短い話
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僕は一日に約30近い薬を飲まなくてはならない。それは癌だとか結核だとか不治の病だとかそういうものではなく、まったく別のベクトルで体が弱いからだ。自信があるわけではないけど人並みに体力はあるし武器を扱う腕力もある。病弱エクソシストと呼ばれるには元気すぎるくらいなので僕のことをそんなふうに言う人はまずいないし、そもそも僕がこれだけの薬を飲んでいることを知っている人があまりいないのだ。
僕の消化器官は他の人よりちょびっとだけ貧弱らしかった。食べたものを消化する力が弱く、そのためエネルギーに変換される絶対量もまた、成人男性を動かすに値しないものであった。エネルギーが足りないと血が足りない。血が足りないと戦えない。寄生型エクソシストの食事量を見れば分かるように体力をつけるにはまず食べることが第一なのだが、そもそも僕にはその力をつけるための力が備わっていないということだった。生まれ持っての不具合、泣けてくる…。なので僕は胃の消化を助ける薬と、血と胃液を増やす薬、酸素の循環を活発にする薬などなどを毎日食後にジャラジャラ飲んでいる。おかげで毎日ピンピンしてるし戦闘中にへばることもなかった、ただ少しでも体に負担をかけないために食事は胃に優しいものを心がけなければならないので毎日病院食めいたメニューを食べているのである。病弱エクソシストっていうか、胃弱エクソシストと言ったほうが正しい。汚い話するけどいっぱい食べても消化されずに下からじゃなく上から出るから、薬をたくさん飲んでる様子と合わせてみると薬中っぽくてあらぬ誤解を受けそうであんまり人には知られたくないのだ。最近は食事コントロールも上手くなって吐くこともめったになくなったけど。
▽
「それでもお腹殴られたら、出るもの出ちゃうんですけど…っ」
せりあがってくる異物感に耐えられず僕は地面に吐き出した。任務中は胃の中を空っぽにすることを心がけているので、固形物が出ないことが不幸中の幸いか。げほげほと手をついて咳き込むと喉の奥から鉄の味が広がってきて、口の端から垂れていった。
「マキ!血ぃ吐いてるさ!」
「…食道切れただけ…げほっ」
幼少時の度重なる嘔吐で僕の食道はとてももろくぺらっぺらになってしまったのだ。しばらく吐いてなかったこともあって、出血大サービスとばかりに口からぼたぼた血が落ちてくる。なんとか立ち上がって口の中にたまった唾液を吐き捨てると赤いマーブル模様だった。この感じ久しぶりだなぁ。
「貴重な血が…」
「ほんっとに大丈夫さ!?打ち所悪かったんじゃねーの?」
ラビがわたわたしながら僕の背中をさすろうとするのを制して、目の前のアクマに集中する。さっき奴が僕のどてっぱらに一撃くれた瞬間、同時に叩き込んだイノセンスの弾丸は無事命中していたらしくアクマもまだ身悶えしていた。とどめの一発でこの任務も終わるだろう。僕が銃を構える前にラビが小槌を振り上げていた。
「怪我人は休んでるさ」
「…お願いします」
かっこいいな…そういう気遣いされるとときめく…。アクマをコナゴナに砕くラビの背中は大きく、健康な体つきをしていた。
▽
任務を終えたあとは、すぐに本部に報告を入れなければならない。帰りの列車が出る駅のホームの電話を借りてコムイさんに繋がるようコードを入力した。
「ミッションはオールクリア。直帰しますか?」
「うん。お疲れさま。そのまま戻っておいで」
「分かりました」
「二人とも無事かい?怪我はない?」
「はい」
横で通信を聞いていたラビが目をゆらゆらさせて僕を睨むが告げ口する気はないらしい。通信が終わるまで何も喋らすただ表情だけで僕を責めたてた。
「マキ嘘ついたさ」
「外傷はほとんどないです」
「内蔵メッタメタさ。血どばどば吐いてたくせに」
「あれは、出血量が多く見えただけです。体はピンピンしてます」
「どーだか。どうせゴーレムの記録見られてバレるのに。嘘ついたぶんもーっと叱られるさ」
もっともなことを言われてぐうの音もでない。僕の怪我が大したものじゃないことはラビにも分かっているようでそれ以上は何も言ってこなかった。僕の怪我が大きかろうが小さかろうが、エクソシストの戦力低下に神経を配っているコムイさん達ならまだしもブックマンであるラビには何の関係もないだろうに、そういうところで優しさが見えるんだよな。うまくエクソシストになりきっているラビのことを、僕は少し尊敬している。
胃弱。
2016.5.28