短い話
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※アニメ13話冒頭。日高先輩に配慮がないので注意。
「日高先輩って、弱いくせになんでそんなに偉そうなんですか?」
葉瀬中と海王中のあいだにピリリとした空気が流れた。
完全に日高の言い過ぎだった。海王中側から見ても、葉瀬中の大将の三谷が睨むのもおかまいなしに楽しげに喋る日高は目に余って、その上日高は後輩のなだめる声も聞こえないふりをしていたから、他の部員が見ないふりをしてしまっていたのも当然だった。
インチキ、まぐれと口上が続き、三谷の目つきがクッと鋭くなったとき、その声は聞こえた。
「…は?」
「その三谷って人、先輩よりも強いんじゃないですか」
「八重田…。なに言ってんの?あんた」
「だって先輩、副将じゃないですか。彼、大将でしょ?先輩のほうが弱い」
さっきまでいじっていたスマホをスカートのポケットに押し込みながら、八重田は淡々とそう言った。視線を三谷から八重田に、完全に切り替えた日高に笑顔はもうない。怒っていた。
「あんた人の話聞いてた?作戦って言ってんでしょ?そういう作戦で、弱いけど大将にいんのよ。こいつは!」
「その筒井って人は、三谷は自分よりも10倍強いって言いました。先輩こそなんで人の話聞かないんですか?」
言い返され言い淀んでしまった日高は、はっきり三谷をさした指をすこし震わせた。それを見て、めんどくさ、と小さく呟いた八重田にまた苛立ちが募ったようで、わざと大きく舌打ちした。
「嘘に決まってんじゃない!そんなことも分からないの?」
「なんで分かるんですかそんなこと。そういう冗談めんどくさいです。ていうかなんでそうやって囲碁の腕だけで優劣決めたがるんですか?クズい」
八重田の言葉に日高は顔を真っ赤にさせて、セーラーの襟をぐっとつかんだ。部員があわてて止めに入っても、力は強まる一方だ。
「一度だって私に勝てない先輩が、三谷くんに勝てるわけないじゃないですか。謝ってください、先輩、彼らに」
「なんで私が…!!」
「弱いくせに大口叩くなんてみっともないからです。私、先輩と同じには見られたくない」
「大口なんか!岸本くんと渡り合えないクセに勝てるとぬかした、あっちの大将のほうが、よっぽど…!」
「岸本先輩のマネージャー気取りとかもっと痛いのでやめたほうがいいと思います」
ぱっと、八重田の襟から日高の手が離れた。顔を青くして口をわなわなと震わせている日高と対照的に、八重田は変わらず淡白な顔をしていた。岸本は最初から変わらず、同じ目で二人のやり取りを見ていたが、口を挟む気はさらさらなさそうだった。期待を込めた目で岸本のほうを振り向いた日高にもそれが伝わったのか、絶望的な顔をして教室を飛び出していった。
「……八重田」
「言い過ぎましたか、私」
「ああ。言い過ぎだ」
「でも、言いたかったんです。ごめんなさい」
「ああ。分かった。気をつけろ」
「はい」
大して責める気のなさそうな岸本と大して悪いとは思ってなさそうな八重田のやりとりを見て、なんだこいつら、と三谷は思った。誰も日高の後を追っていかないことに海王中囲碁部のカーストが透けて見えたような気がして居心地悪く思いかけたが、こっそりと、八重田がさっき日高をなだめて無視された女子にアイコンタクトをして、その女子が目立たないように教室を出て行くのが見えて、考えを改めた。
「でも、岸本先輩だって悪いですよ」
「悪いか。俺が」
「意地が悪いです。すごく。あと、性格も」
全部知ってたくせに、と呟いた八重田の横顔には哀れみが含まれていて、それは日高に向けられているんだろうと思った。マネージャー気取りか。すごい言葉を吐くと思ったが、海王中の面々の表情を見る限りあながち間違った表現ではなかったんだろう。岸本も気づいていたのなら、それは確かに指摘しなかった岸本にも非はあるなと、部外者ながらに三谷は思った。
「あの……八重田、さん」
そう呼びかける声は筒井のものだった。この海王中の内輪な雰囲気の中で筒井が声を上げたことにへえ、と少しばかり感心した。しかし、まあ、さっきのは日高に散々言われていたところを庇ってもらったようなものだったし、こっちから一言なしというのもおかしいのかもしれなかった。
「はい」
「なんだか、僕らのせいで喧嘩をさせてしまった、のかな。その…ごめん」
「葉瀬中の責任じゃないわよ」
