短い話
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※現パロ
最初は箸置きだった気がする。
「……なんだこれは」
「え?かわいくないですか?」
仏頂面の猫ちゃんが前足をちょこんと揃えた形の箸置きは、今日私が雑貨屋で見つけて買ってきたものだった。ふてぶてしい感じがなんだか尾形さんに似てたから、ずっとお客様用の箸置きを使ってたのも申し訳ないと思ってたし、尾形さん専用にちょうど良いかなって。早速今日のお夕飯で使ってみた。でも、尾形さんはお嫌いだったかしら。じっと箸置きに視線を落としたまま何やら考え込む尾形さんを、味噌汁をすするついでに伺った。うわっ今日のお味噌汁おいしい…。
「おまえが買ったのか」
「そうですけど」
「おまえが?」
「はい」
「…」
「…。えっ、なんですか」
意味深な眼差しをこちらに向けておいて、尾形さんは何も言わないまま食事を再開してしまった。なんなんですか。気に入らないのなら正直にそう言ってほしい。けど尾形さんは嫌なものは嫌だとハッキリ口に出すタイプなので、なにか他に思うところがおありなのだろうか。うーん、よく分かんないな…。ただせっかく買ってきたし、尾形さんがその箸置きを使ってる様子が思った以上にかわいかったので、ハッキリ嫌がられるまでは使い続けてやろうと心に決めた。しかし今日のお味噌汁ほんと美味しいな…杉元さんにお礼言わなくちゃ…。
「秋田の味噌はね、麹が普通のよりたくさん入ってるんだ」
昨日、地元の味噌をおすそ分けに来てくれた杉元さんは、私が麹にハマってるんですというと嬉しそうな顔をした。ちょうど良かった、と言って包みを差し出しながら、一人暮らしの三木ちゃんにはちょっと量多いかも…と申し訳なさそうな顔をするので、私は大丈夫ですよなんて返事をしながら内心でめちゃくちゃお礼を言った。
実は一人暮らしじゃないんです、私。とは口が裂けても言えなかった。尾形さんと一緒に暮らしていることを言ってしまったら、きっとすごくメンドクサイことになってしまう。杉元さんと尾形さんは前世からの並々ならぬ因縁があるので…。それに、どうしてそうなったのかと聞かれても私自身よく分かっていないので説明のしようがないし。私は確かに一人暮らししてたけど、いつのまにか尾形さんが入り浸るようになって、気付いたら一緒に住んでいた。本当に気付いたらそうなっていた。知らぬうちに尾形さんの私物が増えて、生活の基盤が整えられていく手際が鮮やかすぎて、困惑する前にちょっと感嘆してしまった。まあ、尾形さんは大雑把に見たら大きな猫ちゃんみたいなものなので、ペットが増えたと思えば…。元々猫を飼おうと思って借りた広めの2LDKのアパートは、この奇妙な二人暮らしにはうってつけだった。
お夕飯の片付けを終えて、食後のお茶を淹れていたら尾形さんに手招きされた。珍しいな…。尾形さんはいつもお夕飯のあとは仕事の資料をチェックしながらパソコンとにらめっこしているのに。今日は何やら話したいことがあるらしい。促されるままに尾形さんの側に寄ると、手を引かれて尾形さんの膝の上に座らされた。小さめのソファのスプリングが2人分沈んで音を立てた。えっなにこれ…。
「尾形さん?」
「…」
「ど、どうしたんです」
尾形さんはそもそものパーソナルスペースが広いお人なので、こんなに密着することなんて今まで一度もなかった。だからこそ一緒に暮らせてきたとも言えるけど。私の肩に顎を乗せて、お腹に腕を回して、後ろから覗き込むみたいにする尾形さんとかつてない至近距離で目があった。普段とまったく変わらないまっくろなひとみが私をジッと見ていて、こちらばかりドギマギしてしまう。うわ〜なんだこれ…こんなに尾形さんの体温を感じたことなんて無いよ…。いや、本来あっちゃいけないんじゃないの?
「お、尾形さん」
「おまえに謝らなきゃならないことがある」
離してください、と言いかけた私を目で制した尾形さんがそう言った。その言葉のインパクトに、尾形さんの腕を引き剥がそうとした手が止まって添えるのみに留まってしまう。尾形さんが、謝る。私に。謝る。
「謝る…?」
「なんだ」
「いえ…尾形さんらしからぬ言葉が出てきたなと思って…」
「なんだそれは」
巻き付いていた尾形さんの腕がゆるく動いて、乗せていただけの私の手ごと包み込んでしまった。かたい手のひらが私の手の甲をうっそりと撫でるのが、なんだかちょっと危うい感じがして冷や汗が流れた。
「悪いとは思ってるんだ」
「は、はあ…。何をでしょう…」
「何度か睡眠薬を盛った」
は?
