もはやこれまで!
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朝、目が覚めたら金縛りにあっていた。
と思ったら尾形さんだった。
私だって23年間、そこそこ山あり谷ありの人生を送ってきたわけで、男の人と同じベッドで夜を明かすことがなかったわけじゃない。だからこそ、今こうやって尾形さんのたくましい腕が異常な力強さをもって私のお腹に巻きついているのが、もう何というか、絶対に離さないという意思を感じさせて心にクるものがあるね…。
「お、尾形さん」
「…」
「ガチ寝…」
尾形さんは昔から生きているのか死んでいるのかはっきりしない寝方をする人だった。私の背中にぴったりくっついている尾形さんの胸板がかすかに上下していたから、かろうじて生きてるって分かるけど。
正直、正直ね。尾形さんはなんだか存在がふわふわしていて生に希薄なところがあったから、かつて旅の途中で私を押し倒したときに、正直ちょっと安心したのだ。なんだ、この人もこういうところあったんじゃん…とか…そんなことをぼんやり考えているうちにまるっといただかれてしまったんだなぁ…。
「……」
この平和な時代においても尾形さんはまだふわふわしてたりするのかな。
かつての執着をわざわざ今世までひっぱりこんで、無理やり生きる目的を作ってるんじゃないかって、昨日、襲われかけたときに言おうかと思ったけどさすがにやめた。
「……」
正直ついでにもう一つ。尾形さんが性のはけ口にアシリパさんじゃなくて私を選んだところにもちょっと安心した。尾形さんの倫理観はちょっとアレなところがあるので…あは…。もしそんなことしてたら杉元さんはもとより、白石さんも、キロランケさんも、何より私だって黙ってなかっただろうな。それに比べて私相手ならまだ…抗議するのは私だけだし…。そういう、消去法みたいな理由で選んだ私を28年間探し続けただなんて、尾形さんってばほんと…。
…。
まるで岩みたいにがっちり組まれた腕をなんとかほどいてようやくベッドから抜け出した。
今日が土曜日でよかった。心置きなく話ができる。
▽
「…」
「逃げたかと」
「…」
「思ったから」
「…」
「すまん」
「…うーん…」
がっつりへこんだ壁を前にして、とりあえず落ち着こうとこめかみを揉んだ。なんとまあ、綺麗に拳の跡がついていること。さようなら私の敷金。
「逃げないですよ。昨日そう言ったじゃないですか」
「現に隣にいなかったから」
「せっかちさん…」
とりあえず目覚めの一杯を、と思ってケトルでお湯を沸かしていたところに、まるで壁を思いっきり殴りつけたみたいな音が聞こえてきたので、あわてて部屋に戻ったら尾形さんが壁を思いっきり殴りつけていた。そのまんまだった。いやいやいや、なんで…?あっけにとられて立ち尽くしていた私に気づいた尾形さんもまた、あっけにとられた顔をして、ゆっくり拳を下ろした。完全に逃げたと思われていた。ここ、私の家なんだけど…?
「えーと、とりあえず、朝ごはんにしませんか」
「…」
「今コーヒー淹れるので…。…。尾形さん?」
「…」
「え!あの、ちょっと」
有無を言わさぬ力でベッドの上に引き倒された。いやいや、なんでなんで。なんで無言でのしかかってくるのかな。昨日、ちゃんと会話するって約束してくれたのに。百歩譲って一緒のベッドに入るのはいいけど、それ以上は何もしちゃダメって言ったのに。
「尾形さん?」
「一晩我慢した」
「…」
「それで、起きたらいないってのは、酷じゃねぇか」
「…」
「あとそろそろ我慢が限界なんだが」
「尾形さん…!」
さりげなく硬く大きいモノをふとももに押し付けるのはやめて…。さすがにちょっとムッとして尾形さんの上半身を押し戻すと、割にたやすく退いてくれた。聞き分けがいいのがちょっと不気味…。尾形さんなりに、昨日の約束を守ろうとはしてくれてるのかな。
「も、こういうのやめませんか」
「は?」
「尾形さん。今の尾形さんなら、わざわざ…」
「わざわざ、なんだ」
「わざわざ私なんか」
「…」
「相手にしなくても、って…あの…」
「…」
「尾形さん?」
「お前…」
「…」
「バカ…なのか…」
しみじみと言われてしまった。完全に呆れた顔をしていた。バカ…バカって言われた…。
「お前、昨日俺が言ったこと、何一つ理解してないのか」
「…?」
「それどころか、もしかして、100年前からずっと何一つ伝わってなかったのか」
「…」
「バカか…」
「バカ…」
バカ…だったのだろうか…。尾形さんがあまりにも哀れみたっぷりに言うものだから、本当にバカなのかもと心配になってしまう。
「言葉で伝わらないんなら態度で示すしかないんだが」
「ちょ…」
「三木」
ベッドの上で向かい合っていた尾形さんが、ぐっとその距離を詰めてくるので思わずのけぞってしまう。それでも後頭部に伸ばされた手におさえられて、鼻と鼻がぶつかるくらいに近づいて、柄にもなく照れてしまった。
「あの、尾形さん」
「俺が嫌いか」
「いや嫌いとかでは…」
「じゃあ好きか」
「す、すき…とか…」
あんまりに尾形さんが言いそうもない言葉が飛び出てきたので、思わずゴクリと喉が鳴った。今、私は、めちゃめちゃレアな言葉を聞いたのでは…?驚きから言い淀む私を見て、尾形さんは薄く笑った。
「俺が、ただの遊びでお前を組み敷いたと思っていたのか」
「う…」
「ははッ」
救えないな。
そう呟いて、尾形さんは、ゆっくりと唇を重ねてきた。ぼんやりと感じたあたたかさが段々深いところまで侵食してきて、もう、食べられてるんじゃないかってくらい深いキスになった。
「ん、」
救われてないのはどっちなのか。尾形さんの舌が私の口内に侵入してきて、あっという間に舌を絡め取られてしまった。う、動きがねちっこい…。この舌使いには覚えがあるよ。100年前、私に無理やり覆いかぶさってきたときから何も変わってない。これだけ長い時間が経って、こんなに変わってないなんて、そんなことあるのかな。
「は…」
さんざん私の舌をねぶり尽くした尾形さんが、浅く笑って唇を離した。その笑みを見て確信した。
「…尾形さんって」
「なんだ」
「超絶バカ、だよね…」
再び後頭部を掴まれてキスされた。さっきよりも数段荒っぽいキスだった。
やっぱり、救われてないのは尾形さんじゃんか。こんな手段でしか気持ちを表せない尾形さんは、きっと何年たっても変わらないままなんじゃないのかな。それでもきっと救われたいとは微塵も考えてないのが、尾形さんらしいとも言えるけど。
手に入りさえすればそれで満足の尾形さん。
2019.1.17