短い話
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※ドキサバ(立海マネ)(なぜかいる四天宝寺)
1
その一瞬、横風に叩きつけられてしなる木々のシルエットが厚いカーテンに焼きついた。
ひどい稲光だった。
そろそろ寝ようかと電気を消した直後のことだったので、その明るさは暗い部屋の中で瞼の裏に余計に映えた。
遅れて響く地鳴りのような雷音は、平気なはずの自分でさえ耳を塞ぎたくなるほどで、俺は自然とあの子のことを思い出していた。
“急に穴から引っ張り出されたモグラの気分になるから、嫌い…”
外は嵐だ。
激しく窓を叩く雨粒のボリュームに紛れるほどの、ささやかなノックの音を、俺は聴き逃さなかった。
2
「ごめん、こんな時間に。あのね」
「…ええよ。入り」
ドアの向こうで、毛布をぎゅっと抱きかかえるようにしてこちらを伺う三木を部屋の中に招き入れた。
廊下に人通りのないことを確認してからドアを閉める。
万一見られていたら面倒なことになりそうだ。特に立海の連中には。
…大丈夫だ。人の気配はなかった。
三木は、促されるままに入った部屋の真ん中に立ったまま、両腕から溢れた毛布に口元をうずめるようにして、困った顔で俺の腰あたりを見つめていた。
俺はあくまでさりげなく、普段通りの動きでベッドに腰掛ける。
「どないしてん。良い子は寝る時間やで」
優しく促すと、ようやく目があった。
恥ずかしいやら、恐ろしいやら、いろんな感情が瞳にうつっている。
わずかにねだるような視線に、俺は心臓をやわく握られたように気持ちになるが、平静を装う。
俺のポーカーフェイスは完璧や。
「うん…その、外がね」
「ああ、どえらいことなってんなぁ。明日の朝までにやむとええんやけど、ちょっとこの様子じゃ厳しいかもなぁ」
「ここで一緒に寝てもいい?」
マジで言うてんのか?
せっかく保った微笑みが崩れかけるが、なんとか持ち直す。
1秒。
2秒。
3秒待った。
三木は何も言わない。じっと見つめたままおれの返事を待っている。
くそ。かわいい顔しよってからに。
「い、一緒にって」
「床で寝るから。朝早くには出てくし、こっそり戻るから。白石くんに迷惑かけません。お願い」
「いや、あんなぁ」
「おんなじ部屋にいてほしいの」
なんちゅうこと言うとんのや。
咄嗟に咳払いをするフリをして顔を背けてごまかした。何を、とは言うまい。
その隙に三木は毛布を頭からかぶって部屋の隅に座り込んでしまったらしく、丸い毛玉が出来上がっている。
「こらこら。何しとんねん」
「…このコテージで1人部屋なの白石くんだけなの」
近寄って毛玉のそばにしゃがみ込んだ。
くぐもった声がかすかに震えていることに、その時初めて気が付いた。
はあ、とため息をつくと毛布の中でかすかに身じろぎするのが分かる。
「…他の部屋行かれる方があかんか」
「え?」
「こっちの話や。ほら、ええから立ち」
「白石くん…」
「ちゃんとベッドで寝なあかんやろ」
「白石くん…!」
パッと毛布の端が持ち上がり、安堵の表情を浮かべた三木が顔をのぞかせた。
ああもう──何やねんその上目遣い。反則や。
「…八重田サンはもうちょい警戒心持った方がええな。男の子は狼やで」
「白石くんも狼なの?」
「どうやろなぁ」
「それって雷よりも怖いもの?」
思わず答えに詰まった。
噛み締めた唇のあとが赤くなっていることに気づいて、何も言わずに前髪のあたりを撫でてやった。
外は相変わらず嵐が続いている。
稲妻が走るたびに唇を噛みしめて恐怖をしのぐこのかわいい女の子のことを、どうしても守らなければいけないと思った。
3
「え、白石くんが床で寝るの?」
「こういうときは男が下で寝るモンや」
「押しかけたのは私だよ」
「ええから。はよ布団かぶっとき」
「だめ。白石くん立って」
「え。…あ、ちょっ」
「えいっ」
「わっ。待ちーな。あかんて、八重田サン女の子やろ」
「大事な選手を硬い床で寝かせたなんてバレたら怒られちゃう。忍足くんあたりに詰められちゃう」
「そんなんバレへんて」
「いいの。だめ。これで決定!おやすみなさいっ」
「あっ…もう。しゃーないなぁ」
「…」
「(八重田サンが寝たらベッドに運ぼう)」
4
規則正しい寝息を立てる三木をそっとベッドに下ろした。
なるべく体勢を崩さないように毛布をかけてあげようと、絡んだ三木の腕を慎重に外していると、三木が身じろぎをするので思わず息を止めた。
起こしたか、と様子を見ていると、どうやら軽く体勢を変えただけで、特に目を覚ます様子はない。
ほっと安堵の息をつく。
代わりに床で寝ようと立ち上がろうとしたが、何かに引っぱられる感覚に動きを止めた。
なんだ、と視線を落とすと、三木の手が白石のシャツの裾をしっかり掴んでいる。
冷や汗が流れた。
「おいおい…それはあかんやろ…」
生唾を飲み込む音がやけに鮮明に聞こえた。
三木は安心しきった顔で眠っている。
5
小鳥のさえずりで目が覚めた。
カーテンの裾から差し込む白っぽい清廉な光から、まだ日も明けきらぬ早朝だと悟る。
雨音はない。
夜のうちに嵐は過ぎ去ったらしい。
今日の探索はぬかるみが酷そうだ。やれやれ──と軽く寝返りを打って、瞠目した。
目の前で三木が眠っている。
息を呑むほど驚いたが、次第に昨日の記憶が蘇ってくる。
「そうか、俺、あのまま…」
昨日の夜、三木がどうしてもシャツを離さないので、仕方なく隣に寝転がって体勢が変わるのを待つことにしたのだった。
しかし、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
三木より先に目が覚めたことに安堵しながら、目の前の安らかな寝顔を眺めた。
…まつげ長…。
色も白いなぁ…。
日焼けせんのやろか。この合宿で焼けてもうたら可哀想やわ。
日焼け止め持っとるんかな?