「よく効いたよ」
尾形さんが何を言ってるのか分からなくてじっと見つめ返すと、まっくろなひとみが少し細められた。なんとなく、薄く笑っているように見える。いやいやいや。笑ってる場合ではないんですが…。私が唖然としている間も尾形さんの手は止まらず私を撫で続けた。なに、なにを言ってるのかサッパリだ。
「は?」
「すまん。許せよ」
「尾形さん何言ってるんですか?」
「俺が何をしたと思う?」
いや知るか、と言いさした言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。代わりに出てきた小さな呻き声のようなものは、尾形さんの手のひらがどんどん下に下がっていったために制止の言葉を伴った。下腹部にぴったり当てられた手から布越しに体温が伝わってくる。冷や汗が何度も背中を滑り降りたけど、密着した尾形さんの胸板がそれを感じさせなかった。
「ここにいれた」
「…………」
「おまえが寝てる間に、何度か」
「…………尾形さん」
「何度も」
「尾形さん!」
下腹部をゆるく撫で出した尾形さんの手を両手でひっつかんで止めた。冷や汗がダラダラの私とは対照的に尾形さんはにっこりと笑っている。な、なにその顔…。嘘ですよね、と一縷の望みにかけた声は情けないくらいかすれていたし、心臓もバクバクいっていた。腰にあたっている硬いものはとりあえず無視した。
「嘘じゃねえ」
「嘘じゃない…?」
「…」
「マジに挿れたんですか?」
「ああ。ヤッた」
「………。なんで?」
尾形さんは嫌なものは嫌だとハッキリ言うし、やったことはやったと認めるタチだ。だからいくらその言葉が現実離れしていても尾形さんがやったと言えばそれは確実にやってる。ていうかヤッてる。
「なんでそんなことしたんですか」
「怒らないのか?」
「いや怒ってますよ!怒らないと思いますか!」
「だろうな」
「尾形さん!」
私の抵抗が無意味なものだと知らしめるみたいに、ギュッと体全体を抱き込まれた。尾形さんの唇が耳元に寄せられて背筋が震えた。眠った私の体のあれやこれやを勝手に暴いていた尾形さんは、起きている私に対しても遠慮を完全に取っ払っていた。
「自分の居場所が欲しかった」
「……」
「おまえの中に」
「なにそれ…」
「だが、三木、おまえ俺の物を買っただろう」
「は、」
「だから俺も素直になろうかと」
思わず目を丸くして尾形さんを見ると、いつも感情の起伏を感じさせないひとみがなんとなく嬉しそうに見えたので、私は本当に驚いた。尾形さんは、反省とか、正直になるとか、そういうこととは距離を置いていた人だったから。まっすぐな感情をぶつけられたことに驚いた。
「そんな…」
「…」
「か、勝手に居着いたのは尾形さんじゃないですか」
「…」
「私がそれを咎めなかったり、追い出そうとしなかった時点で、何か感じなかったんですか」
「…」
「箸置きなんか買う前から、私、とっくに尾形さんのこと受け入れてたのに…」
犯罪ですよこれは、と睨む私もなんのそので、尾形さんは満足げな顔をしたまま肩口に顔をうずめた。おい無視するな。私怒ってるんですよ、と言うと、ああ、とくぐもった声が返ってきた。分かってない。全然分かってない。首筋を舐めるのをやめろ。
「あのですね、尾形さんのやったことはただのレイプですよ」
「ああ」
「付き合ってもないのにこんなこと…」
「…」
「……え、ていうか、私たち付き合ってないですよね?」
「そうだな」
「ほらー!」
「だが一緒にいる」
「…」
「俺はそれでいい」
「…」
耳たぶにキスを落としながら、尾形さんは私の頭を撫でた。そんな慈しむような顔されても怒ってるものは怒ってるんです。じっと睨む私を見て、尾形さんはフッと低く笑った。
「そう怒るな」
「…」
「次は合意の上でやるさ」
そういう問題じゃない、と言いかけた言葉ごと飲み込むように口付けられた。抜け目なく尾形さんの指が私のブラウスのボタンにかかったので、次じゃなくて今じゃんか、と心の中でつっこんだ。でもそれも尾形さんの舌遣いにうやむやになる。勝手知ったるとばかりに私の口内を蹂躙する尾形さんは、なんだか私の反応を楽しんでるみたいだった。
それでも両思い。
2019.2.1
最初は箸置きだった気がする。
「……なんだこれは」
「え?かわいくないですか?」