そう言う声は海王中の女子から上がった。少し恰幅のいいその人は、ふん、と鼻をならして、少し怒っている様子を見せた。だが、八重田の平然とした面持ちを見ると、そうでもないのかもしれない。
「いつものことだもの。あいつ、日高が調子乗りすぎてんのよ。三年女子で一番強いからって、内助の功気取ってんのさ」
「日高先輩べつに強くないですけど」
「それはあんただから言えんのよ。八重田。あんたもあんたで、もう少し遠慮覚えてもいいんじゃない」
「ええ、嫌ですよ。私、日高先輩苦手だもん」
「日高はあんたが嫌いよ、きっと」
このやりとりも慣れたものらしかった。ええ、とひときわ嫌がる様子を見せた八重田は、めんどくさいな、と呟いた。今までの会話を聞いていると、この八重田という女子はそうとう強いらしい。女子副将である日高以上ということは、おそらく大将はこいつだ。さらに先輩相手にこの口のきき方である。それも含めて、矢田の強さと、人間というものが見て取れる気がした。
「まあ、あんたがいなくなったら誰もあいつにモノ申せなくなるんだろうけどね」
「やめてください。私だって、言いたくて言ってるんじゃない」
そう顔をしかめた八重田は確かに損な役回りだろう。人をたしなめる才能を、確実にこいつは持っている。周りはみんなそれを分かっているから任せるし、さっきのように先輩相手に不躾な物言いをしても文句を言わないどころか、よく言ったというような顔をする。比較的当事者に近い岸本ですらそうだし、むしろ、八重田にそうさせているようにさえ見える。変な部活だ。
「八重田さん、大将なの?」
「はい。私が一番強いから」
「二年生かな?日高さんは、三年生だよね」
「一年ですけど」
「は?」と間抜けな顔をした筒井さんをバカにはできない。俺も、おまけに進藤も、きっと似たような顔をした。
「一年生?なの?」
「そうですけど…」
「えっと、それで、大将?」
「何も変じゃないですよ。その三谷くんだってそうだし、海王男子だって、最初はアキラくんが大将だったもん」
ねえ、と話を振られた塔矢は、ぎこちなく頷いた。まあ、こいつの腕ならそうなるだろう。そこは別に驚くところじゃない。俺も一年で大将だが、この場合土台が違う。猛者がつどう海王中のなかで、一年で大将に昇りつめることは、あまり普通ではない気がする。
「ねえ」
「三谷くん。なに?」
「あんたと塔矢、どっちが強いの」
俺の質問に、八重田は一瞬きょとんとした。めんどくさげな表情とのギャップに一瞬人差し指が震えたが、ぎゅっと握って持ち直した。八重田が答えようとする前に、岸本が身を乗り出してきた。
「あんたじゃない」
「…」
「八重田だ」
「えっ。なんでそれを岸本先輩が言うんですか、えっ」
岸本の八重田に対する位置付けが分かった。「過保護なお父さん」だ。
半ばあきれながら、ああ、そう、と頷いてみせると、岸本は満足したように下がった。なんだこいつ。戦いたくなくなってきた。そんな岸本を横目で見ながら、八重田は言った。
「アキラくんのほうが強い」
「……。え」
「私はアキラくんより弱いよ。たぶん」
質問した俺より先に、塔矢が反応した。たぶんという言葉とこの反応を見るに、この二人、対局したことがないのだろうか。そして塔矢が驚いたことに驚いた。塔矢の腕にかなう奴がそうそういるとも思えなかった。
「なんでアキラくんが驚くの?」
「いや、だって、八重田さん。僕との対局を断ってばかりだったから…」
それは、八重田が塔矢に負けるのが怖くて直接対決を拒んでいたのか。一瞬考えて、それはないなと頭を振った。今までの短いやり取りの中でも八重田がそんなことで尻込みをするようなタイプには見えなかったからだ。
「別に避けてたわけじゃないけど…タイミングがなかったかな」
「そう、なんだ」
「いいよ。やろうか」
八重田の言葉に塔矢がごく、と生唾を飲み込むのが分かった。名前もその腕前も、いたるところに知れ渡って敬遠されている塔矢にとって、こうもやすやすと対局を受けてくれる同世代の存在は貴重なんだろうと、なんとなく思った。
「この大会が終わったら……ねえ、岸本先輩。いいですよね」
「ああ…」
「八重田、あんた、これで負けたらもう大口叩けなくなるんじゃない?」
「うそ、アキラくんレベル相手でもそんなこと言われるんですか。やだなあ…」
心底めんどくさげな顔をした八重田は、小さくため息をついて塔矢に改めて向き直った。
「やっぱなしでもいい?」
「え……」
「八重田。一度した約束はちゃんと守れ」
「岸本先輩まじでパパ…」