なるべく屋内の仕事振ったらなあかんな。
ちゅーか、ちょお待って、もしかしてノーブラ…──
目線をどんどん下に下げていき、ふと気付いた。
ぶかぶかのジャージから伸びる小さな手が、白石のシャツのすそをしっかと握っている。
え。
「もしかして、一晩中掴んどったん…?」
当然返事はない。
かすかな寝息が返ってくるだけだ。
白石は、自分の中に辛抱たまらないような、もどかしく、持て余すような気持ちが膨れ上がるのを感じて、思わず片手で顔を覆った。
「なんなん…ほんま」
小さな、女の子らしい手に自分の手をそっと重ねた。
三木が起きないようにゆっくり握りしめていくと、白石の大きな手にすっぽり隠れて見えなくなった。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「なんやろ、この多幸感…」
三木が一晩中そばにいてほしいと願うなら、そうしてあげたいと思った。
むしろ他の男がこうして添い寝しながら手を握っているところを考えただけで、黒い気持ちが湧き上がってくる。
添えていた手を持ち上げて目のきわを親指でそっと撫でる。
涙の跡があった。
綺麗に伸びたまつげが触れてくすぐったい。
何をしてるんだ。俺は。
彼女でもない女の子相手に。
何を。
…
彼女だったら…
「ええのになぁ…」
口にしたらもうだめだった。
未だ眠り続ける三木に、ゆっくり覆いかぶさって、そして…。
結局狼。
2018.3.14
1
その一瞬、横風に叩きつけられてしなる木々のシルエットが厚いカーテンに焼きついた。
ひどい稲光だった。
そろそろ寝ようかと電気を消した直後のことだったので、その明るさは暗い部屋の中で瞼の裏に余計に映えた。
遅れて響く地鳴りのような雷音は、平気なはずの自分でさえ耳を塞ぎたくなるほどで、俺は自然とあの子のことを思い出していた。
“急に穴から引っ張り出されたモグラの気分になるから、嫌い…”
外は嵐だ。
激しく窓を叩く雨粒のボリュームに紛れるほどの、ささやかなノックの音を、俺は聴き逃さなかった。
2
「ごめん、こんな時間に。あのね」
「…ええよ。入り」
ドアの向こうで、毛布をぎゅっと抱きかかえるようにしてこちらを伺う三木を部屋の中に招き入れた。
廊下に人通りのないことを確認してからドアを閉める。
万一見られていたら面倒なことになりそうだ。特に立海の連中には。
…大丈夫だ。人の気配はなかった。
三木は、促されるままに入った部屋の真ん中に立ったまま、両腕から溢れた毛布に口元をうずめるようにして、困った顔で俺の腰あたりを見つめていた。
俺はあくまでさりげなく、普段通りの動きでベッドに腰掛ける。
「どないしてん。良い子は寝る時間やで」
優しく促すと、ようやく目があった。
恥ずかしいやら、恐ろしいやら、いろんな感情が瞳にうつっている。
わずかにねだるような視線に、俺は心臓をやわく握られたように気持ちになるが、平静を装う。
俺のポーカーフェイスは完璧や。
「うん…その、外がね」
「ああ、どえらいことなってんなぁ。明日の朝までにやむとええんやけど、ちょっとこの様子じゃ厳しいかもなぁ」
「ここで一緒に寝てもいい?」
マジで言うてんのか?