仏頂面の猫ちゃんが前足をちょこんと揃えた形の箸置きは、今日私が雑貨屋で見つけて買ってきたものだった。ふてぶてしい感じがなんだか尾形さんに似てたから、ずっとお客様用の箸置きを使ってたのも申し訳ないと思ってたし、尾形さん専用にちょうど良いかなって。早速今日のお夕飯で使ってみた。でも、尾形さんはお嫌いだったかしら。じっと箸置きに視線を落としたまま何やら考え込む尾形さんを、味噌汁をすするついでに伺った。うわっ今日のお味噌汁おいしい…。
「おまえが買ったのか」
「そうですけど」
「おまえが?」
「はい」
「…」
「…。えっ、なんですか」
意味深な眼差しをこちらに向けておいて、尾形さんは何も言わないまま食事を再開してしまった。なんなんですか。気に入らないのなら正直にそう言ってほしい。けど尾形さんは嫌なものは嫌だとハッキリ口に出すタイプなので、なにか他に思うところがおありなのだろうか。うーん、よく分かんないな…。ただせっかく買ってきたし、尾形さんがその箸置きを使ってる様子が思った以上にかわいかったので、ハッキリ嫌がられるまでは使い続けてやろうと心に決めた。しかし今日のお味噌汁ほんと美味しいな…杉元さんにお礼言わなくちゃ…。
「秋田の味噌はね、麹が普通のよりたくさん入ってるんだ」
昨日、地元の味噌をおすそ分けに来てくれた杉元さんは、私が麹にハマってるんですというと嬉しそうな顔をした。ちょうど良かった、と言って包みを差し出しながら、一人暮らしの三木ちゃんにはちょっと量多いかも…と申し訳なさそうな顔をするので、私は大丈夫ですよなんて返事をしながら内心でめちゃくちゃお礼を言った。
実は一人暮らしじゃないんです、私。とは口が裂けても言えなかった。尾形さんと一緒に暮らしていることを言ってしまったら、きっとすごくメンドクサイことになってしまう。杉元さんと尾形さんは前世からの並々ならぬ因縁があるので…。それに、どうしてそうなったのかと聞かれても私自身よく分かっていないので説明のしようがないし。私は確かに一人暮らししてたけど、いつのまにか尾形さんが入り浸るようになって、気付いたら一緒に住んでいた。本当に気付いたらそうなっていた。知らぬうちに尾形さんの私物が増えて、生活の基盤が整えられていく手際が鮮やかすぎて、困惑する前にちょっと感嘆してしまった。まあ、尾形さんは大雑把に見たら大きな猫ちゃんみたいなものなので、ペットが増えたと思えば…。元々猫を飼おうと思って借りた広めの2LDKのアパートは、この奇妙な二人暮らしにはうってつけだった。
お夕飯の片付けを終えて、食後のお茶を淹れていたら尾形さんに手招きされた。珍しいな…。尾形さんはいつもお夕飯のあとは仕事の資料をチェックしながらパソコンとにらめっこしているのに。今日は何やら話したいことがあるらしい。促されるままに尾形さんの側に寄ると、手を引かれて尾形さんの膝の上に座らされた。小さめのソファのスプリングが2人分沈んで音を立てた。えっなにこれ…。
「尾形さん?」
「…」
「ど、どうしたんです」
尾形さんはそもそものパーソナルスペースが広いお人なので、こんなに密着することなんて今まで一度もなかった。だからこそ一緒に暮らせてきたとも言えるけど。私の肩に顎を乗せて、お腹に腕を回して、後ろから覗き込むみたいにする尾形さんとかつてない至近距離で目があった。普段とまったく変わらないまっくろなひとみが私をジッと見ていて、こちらばかりドギマギしてしまう。うわ〜なんだこれ…こんなに尾形さんの体温を感じたことなんて無いよ…。いや、本来あっちゃいけないんじゃないの?
「お、尾形さん」
「おまえに謝らなきゃならないことがある」
離してください、と言いかけた私を目で制した尾形さんがそう言った。その言葉のインパクトに、尾形さんの腕を引き剥がそうとした手が止まって添えるのみに留まってしまう。尾形さんが、謝る。私に。謝る。
「謝る…?」
「なんだ」
「いえ…尾形さんらしからぬ言葉が出てきたなと思って…」
「なんだそれは」
巻き付いていた尾形さんの腕がゆるく動いて、乗せていただけの私の手ごと包み込んでしまった。かたい手のひらが私の手の甲をうっそりと撫でるのが、なんだかちょっと危うい感じがして冷や汗が流れた。
「悪いとは思ってるんだ」
「は、はあ…。何をでしょう…」
「何度か睡眠薬を盛った」
は?
