを起こさず三木ちゃんごとあの二人を持って帰ることが出来そうで、俺は心からホッとしている。
原因の鯉登ちゃん達にももちろん来てもらう。軍曹にはちょっと申し訳ないけどネ…。なんか巻き込んじゃった罪悪感がすごいけど、まあ、なんだ。美味い飯食って遺憾を残さず終わろうぜ。せっかく皆でヒンナできる平和な世の中に生まれたんだからさ。
俺(と、多分三木ちゃん)に向けられた、憐れみを含む物言いたげな視線を無視して杉元たちの車へと急いだ。
へッ、なんとでも言え。こちとら三木ちゃんが小学生のときから、似たような修羅場を何度もくぐり抜けてきたんだ…。
そしてきっとこれからも続く。
過保護にも程があるよなぁ、ほんと。やれやれだぜ。
頑張る白石。テストは犠牲になったのだ…。
2018.3.19
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンポピンポピンピンピンピンピピピピピピピピピピピピピピ
「いやしつこっ。何?!」
「三木ちゃぁん助けてぇッ!!」
やっと開いたドアの向こうから顔を出した女の子がその時の俺には天使に見えたね。間違いない。
俺をこの窮地から救ってくれるエンジェル三木ちゃんは、土曜の昼間っから押しかけてきた俺を見て不思議そうな顔をした。そりゃそうだ。ああ、三木ちゃん、君なら居留守なんか使わないって信じてたよ…!
「?…白石さん、今日杉元さんたちとBBQするって言ってませんでした?」
「うん。言った」
「私は先約があるから行けないけど、あとで写真見せてねって言いませんでした?」
「うん。言われた」
「???」
休日の三木ちゃん、ラフっぽいかっこがいつもより幼くてかわい〜。
なかなか見られない姿をこっそり拝む俺に対して、部屋着っぽいショートパンツからのびる素足にサンダルをつっかけた状態で、未だ玄関のドアを抑えたまま、三木ちゃんの視線は俺を越えた向こう側を捉えていた。
「じゃあ背後のそれはなに?」
「この世で一番身近な地獄…」
天使に出迎えられた俺は背後に鬼を二匹しょっていた。いや、二頭?それとも二体?分かんねぇよ〜鬼の数え方なんてさぁ。少なくとも人ではないのは確かだけど。
こんなに負のオーラっていうか、瘴気っていうか、禍々しい気を出せる奴らが人間だなんて救いがなさすぎじゃない?杉元も、尾形ちゃんも、ちょっとは取り繕うってことをしてほしいんだけど…。
俺の背後で不穏な空気をバシバシ醸す二人を見て、三木ちゃんは少しトーンを落として耳打ちしてきた。
「なんか二人めちゃめちゃ怒ってません…?白石さん何したのぉ?」
「なーんもしてない!三木ちゃんが自覚なさすぎなのッ」
「はぁ?」
「……おい」
俺の左側からぬっとのびてきた腕がドアを押さえつけた。そのまま全開にされたことによって、ドアノブを掴んでいた三木ちゃんの半身が引っ張り出された。俺を押しのけてそんな三木ちゃんをじっと見下ろす尾形ちゃん、不機嫌全開でマジヤバイ…。ここまで連れてきた俺が言うのもなんだけど、三木ちゃん逃げて。超逃げて。
「尾形さん?」
「中に入れろ」
「え?やだ…」
「…」
「…」
でもそんな尾形ちゃんに物怖じしない三木ちゃんて超カッコイイよ…。俺だったら尾形ちゃんにこんな風に威圧されたら貞操の危機感じちゃう。エマージェンシーエマージェンシー、尾形ちゃんが三木ちゃんの生足を舐めるように見ています。あとでオカズにされちゃうこと請け合いだよ。
「何でだよ。入れろ」
「お客さん来てるんです。尾形さん絶対喧嘩するからダメ」
「知ってる。だから来たんだろうが」
「え?」
そうだよ。だから来たんだよ俺たちは。
三木ちゃんってば本当に自覚がないね。
先約があるからって俺たちの誘いを断って、その上であんなインスタ更新しちゃうなんてさ…。そりゃ、こうなるのも当然だよ。ああ、今頃美味しいお肉をヒンナヒンナしてるであろうアシリパちゃんやキロちゃん達が憎い。俺もそっち側に残りたかった。こんな状態の二人だけで行かせたらそれこそ本当の地獄になるからって、お目付役に抜擢されても全然嬉しくないね。ほんと他人事だと思ってさあ!