せっかく保った微笑みが崩れかけるが、なんとか持ち直す。
1秒。
2秒。
3秒待った。
三木は何も言わない。じっと見つめたままおれの返事を待っている。
くそ。かわいい顔しよってからに。
「い、一緒にって」
「床で寝るから。朝早くには出てくし、こっそり戻るから。白石くんに迷惑かけません。お願い」
「いや、あんなぁ」
「おんなじ部屋にいてほしいの」
なんちゅうこと言うとんのや。
咄嗟に咳払いをするフリをして顔を背けてごまかした。何を、とは言うまい。
その隙に三木は毛布を頭からかぶって部屋の隅に座り込んでしまったらしく、丸い毛玉が出来上がっている。
「こらこら。何しとんねん」
「…このコテージで1人部屋なの白石くんだけなの」
近寄って毛玉のそばにしゃがみ込んだ。
くぐもった声がかすかに震えていることに、その時初めて気が付いた。
はあ、とため息をつくと毛布の中でかすかに身じろぎするのが分かる。
「…他の部屋行かれる方があかんか」
「え?」
「こっちの話や。ほら、ええから立ち」
「白石くん…」
「ちゃんとベッドで寝なあかんやろ」
「白石くん…!」
パッと毛布の端が持ち上がり、安堵の表情を浮かべた三木が顔をのぞかせた。
ああもう──何やねんその上目遣い。反則や。
「…八重田サンはもうちょい警戒心持った方がええな。男の子は狼やで」
「白石くんも狼なの?」
「どうやろなぁ」
「それって雷よりも怖いもの?」
思わず答えに詰まった。
噛み締めた唇のあとが赤くなっていることに気づいて、何も言わずに前髪のあたりを撫でてやった。
外は相変わらず嵐が続いている。
稲妻が走るたびに唇を噛みしめて恐怖をしのぐこのかわいい女の子のことを、どうしても守らなければいけないと思った。
3
「え、白石くんが床で寝るの?」
「こういうときは男が下で寝るモンや」
「押しかけたのは私だよ」
「ええから。はよ布団かぶっとき」
「だめ。白石くん立って」
「え。…あ、ちょっ」
「えいっ」
「わっ。待ちーな。あかんて、八重田サン女の子やろ」
「大事な選手を硬い床で寝かせたなんてバレたら怒られちゃう。忍足くんあたりに詰められちゃう」
「そんなんバレへんて」
「いいの。だめ。これで決定!おやすみなさいっ」
「あっ…もう。しゃーないなぁ」
「…」
「(八重田サンが寝たらベッドに運ぼう)」
4
規則正しい寝息を立てる三木をそっとベッドに下ろした。
なるべく体勢を崩さないように毛布をかけてあげようと、絡んだ三木の腕を慎重に外していると、三木が身じろぎをするので思わず息を止めた。
起こしたか、と様子を見ていると、どうやら軽く体勢を変えただけで、特に目を覚ます様子はない。
ほっと安堵の息をつく。
代わりに床で寝ようと立ち上がろうとしたが、何かに引っぱられる感覚に動きを止めた。
なんだ、と視線を落とすと、三木の手が白石のシャツの裾をしっかり掴んでいる。
冷や汗が流れた。
「おいおい…それはあかんやろ…」
生唾を飲み込む音がやけに鮮明に聞こえた。
三木は安心しきった顔で眠っている。
5
小鳥のさえずりで目が覚めた。
カーテンの裾から差し込む白っぽい清廉な光から、まだ日も明けきらぬ早朝だと悟る。
雨音はない。
夜のうちに嵐は過ぎ去ったらしい。
今日の探索はぬかるみが酷そうだ。やれやれ──と軽く寝返りを打って、瞠目した。
目の前で三木が眠っている。
息を呑むほど驚いたが、次第に昨日の記憶が蘇ってくる。
「そうか、俺、あのまま…」
昨日の夜、三木がどうしてもシャツを離さないので、仕方なく隣に寝転がって体勢が変わるのを待つことにしたのだった。
しかし、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
三木より先に目が覚めたことに安堵しながら、目の前の安らかな寝顔を眺めた。
…まつげ長…。
色も白いなぁ…。
日焼けせんのやろか。この合宿で焼けてもうたら可哀想やわ。
日焼け止め持っとるんかな?
なるべく屋内の仕事振ったらなあかんな。
ちゅーか、ちょお待って、もしかしてノーブラ…──
目線をどんどん下に下げていき、ふと気付いた。
ぶかぶかのジャージから伸びる小さな手が、白石のシャツのすそをしっかと握っている。
え。
「もしかして、一晩中掴んどったん…?」
当然返事はない。
かすかな寝息が返ってくるだけだ。
白石は、自分の中に辛抱たまらないような、もどかしく、持て余すような気持ちが膨れ上がるのを感じて、思わず片手で顔を覆った。
「なんなん…ほんま」
小さな、女の子らしい手に自分の手をそっと重ねた。
三木が起きないようにゆっくり握りしめていくと、白石の大きな手にすっぽり隠れて見えなくなった。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「なんやろ、この多幸感…」
三木が一晩中そばにいてほしいと願うなら、そうしてあげたいと思った。
むしろ他の男がこうして添い寝しながら手を握っているところを考えただけで、黒い気持ちが湧き上がってくる。
添えていた手を持ち上げて目のきわを親指でそっと撫でる。
涙の跡があった。
綺麗に伸びたまつげが触れてくすぐったい。
何をしてるんだ。俺は。
彼女でもない女の子相手に。
何を。
…
彼女だったら…
「ええのになぁ…」
口にしたらもうだめだった。
未だ眠り続ける三木に、ゆっくり覆いかぶさって、そして…。
結局狼。
2018.3.14