短い話
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「わ〜、アシリパさん見て見て。ネコチャンだよ。かわいいねぇ」
「三木は猫が好きなのか?」
「大好き!かわいいよ〜。よしよし、いい子だね〜」
「じゃあなんで尾形と仲良くできないんだ?」
「?…???」
道端で見つけた野良猫に吸い寄せられる私を見て、アシリパさんがそんなことを言い出した。ちょうど2人で狐の毛皮を売りに街へ降りて、わずかなお金を手にしたその帰り道のことだった。なんだなんだ。どうした?何を言ってる?アシリパさん。
「尾形も猫だぞ」
「いや猫じゃないよ」
似たようなものだろう、とその表情で語るアシリパさんを見て私は苦い顔をした。尾形さんが猫っぽいのは分かるけど彼はネコチャンではないよ。一瞬疎かになったナデナデの隙をついて、ネコチャンが彼方に駆けていってしまう。ああ、行っちゃった…。久々に見たクロネコちゃんだったのに。
「アシリパさぁん…」
恨めしそうに見上げてもアシリパさんはどこ吹く風だ。逆にたしなめるような顔をされた。
「三木も、杉元も、もっと尾形と仲良くしないとだめだ。白石を見習え」
「白石さんはコミュ力おばけだもん…」
「尾形が嫌いか?」
「ちがーう。尾形さんが私を嫌いなの」
唇を尖らせて言い返すと、ヤレヤレといったため息が降ってきた。ほ、本当だよ!杉元さんと尾形さんの関係はぶっちゃけよく知らないけど、自分のことはよく分かるんだよ。なぜだか知らないけど尾形さん、私のこと嫌いっぽいんだ。
初めて会ったときから好かれてない雰囲気はあった。それは夕張の炭鉱での爆発騒ぎ。封鎖された炭鉱の中から煤だらけで死にかけの杉元さんと白石さんが担がれてきたときに、私はみっともないくらいに取り乱して子供みたいに泣いてしまった。本当に死んじゃったかと思った。私とアシリパさんを置いて、二度と会えないところに行っちゃったんじゃないかと思ったら涙がこらえきれなくて、白石さんに縋り付いて泣きじゃくってしまった。
「うわ〜ん!ばかっ、白石さんのばかぁっ、ぐすっ」
「え〜なに?なにコレ?俺今日死ぬの?夢見てんの?かわい〜」
「うぅ、死んじゃやだぁ…!ばかっ。ひっく」
「はわ…三木ちゃん柔らか〜い…」
「おい、殺すぞ」
「急なガチトーンで混ざってくんのやめて…」
杉元さんのドスの利いた声と一緒に伸びてきた手に引っ張られて、白石さんから引き剥がされた。「俺も生きてるよ、三木ちゃん」打って変わって優しい声に涙が止まらなかった。迎え入れられるままに杉元さんの胸の中に飛び込んでわんわん泣いた。心臓が穏やかに動いてる。さっきまで死の瀬戸際にいたっていうのに。なんて豪胆なの。
側で見ているアシリパさんも、良かったな、なんてお澄まし顔で、私ばっかり泣いちゃって情けないけど嬉しいんだもんしょうがない。
「三木ちゃん柔らかい…なにコレ…」
「ほら〜!俺と同じこと言ってんじゃん!杉元だけずり〜よ!アシリパちゃん、審議!審議!」
「三木のおっぱいは仕方ないな。判定無罪だ。杉元が狼になる前に離れろよ」
「もうなってんじゃないのぉ?コレ?」
杉元さんの太い指が目尻の涙を拭ってくれて、ようやっと嗚咽もおさまった頃、こちらを見下ろす視線に気付いた。シンナキサラ。杉元さん達を助けてくれたチンポ先生を前にして、再びべそをかきだす私の頭をおっきな手がポンと撫でた。うう、ありがとうチンポ先生。杉元さん達助けてくれてありがとう。その逞しい腕の中に飛び込むことはしないけど。さすがにそれはマズイって分かった。一瞬で妊娠させられそう…とか、失礼なこと思ってごめんなさい。
「嬢ちゃん、落ち着いたかい」
「チンポ先生…!」
「チンポ先生…!」
「なんでアシリパさんまで?」
そのとき、こちらを見つめるもう一つの視線に気付いた。お察しの通り、それが尾形さんだった。感情を感じさせない瞳にじっと見つめられて、思わず杉元さんの影に隠れてしまう私は、そのときからちょっと尾形さんが苦手だった。
江渡貝邸に場所を移して、一緒に食卓を共にしても、相変わらず見られてる気がしてドギマギした。