まさしく天国と地獄。ポジとネガ。サクセスとスキャンダル…。三木ちゃんと俺たちを隔てるその敷居が最後の分水嶺だった。
「三木ちゃん、なんであいつらと一緒にいるの?」
一見普段と変わらない口調の杉元は、その実目が据わっていたりする。尾形ちゃんだってその真っ黒な瞳の中に仄暗い感情が見え隠れしてるのが俺でも分かる。あ〜、もう超こわい。
この二人のややこしいところは、それぞれ怒ってるポイントが微妙に違うところだった。杉元は三木ちゃんが一人で奴らと一緒にいることに腹を立てていて、尾形ちゃんは三木ちゃんが自分より他の奴を優先したことが気に食わない。似てるようで全然違う。どっちも頭おかしいことに変わりはないけどね!?お前ら三木ちゃんのお父さんか何か?
「なんでって…」
三木ちゃんが眉をほんのちょっとハの字にして、不思議そうに首を傾げた。
分かる、分かるよ。その気持ち…。本当に自覚がないのは俺たちの方だ。三木ちゃんが、どこで、誰と、何をしようと、それは三木ちゃんの自由のはずだ。
一人暮らしのアパートにあの二人を招いて、楽しそうな写真をSNSに上げたとしても、それは50km離れたBBQ場から車飛ばしてわざわざ駆けつけるようなことではないもんね…。
「おい」
俺でも、杉元でも、尾形ちゃんでもない声が三木ちゃんの背後から飛んできた。
もー、ほんと、空気読んで!?
「何をゴチャゴチャやっている?」なんて、三木ちゃんの肩越しに顔を出すんじゃないよ。余計この場がゴチャゴチャするっていうのがこのお坊ちゃんには分かんねえのか?
「鯉登少尉ぃ」
杉元が歯ぎしりする音が聞こえてくるようだった。ハイハイ怒ってる怒ってる。怒りのパワーで俺の背中が焦げちゃいそう。そんで鯉登ちゃんも距離が近いからぁ!三木ちゃんからあと2mは離れてくんない?
「なんだ貴様、こいつらも呼んでいたのか?」
「う〜ん呼んだっていうか…呼び寄せてしまったというか…」
「話が違うではないか!」
「鯉登さん、しーっ」
「キエッ…」
三木ちゃんは頭のいい子だった。
杉元や尾形ちゃんが何を考えているのか、これから何をしようとしているのか、この短い時間ですべてを看破した上で、鯉登ちゃんを牽制しているのが分かる。明らかに距離の近い鯉登ちゃんのおでこを手のひらでぐんと押し返しながら、もうかたっぽの手で唇に人差し指をあてる姿がもうめちゃめちゃにかわいいね…。俺、そういうの超スキ。俺もしーってされたぁい。
「む、むぜ…」
鯉登ちゃんも存外俗っぽい男だった。褐色の肌がかすかに赤く染まったのに気付いたのが俺だけだったらいいのに…現実ってのはそう甘いもんじゃない。尾形ちゃんのせせら笑いがこちら側の気温を一気に下げに来た。あー、氷点下。あっちとこっちの感情の温度差で風邪ひきそう。
それとも、冷め続ける尾形ちゃんと沸点上がりまくりの杉元に挟まれた俺って意外と適温だったりする?
「鯉登さんが騒いだらあの人まで来ちゃうから…」
「何の騒ぎですか」
「…」
「月島ぁ!」
廊下の奥から姿を現した軍曹は、俺たちを見て確かに顔をしかめた。おい、見たぞ。いつも気難しい顔してるけど今のは確実に面倒くさいなって思った顔でしょ。言っとくけど俺の方がずっと面倒くさい立場にいるからね?ここに来るまでの車内の空気想像して?地獄よ?