今日一番ウンザリした様子の八重田だった。やっぱり変だ、海王中囲碁部。
日高先輩大好き。ごめん。
2014.2.4
「日高先輩って、弱いくせになんでそんなに偉そうなんですか?」
葉瀬中と海王中のあいだにピリリとした空気が流れた。
完全に日高の言い過ぎだった。海王中側から見ても、葉瀬中の大将の三谷が睨むのもおかまいなしに楽しげに喋る日高は目に余って、その上日高は後輩のなだめる声も聞こえないふりをしていたから、他の部員が見ないふりをしてしまっていたのも当然だった。
インチキ、まぐれと口上が続き、三谷の目つきがクッと鋭くなったとき、その声は聞こえた。
「…は?」
「その三谷って人、先輩よりも強いんじゃないですか」
「八重田…。なに言ってんの?あんた」
「だって先輩、副将じゃないですか。彼、大将でしょ?先輩のほうが弱い」
さっきまでいじっていたスマホをスカートのポケットに押し込みながら、八重田は淡々とそう言った。視線を三谷から八重田に、完全に切り替えた日高に笑顔はもうない。怒っていた。
「あんた人の話聞いてた?作戦って言ってんでしょ?そういう作戦で、弱いけど大将にいんのよ。こいつは!」
「その筒井って人は、三谷は自分よりも10倍強いって言いました。先輩こそなんで人の話聞かないんですか?」
言い返され言い淀んでしまった日高は、はっきり三谷をさした指をすこし震わせた。それを見て、めんどくさ、と小さく呟いた八重田にまた苛立ちが募ったようで、わざと大きく舌打ちした。
「嘘に決まってんじゃない!そんなことも分からないの?」
「なんで分かるんですかそんなこと。そういう冗談めんどくさいです。ていうかなんでそうやって囲碁の腕だけで優劣決めたがるんですか?クズい」
八重田の言葉に日高は顔を真っ赤にさせて、セーラーの襟をぐっとつかんだ。部員があわてて止めに入っても、力は強まる一方だ。
「一度だって私に勝てない先輩が、三谷くんに勝てるわけないじゃないですか。謝ってください、先輩、彼らに」
「なんで私が…!!」
「弱いくせに大口叩くなんてみっともないからです。私、先輩と同じには見られたくない」
「大口なんか!岸本くんと渡り合えないクセに勝てるとぬかした、あっちの大将のほうが、よっぽど…!」
「岸本先輩のマネージャー気取りとかもっと痛いのでやめたほうがいいと思います」
ぱっと、八重田の襟から日高の手が離れた。顔を青くして口をわなわなと震わせている日高と対照的に、八重田は変わらず淡白な顔をしていた。岸本は最初から変わらず、同じ目で二人のやり取りを見ていたが、口を挟む気はさらさらなさそうだった。期待を込めた目で岸本のほうを振り向いた日高にもそれが伝わったのか、絶望的な顔をして教室を飛び出していった。
「……八重田」
「言い過ぎましたか、私」
「ああ。言い過ぎだ」
「でも、言いたかったんです。ごめんなさい」
「ああ。分かった。気をつけろ」
「はい」
大して責める気のなさそうな岸本と大して悪いとは思ってなさそうな八重田のやりとりを見て、なんだこいつら、と三谷は思った。誰も日高の後を追っていかないことに海王中囲碁部のカーストが透けて見えたような気がして居心地悪く思いかけたが、こっそりと、八重田がさっき日高をなだめて無視された女子にアイコンタクトをして、その女子が目立たないように教室を出て行くのが見えて、考えを改めた。
「でも、岸本先輩だって悪いですよ」
「悪いか。俺が」
「意地が悪いです。すごく。あと、性格も」
全部知ってたくせに、と呟いた八重田の横顔には哀れみが含まれていて、それは日高に向けられているんだろうと思った。マネージャー気取りか。すごい言葉を吐くと思ったが、海王中の面々の表情を見る限りあながち間違った表現ではなかったんだろう。岸本も気づいていたのなら、それは確かに指摘しなかった岸本にも非はあるなと、部外者ながらに三谷は思った。
「あの……八重田、さん」
そう呼びかける声は筒井のものだった。この海王中の内輪な雰囲気の中で筒井が声を上げたことにへえ、と少しばかり感心した。しかし、まあ、さっきのは日高に散々言われていたところを庇ってもらったようなものだったし、こっちから一言なしというのもおかしいのかもしれなかった。
「はい」
「なんだか、僕らのせいで喧嘩をさせてしまった、のかな。その…ごめん」
「葉瀬中の責任じゃないわよ」
そう言う声は海王中の女子から上がった。少し恰幅のいいその人は、ふん、と鼻をならして、少し怒っている様子を見せた。だが、八重田の平然とした面持ちを見ると、そうでもないのかもしれない。