泣く女とか、めんどくせえ。って言われてる気がした。図星、図星です。私だってビービー泣いてばっかのお荷物にはなりたくないって思ってたのに、溢れるものが止められなくってごめんなさい。自分でダメダメだって分かってるから尚更居心地が悪くて、ずっと杉元さんの影に隠れるようにしてたら次第に直接ちょっかいをかけられるようになった。
「おい、なんで避ける」
「さ、避けてないし…」
「は?」
「うぅ…!」
「尾形、三木ちゃん怖がらせてんじゃねぇよ。あっち行け。シッシッ」
「あ?殺すぞ」
「あ?」
「あ?」
そして私を庇う杉元さんと、更に機嫌を悪くした尾形さんとのメンチの切り合いに発展するのだった。夕張を離れて網走への旅路を進んでいく中で、何度同じようなことをしただろうか。白石さんあたりはもう慣れっこの様子でハイハイいつもの始まった〜なんて軽く流していた。いつまでたっても尾形さんは、私を感情のない冷たい目で見つめてくるのだ。こっちだって構えずにはいられないよ。白石さんみたいに流せない。
「人馴れしてない猫かなんかだと思って接してみたらどうだ?アイツ、四捨五入したらほぼ猫だろ。イケるイケる」
「アシリパさんなんか投げやりになってない?」
「こういうのは歩み寄りが大事なんだ」
「寄れてる?それ歩み寄れてる?ほんとに?」
「あっ、ほら来たぞ!尾形だ!」
「いやさっきのネコチャン〜」
アシリパさんが指差す先で、さっきのクロネコちゃんが小さく伸びをしていた。か、かわいい〜。全然尾形さんじゃないよ。
黒い体によく映える金色の目をぱちぱち瞬かせて、私達の前まで来るとゴロンと横たわってさぁ構えのポーズ。ずいぶん人馴れしてるみたい。手を伸ばしても嫌がらなかった。ほらこういうとこも全然尾形さんじゃないし…。
それでもアシリパさんの視線に急かされて、ぎこちないながらも呼んでみた。
「お…尾形さん?」
「ミャー」
えっ嘘でしょ………?
ぶったまげて慌てて振り向いた私を、アシリパさんの慈愛の笑みが迎えうった。ほらな、言ったじゃないか…。そんなことを言われた気がした。
「ええ、きみ、尾形さんなの?」
「ミャー」
「うわめっちゃ返事するじゃん…」
顎のあたりを素直にくすぐられるクロネコちゃんが、あんまり素直に反応するので驚いちゃうな。「尾形もこれくらいの可愛げがあればなぁ。なっ尾形」「ミャー」アシリパさんに抱き上げられて返事をする尾形さん。あー、ややこしいややこしい。しばらくアシリパさんの腕の中でゴロゴロのどを鳴らしていた尾形さんは、ふと気まぐれに飛び降りて再び駆けていってしまった。
「ああ、行っちゃった、尾形さん…」
「そうしょげるな。山に戻ればまた会える」
「いやそれ本物の尾形さん〜」
とはいえ、記憶の中の尾形さんの後ろにさっきのネコチャンを透かしてみると、あの冷たい目線もなんだかつれない野良猫みたいに思えてちょっと気が楽だった。もしかして、けっこう理にかなった話だったのかな…。アシリパさんの言ってることはいつも正しい。
「尾形さんってやっぱりネコチャンかもね…」
「だろ?」
ドヤ顔のアシリパさんだった。
早々と見えなくなった猫の尾形さんの後ろ姿を未だ目で追いながら、きっと一生私には懐かないだろう尾形さんのことを思って、ちょっと胸がキュンとした。ネコチャンだったら全然いい。だってネコチャンだもん。ネコチャンって、そういうものだ。
山に戻っても尾形さんは相変わらず尾形さんだった。杉元さんの銃の腕をからかいながら、抜け目なく仕留めた獲物を無愛想に渡されても、もはやそれはつれないネコチャンだった。あれだけ怖かった視線も、ネコチャンだと思えばなんてことはない。むしろこちらからコミュニケーションをとってお近付きになろうという気にさえなった。
「尾形さん、すごいですねぇ」
「……は?」
ふくふく育った雉を3羽、無言で差し出していた尾形さんが、私の言葉に表情を崩した。いや本当すごいよ。ネコチャンうんぬんを抜きにしても、尾形さんの射撃の腕は感嘆に値するものだった。実はちょっと尊敬してた。そこだけは。ただそれを口に出したとして、「お前に褒められても嬉しくねぇ」なんてつっけんどんな返事が返ってきそうで中々言えずにいたけど、ネコチャン相手と思えばするっと言えた。ネコチャンパワーは偉大だ。