「よく効いたよ」
尾形さんが何を言ってるのか分からなくてじっと見つめ返すと、まっくろなひとみが少し細められた。なんとなく、薄く笑っているように見える。いやいやいや。笑ってる場合ではないんですが…。私が唖然としている間も尾形さんの手は止まらず私を撫で続けた。なに、なにを言ってるのかサッパリだ。
「は?」
「すまん。許せよ」
「尾形さん何言ってるんですか?」
「俺が何をしたと思う?」
いや知るか、と言いさした言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。代わりに出てきた小さな呻き声のようなものは、尾形さんの手のひらがどんどん下に下がっていったために制止の言葉を伴った。下腹部にぴったり当てられた手から布越しに体温が伝わってくる。冷や汗が何度も背中を滑り降りたけど、密着した尾形さんの胸板がそれを感じさせなかった。
「ここにいれた」
「…………」
「おまえが寝てる間に、何度か」
「…………尾形さん」
「何度も」
「尾形さん!」
下腹部をゆるく撫で出した尾形さんの手を両手でひっつかんで止めた。冷や汗がダラダラの私とは対照的に尾形さんはにっこりと笑っている。な、なにその顔…。嘘ですよね、と一縷の望みにかけた声は情けないくらいかすれていたし、心臓もバクバクいっていた。腰にあたっている硬いものはとりあえず無視した。
「嘘じゃねえ」
「嘘じゃない…?」
「…」
「マジに挿れたんですか?」
「ああ。ヤッた」
「………。なんで?」
尾形さんは嫌なものは嫌だとハッキリ言うし、やったことはやったと認めるタチだ。だからいくらその言葉が現実離れしていても尾形さんがやったと言えばそれは確実にやってる。ていうかヤッてる。
「なんでそんなことしたんですか」
「怒らないのか?」
「いや怒ってますよ!怒らないと思いますか!」
「だろうな」
「尾形さん!」
私の抵抗が無意味なものだと知らしめるみたいに、ギュッと体全体を抱き込まれた。尾形さんの唇が耳元に寄せられて背筋が震えた。眠った私の体のあれやこれやを勝手に暴いていた尾形さんは、起きている私に対しても遠慮を完全に取っ払っていた。
「自分の居場所が欲しかった」
「……」
「おまえの中に」
「なにそれ…」
「だが、三木、おまえ俺の物を買っただろう」
「は、」
「だから俺も素直になろうかと」
思わず目を丸くして尾形さんを見ると、いつも感情の起伏を感じさせないひとみがなんとなく嬉しそうに見えたので、私は本当に驚いた。尾形さんは、反省とか、正直になるとか、そういうこととは距離を置いていた人だったから。まっすぐな感情をぶつけられたことに驚いた。
「そんな…」
「…」
「か、勝手に居着いたのは尾形さんじゃないですか」
「…」
「私がそれを咎めなかったり、追い出そうとしなかった時点で、何か感じなかったんですか」
「…」
「箸置きなんか買う前から、私、とっくに尾形さんのこと受け入れてたのに…」
犯罪ですよこれは、と睨む私もなんのそので、尾形さんは満足げな顔をしたまま肩口に顔をうずめた。おい無視するな。私怒ってるんですよ、と言うと、ああ、とくぐもった声が返ってきた。分かってない。全然分かってない。首筋を舐めるのをやめろ。
「あのですね、尾形さんのやったことはただのレイプですよ」
「ああ」
「付き合ってもないのにこんなこと…」
「…」
「……え、ていうか、私たち付き合ってないですよね?」
「そうだな」
「ほらー!」
「だが一緒にいる」
「…」
「俺はそれでいい」
「…」
耳たぶにキスを落としながら、尾形さんは私の頭を撫でた。そんな慈しむような顔されても怒ってるものは怒ってるんです。じっと睨む私を見て、尾形さんはフッと低く笑った。
「そう怒るな」
「…」
「次は合意の上でやるさ」
そういう問題じゃない、と言いかけた言葉ごと飲み込むように口付けられた。抜け目なく尾形さんの指が私のブラウスのボタンにかかったので、次じゃなくて今じゃんか、と心の中でつっこんだ。でもそれも尾形さんの舌遣いにうやむやになる。勝手知ったるとばかりに私の口内を蹂躙する尾形さんは、なんだか私の反応を楽しんでるみたいだった。
それでも両思い。
2019.2.1