「いつものことだもの。あいつ、日高が調子乗りすぎてんのよ。三年女子で一番強いからって、内助の功気取ってんのさ」
「日高先輩べつに強くないですけど」
「それはあんただから言えんのよ。八重田。あんたもあんたで、もう少し遠慮覚えてもいいんじゃない」
「ええ、嫌ですよ。私、日高先輩苦手だもん」
「日高はあんたが嫌いよ、きっと」
このやりとりも慣れたものらしかった。ええ、とひときわ嫌がる様子を見せた八重田は、めんどくさいな、と呟いた。今までの会話を聞いていると、この八重田という女子はそうとう強いらしい。女子副将である日高以上ということは、おそらく大将はこいつだ。さらに先輩相手にこの口のきき方である。それも含めて、矢田の強さと、人間というものが見て取れる気がした。
「まあ、あんたがいなくなったら誰もあいつにモノ申せなくなるんだろうけどね」
「やめてください。私だって、言いたくて言ってるんじゃない」
そう顔をしかめた八重田は確かに損な役回りだろう。人をたしなめる才能を、確実にこいつは持っている。周りはみんなそれを分かっているから任せるし、さっきのように先輩相手に不躾な物言いをしても文句を言わないどころか、よく言ったというような顔をする。比較的当事者に近い岸本ですらそうだし、むしろ、八重田にそうさせているようにさえ見える。変な部活だ。
「八重田さん、大将なの?」
「はい。私が一番強いから」
「二年生かな?日高さんは、三年生だよね」
「一年ですけど」
「は?」と間抜けな顔をした筒井さんをバカにはできない。俺も、おまけに進藤も、きっと似たような顔をした。
「一年生?なの?」
「そうですけど…」
「えっと、それで、大将?」
「何も変じゃないですよ。その三谷くんだってそうだし、海王男子だって、最初はアキラくんが大将だったもん」
ねえ、と話を振られた塔矢は、ぎこちなく頷いた。まあ、こいつの腕ならそうなるだろう。そこは別に驚くところじゃない。俺も一年で大将だが、この場合土台が違う。猛者がつどう海王中のなかで、一年で大将に昇りつめることは、あまり普通ではない気がする。
「ねえ」
「三谷くん。なに?」
「あんたと塔矢、どっちが強いの」
俺の質問に、八重田は一瞬きょとんとした。めんどくさげな表情とのギャップに一瞬人差し指が震えたが、ぎゅっと握って持ち直した。八重田が答えようとする前に、岸本が身を乗り出してきた。
「あんたじゃない」
「…」
「八重田だ」
「えっ。なんでそれを岸本先輩が言うんですか、えっ」
岸本の八重田に対する位置付けが分かった。「過保護なお父さん」だ。
半ばあきれながら、ああ、そう、と頷いてみせると、岸本は満足したように下がった。なんだこいつ。戦いたくなくなってきた。そんな岸本を横目で見ながら、八重田は言った。
「アキラくんのほうが強い」
「……。え」
「私はアキラくんより弱いよ。たぶん」
質問した俺より先に、塔矢が反応した。たぶんという言葉とこの反応を見るに、この二人、対局したことがないのだろうか。そして塔矢が驚いたことに驚いた。塔矢の腕にかなう奴がそうそういるとも思えなかった。
「なんでアキラくんが驚くの?」
「いや、だって、八重田さん。僕との対局を断ってばかりだったから…」
それは、八重田が塔矢に負けるのが怖くて直接対決を拒んでいたのか。一瞬考えて、それはないなと頭を振った。今までの短いやり取りの中でも八重田がそんなことで尻込みをするようなタイプには見えなかったからだ。
「別に避けてたわけじゃないけど…タイミングがなかったかな」
「そう、なんだ」
「いいよ。やろうか」
八重田の言葉に塔矢がごく、と生唾を飲み込むのが分かった。名前もその腕前も、いたるところに知れ渡って敬遠されている塔矢にとって、こうもやすやすと対局を受けてくれる同世代の存在は貴重なんだろうと、なんとなく思った。
「この大会が終わったら……ねえ、岸本先輩。いいですよね」
「ああ…」
「八重田、あんた、これで負けたらもう大口叩けなくなるんじゃない?」
「うそ、アキラくんレベル相手でもそんなこと言われるんですか。やだなあ…」
心底めんどくさげな顔をした八重田は、小さくため息をついて塔矢に改めて向き直った。
「やっぱなしでもいい?」
「え……」
「八重田。一度した約束はちゃんと守れ」
「岸本先輩まじでパパ…」
今日一番ウンザリした様子の八重田だった。やっぱり変だ、海王中囲碁部。
日高先輩大好き。ごめん。
2014.2.4