「三木ちゃんが尾形ちゃん褒めるの、珍しいねぇ」
「そうですか?」
「尾形ちゃんビックリして固まっちゃったよ」
どういう心境の変化〜?と白石さんにつつかれる私をしばらくじっと見ていた尾形さんは、ふと外套を翻して木々の隙間に消えた。「も〜、尾形ちゃんてば照れ屋さん☆」なんて、尾形さん相手にそんなこと言える白石さんの肝の太さにこっちがビックリだ。
白石さんの半纏をちょいと引っ張って耳打ちしようと背伸びすると、興味津々といった様子で屈んでくれた。
「え〜、なになに?」
「あのね、これは内緒にしててほしいんだけど…」
「うんうん」
「尾形さんって……ネコチャンなんです……」
「………」
哀れみをたたえた目で私を見る白石さんに、慌てて今日のアシリパさんとの会話をかいつまんで説明した。私だって本気で尾形さんがネコチャンだなんて思ってないよ。気の持ちようの話だもん。
「まあ尾形ちゃんは四捨五入したらほぼ猫ちゃんだけど〜」
「(アシリパさんと同じこと言ってる…)」
「近くにワンちゃんもいること忘れちゃダメだよ?」
「ワンチャン?」
「そうそう。そして俺はオオカミちゃん!」
「白石さん、メッ」
「クゥーン…」
私にべっとり張り付いてくる白石さんにデコピンして、夕飯の支度に取りかかることにした。尾形さんの雉と、昨日獲れた狐の残りと、アシリパさんと杉元さんがそれぞれ採ってきてくれた食材たちで、いつもよりちょっと豪勢な食卓になった。そのせいか、相変わらずチタタプを言わない尾形さんも、いつもより険のない表情をしている気がした。
ところで、私は元々は小樽の食堂で働いていただけのしがない町娘で、なんやかんやでこの旅に加わるまで、獣を捌いたことは数えるほどしかなかった。大将が作った料理を笑顔で運ぶだけの簡単なお仕事。包丁を握った経験は、たまの厨房のお手伝いくらい。だから今はアシリパさんに教えてもらって、なんとかウサギくらいまでなら解体できるようになった、そんな段階だ。
あくまでご飯作りのお手伝いをしているに過ぎない私に獲れたての鹿やら猪やらを渡されても、それはそのままアシリパさんの元へと流れていくだけなのに、何故か、この日から尾形さんは獲った獲物を私の元に持ってくるようになった。
「今日もたくさんですね、すごいですね」
「…」
そして、褒める私をしばらくじっと見下ろして、気が済んだらどこかに行ってしまう。そんなことの繰り返しだった。なんなんだろうな、これ。
渡された狸をアシリパさんの元へと持っていくと、なんだか嬉しそうな様子だった。
「良かったな。懐かれたじゃないか」
「え、そうかな」
「獲った獲物を持ってくるのは褒めての合図だぞ。ちゃんとヨシヨシしたか?」
「そんなことしたらぶっ放されるよ!脳天に穴開いちゃう!」
「開かない開かない」
「他人事だと思ってぇ」
「本当だ。一回思いっきり抱きしめてやったらいいんだ。猫はあったかくて柔らかいところが好きだから、三木のおっぱいならイチコロだぞ」
「アシリパさんってたまにとんでもないこと言うよね…」
「何の話?」
「うわっ」
ふっと落ちてきた影と声に、慌てて振り返った。その正体が尾形さんじゃないことに心底安心して、ほっと息をついた。今の会話を聞かれてたら、きっと今頃私は息してない。
「す、杉元さん」
「戻ったか。刺青の手がかりは見つかったか?」
「全然ダメ。明日は朝から移動しよう。で、何の話?」
「そ、それは…」
「三木のおっぱいで尾形を懐柔する話だ」
「なんでそこだけ抜き出すの?アシリパさん?」
「………はぁ?」
怒気が滲む杉元さんの声音に、思わずのどが引きつった。なんかめちゃくちゃ怒ってる!しないしない。そんなことしないよ。杉元さんが一生懸命刺青の囚人を探してくれてる間に、破廉恥な話しててごめんなさい…。そう思って謝ると、目つきが一層険しくなった。
「なんで謝るの?」
「杉元さんが怒ってるから…」