せめて全員集合は避けようとしていた三木ちゃんは、軍曹の登場により何かを諦めたような目で俺を見た。
一瞬で何事が起きているのか察知した軍曹もおんなじような視線をぶつけてくるから、それならこっちだって同じ顔するしかないんだけどぉ?俺にこれ以上を期待するのはやめて!
もう、さっさと終わりにしちゃおうよ。
そうしよう。
さっさと全部言っちゃおう。
鯉登ちゃんと、軍曹と、三木ちゃん。こんなとりとめのない3人が、よりにもよってどうして…
「どうしてこの二人が三木ちゃんの家にいるの?」
さっきは答えをもらえなかった質問を焼き直して、杉元が三木ちゃんに投げかけた。
圧が。圧がすげぇよお前。
一時間前、三木ちゃんのインスタに2人の写真が上がっているのを見つけた時の感情の最大瞬間風速をなお保ったままこの場に立つ杉元に、さすがの俺も冷や汗が流れる。向かい合う三木ちゃんはどんなにか…。
「勉強教えてもらってたんです…」
退路も進路も絶たれたような顔で、三木ちゃんはちょっと拗ねたようにこぼした。話しながら、どうやって収拾をつけようかなって考えてる。
冷静だよなぁ。杉元や尾形ちゃんからアシリパちゃんとはまた違った庇護欲を向けられている三木ちゃんは、この状況でも焦った様子はまったくない。慣れてるね、ホント。
……いや何に慣れさせてんだって話だよ。怖すぎでしょ。
「勉強って?」
「ロシア語のテストが近いので…」
「それは確かに月島軍曹の領分だね…」
「…」
ピッチピチの女子大生である三木ちゃんは、適度な不良性を保ちつつも勉学にもきちんと精を出すことのできるエラい子だった。そういえば、単位落としそうな講義があるって嘆いてたっけ。頑張るべき時に頑張れる三木ちゃんが好きだった。それはお前らも同じじゃねぇの?
杉元は多少ほだされた様子で、それでも飲み込めないホルモンを一際強く噛み締めて無理にのっこんだような顔をした。やるせないオーラ出してんなぁ。そりゃ、俺たちじゃ勉強教えてやれないもんね。三木ちゃんの選択は正しい。
一方で不服そうに前髪を撫で付ける尾形ちゃんの標的は、当然ながら鯉登ちゃんに移った。さりげなく三木ちゃんの肩に手を回してるあたり抜け目のなさが流石だよね…。
「ならこのお坊ちゃんは何でいる?」
「おい。指をさすな貴様」
「軍曹呼んだら一緒に来ました」
「…正確には、どうしても付いていくといって聞かなかったので、仕方なく連れてきたんだが」
「ふん。月島なぞロシア語しか教えてやれんだろう。私なら他の分野にも精通しているぞ」
尾形ちゃんと鯉登ちゃん、それぞれの不機嫌そうな視線がぶつかり合って火花を立てるその間に挟まれて、三木ちゃんはなんだか困ったような顔をしてみせた。杉元と尾形ちゃんの偏屈な愛情を割と軽く受け流すことの出来るこの子は、それでいて結構押しに弱いところがあるからなぁ〜。グイグイ系の鯉登ちゃんを甘やかす傾向にあるよね。それが分かるから、こいつらもこんなにイラついてるんだろうけど…。
「俺を呼べよ。前に教えてやっただろ」
「う〜ん…だって尾形さんすぐえっちなことするし…」
「あ?嫌なら正解すりゃいいだろう。間違える方が悪い」
「ちょっと!?サラッととんでもないこと言うのやめてくんない!?」
何してんの尾形ちゃん!?
そんで何ポロっと言っちゃってんの三木ちゃん!!
「…あ」
しまった、と今更口元を抑えてももう遅い。俺の背後のバーサーカーはコンマ0秒で起動したし、尾形ちゃんはそんな杉元を煽るように笑ってるし、鯉登ちゃんは信じられないものを見る目で三木ちゃんを見てるし軍曹ですら眉をひそめた。そんで俺も傷ついた。
尾形ちゃんホントッ何やってんの!?
「三木ちゃん、今のどういうこと?」
「杉元さん顔怖いよ…」
「あのクソに何かされたの?」
「そんな大層なことはされてないです…」
「…」
「…」
「尾形殺す」
「うわっガンギマリ…!」
怒りで目が据わった杉元を見上げて、これはまずいと思ったのかどうなのか、殺し合いが始まる前に三木ちゃんは杉元の両手をきゅっと握ってむにむにしだした。うわ何それかわい〜。
そんなことされたらどんなにタイプじゃないアイドルでも一瞬で推しになっちゃうような握手…三木ちゃんてば一体どこでそんな技身に付けたの?アシリパちゃん?アシリパちゃんか!?
杉元が一瞬鼻白んだ。その隙を見逃す三木ちゃんじゃない。
「杉元さん、怒っちゃヤですよ」
「…」
「ね?」
「…」
最終的に右手を恋人繋ぎで絡め取って、杉元を覗き込むように上目で見上げる三木ちゃんに、修羅の男は完全にほだされた。
上手い。上手すぎる。
杉元が尾形ちゃんをぶちのめすには三木ちゃんの手を無理やり振りほどかなきゃいけない。せっかく三木ちゃんから握ってくれた恋人繋ぎを、杉元が手放せるわけがない。三木ちゃんの完全勝利。平和は守られたのだ…。
飄々とした様子の尾形ちゃんを、人をも殺せそうな目線で攻撃するに留まった杉元に隠れて、三木ちゃんは俺にバチーンッ!とウインクを飛ばしてきた。カッコイイ…超カッコイイよ三木ちゃん…。猛獣ハンターの称号をあげてもいい。ホロリと涙を流しながらサムズアップした俺の微笑みを受けて、三木ちゃんは小さく頷いた。すぐに投げられたものを抜け目なく受け取る。
三木ちゃんがこのサイコどもの扱いに慣れているのと同じように、俺だってこんな場面は何度も経験してきた。目で意思疎通なんかお手の物だ。この瞬間のサポートなら誰にも負けない自信があるぜ。
「鯉登ちゃん達、車で来てる?」
「は?ああ、月島のジープで…」
「キーは?」
「持ってるが」
「オッケ!」
じゃあ現地集合でヨロシク!
俺が二人にビシッと敬礼を決めるのと同時に、三木ちゃんはもう片方の手で尾形ちゃんとの恋人繋ぎを成功させていた。
三木ちゃんを挟んで3人並ぶ様子がちょっとシュールだけどしのごの言ってらんねぇし!二人まとめて車に入りさえすればそれで勝ちだ!
さっき三木ちゃんから受け取った鍵でさっさと部屋の戸締りをする俺を、鯉登ちゃんと軍曹はポカンとして見つめている。三木ちゃん達の姿はもう無かった。表に停めてある杉元のCH-Rに既に向かっていてくれてる。
「ど、どこに行くのだ?」
「あ、場所分かんない?じゃグーグルマップのURL送っとくからそれ見て来て!」
「おい何の話だ?」
「BBQに決まってんじゃん。言っとくけど強制参加だかんなッ」
嫉妬に狂った杉元と尾形ちゃんに必要なもの、教えてやろうか?
三木ちゃんと、アシリパちゃんと、飯、酒、美味い肉!そんで殴り合いに発展しても問題ない開放的な空間!これにつきる。
だからこの場であの地獄を治めるには足りないものが多すぎたね。
アシリパちゃんの司令通り、血生臭いことを起こさず三木ちゃんごとあの二人を持って帰ることが出来そうで、俺は心からホッとしている。
原因の鯉登ちゃん達にももちろん来てもらう。軍曹にはちょっと申し訳ないけどネ…。なんか巻き込んじゃった罪悪感がすごいけど、まあ、なんだ。美味い飯食って遺憾を残さず終わろうぜ。せっかく皆でヒンナできる平和な世の中に生まれたんだからさ。
俺(と、多分三木ちゃん)に向けられた、憐れみを含む物言いたげな視線を無視して杉元たちの車へと急いだ。
へッ、なんとでも言え。こちとら三木ちゃんが小学生のときから、似たような修羅場を何度もくぐり抜けてきたんだ…。
そしてきっとこれからも続く。
過保護にも程があるよなぁ、ほんと。やれやれだぜ。
頑張る白石。テストは犠牲になったのだ…。
2018.3.19