「俺が怒るから謝んの?じゃ、俺が何も言わなかったら尾形に胸揉ませてたってこと?」
「なんでそうなるの?杉元さん?」
「絶対ダメ。許さない。俺だって揉んだことないのに」
「そりゃそうだよ。杉元さん何言ってるの?」
なんだかめちゃめちゃに怒ってる杉元さんをなだめようとしたけど、全然ダメだった。前に白石さんに話した内容を急いで説明したけどちっとも響かなかったみたいで、険のある表情で吐き捨てるように言い返された。
「あのクソが猫ちゃんなわけねぇよ」
「それはそうなんだけど〜、だから、気の持ちようの話なんですってば」
「は?じゃあ俺も猫になれば三木ちゃんのおっぱい揉めんの?」
「杉元さん、一旦おっぱいから離れよ?ねっ?」
「おい、面倒だ。揉ませてやれ」
「アシリパさん完ッ全に他人事になってるじゃん…」
話の中心がいつのまにか私の胸になってしまってるけど、この話の肝はそこじゃなくて、尾形さんと今後どう付き合っていくかって、そういうところにあるんだよ。その手段としてネコチャンフィルターが有効だっていうだけの話なのに、なんで胸にオチちゃうのかな。私のおっぱいは私以外の誰のものでもないんですけど!
「何の騒ぎだ」
「お、尾形さん…!」
ここで一番ややこしい展開を迎えちゃうあたり、私の運のなさが如実に現れてるのが分かってもらえると思う。
私を追い詰めていた杉元さんは、尾形さんが現れていた途端、その矛先をそちらに変えて詰め寄り出してしまった。あああ、もう収拾つかなくなっちゃう…。
「出てくんじゃねえよクソ尾形。帰れ。山へ帰れ」
「は?テメエが帰れ。そして二度と戻ってくるな」
「あ?」
「は?」
「あ〜あ〜、だめだめ、エモノ出しちゃダメです!アシリパさぁん!」
「ほっとけ。犬と猫の喧嘩だ。じきにおさまる」
「そんなかわいいものではなくない…!?」
尾形さんはネコチャンで、杉元さんはワンチャンで、それっぽいのは分かるけどやっぱり二人とも人間だった。一触即発の空気に今にも殺し合いが始まっちゃいそう。なんでネコチャンの話から私の胸を経由して最終的にこんな血生臭いことになっちゃうの。全然意味わかんないよ…。
「ね〜、ご飯まだぁ?お腹すいた〜」
「白石さん…!」
なんだかんだで全員集合だった。天の助けとばかりに飛びつく私と、おでこをくっつけてメンチを切り合う杉元さんと尾形さんを交互に見た白石さんは、それだけで全てを理解したようだった。ヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめる仕草と表情がなんかイラってする。
「ほら〜、だから言ったじゃん?」
「何が?」
「猫ちゃんだけじゃなくてワンちゃんもいるって。三木ちゃんが気を付けないと」
「…」
「どっちも嫉妬深いんだからさ〜」
ピュウッ☆なんて、指で私を撃ち抜く身振りをして、白石さんは私の手を引いてアシリパさんの元へと駆け寄った。完全に二人をほっといてご飯にする気だ。
「今日のお鍋も美味しそうだね〜」
「いい出汁が出てるな。冷めないうちに食べよう」
「おっしゃ!食べよう食べよう」
「い、いいのかな〜」
「大丈夫だいじょうぶ〜。お腹が空いたらこっちに来るでしょ」
「そんな、犬猫みたいな…」
「犬猫なんだって。さ、いただきまーす」
「ほら、三木も」
「…い、いただきます…」
迷いながらも箸をつけた汁物が本当に美味しかったので、それだけで私はまあいいかという気分になってしまった。これだけ美味しい匂いがしてれば、そのうち二人の気の荒みもおさまるだろうと思った。犬も猫も、人間だって、お腹が減るのは一緒のはずだ。決して面倒くさくなったとか、そういうわけではない…。
果たして、何刻か過ぎてからそこそこボロボロの姿で現れた二人が、一体どんな話の決着を迎えたのか、このときの私は知る由もなかった。ただ、尾形さんが猫で、杉元さんが犬だったら、アシリパさんと白石さんはなんなんだろう、なんて間の抜けたことをぼんやりと考えていた。
おっぱいのくだりを差し込んだらとっ散らかってしまいましたが、大事なことなのでそのまま行きます。一応猫の日に。
2019.2.22