1章
気配を気取られぬようゆっくりと小舟を進める。
小舟には俺とレイを含め、歴戦のつわものぞろいだ。
火の国の一般国民相手とは言え、相手は戦闘民族。うかうかしているとこちら側がやられかねない。そのあたりはいつもの弾圧といえど手を抜く気はない。
「こっちは静かっすねー。あっちの気配が聞こえないのかな。」
レイがつぶやくのも道理で、すでに表の門ではシンフウたちによって戦いが始められていた。うまいこと行けばその戦いで見張りの何人かが表に動かされることを望んでいたのだが、さすがにそう思う通りにはいかないらしい。
「間もなく他のメンバーが陽動作戦を始める。そうなれば流石に見張りたちも動き始めるだろう。」
俺は楽観的に構えて見せた。部下たちの前で焦る様を見せても仕方ない。
本来暗黙の了解というのか、紳士協定と言うべきなのか、一般国民の住む区画への攻撃は帝国近在の国々では忌むべきものとされてきた。だが、少しでも戦略に気の回る王であれば、そんなものを律儀に守る者はない。事実、火の国の女王は頻繁に帝国の他の国の一般国民の居住区を襲撃してきたし、自国の一般国民の居住区の守りがこれ程固いのも、他国から同様の襲撃を受けることを見越しているからだろう。
だが、臨戦体制が万全に出来上がっている表に対し、一般国民が住まうこの地域は襲撃への守備には適していても、大々的な戦闘には向かない地域のはずだ。
ドーンンンン…ッ!
作戦通り陽動部隊が爆弾を爆発させた。
「なんだ!何の騒ぎだ!」
「気をつけろ!何かの作戦かも知れん」
想像通り大きな騒ぎとなった。
「今だ!体勢を立て直させるな!そのまま突っ込め!」
「おー!!」
間髪入れずレイたちが突っ込んでいく。流石鍛えられた火の国国民だけあり、体勢の立て直しは悪くなかったが、パニックになる子供や老人たちを庇いながらは難しいものがあっただろう。機関銃による掃射攻撃に火の国国民たちは次々と倒れていった。
「よしっ、そのまま進め!…っ!?」
すごいスピードと勢いで2本の矢が機関銃を撃っていた兵士をなぎ倒し、間髪を入れずもう2本の矢が俺の頬を掠めた。
「くっ…!なんだ、一体!」
「うわぁっ!」
「どうした!?」
見ると陽動部隊の方に、見たことのない戦車から一斉掃射攻撃が仕掛けられていた。
「焦るな!攻撃しながらゆっくり下がれ!」
歴戦の猛者達ゆえすぐに態勢を立て直したものの、戦車の威力はすさまじくじりじりと俺たちは押されていった。
何より、俺に射かけてきたあの矢の威力が気になる。
「…!」
その主はすぐに知れた。亜麻色の毛を持つ、一目でわかるほど優れた馬に乗った人間が大きな弓を構えたままこちらに駆けてきた。
その人物は再び矢をこちらに射かけると、そのまま馬から素早く飛び降りた。
何とか矢をよけ、俺はそいつをにらみつけた。
赤地に花の派手な柄の、膝丈までの短めの着物を着、腰には火の国製の刀を2本と短銃を差し、頭には身の丈ほどもある銀色の見事な獣の毛皮をかぶっている。顔は恐ろし気な形相の面を全体を覆うようにすっぽりとかぶり、表情・顔立ちはおろか、顔だけでは男か女かすらうかがい知れない。
着物の色・柄と、着物からすらりと伸びる、馬を乗りこなすには細すぎるようにさえ思う白い脚、あれほどの矢を射るとは思えぬいささか華奢な体つきから、辛うじて女だとわかる。背丈は女にしてはある方だろう。
「今はまだ痛手が少ないうちです。撤退されるか、降伏宣言をされますかな、レオン王?」
そう言ったのは女ではなかった。面の女の横にいつの間にか立っていた、背が高くがっしりした体つきの男だった。
「ミンシャン将軍、女王代理で以前皇帝の御前会議に出ていたことがあったな。見覚えがある。」
「覚えていただいていたとは光栄です。」
「だが、降伏宣言を促されるとは心外だ。表にはまだ数千の我が国の兵がいる。奴らをこちらに回して、この地区を攻め落とすのも可能だぞ。」
「ですが指揮官たるあなたはこちらにいる。今であれば手勢の兵も少ない。あなたを我々の手に落とすのもたやすいことです。」
「なるほど。ところで隣にいるのはこの国の女王とお見受けしたが、会うのは初めてだな。」
「あなたには関係のないことかと。」
「どうだ。2国の王がまみえるのも初めてのこと。ここはひとつ、指揮官同士での一騎打ちというのもおつなものだと思うが?」
「旦那!?」
「それには及びません。あなた方は我々の手のう…陛下?」
それまで黙っていた面を付けた女がミンシャンを手で制し、スッと前に進み出た。
「どうやら女王陛下本人の方が物分かりが良いようだ。」
「陛下…」
「旦那ぁ…」
「情けない声を出すな、レイ。俺が声をかけるまで手出しは無用だ。ほかの者達もな。」
小舟には俺とレイを含め、歴戦のつわものぞろいだ。
火の国の一般国民相手とは言え、相手は戦闘民族。うかうかしているとこちら側がやられかねない。そのあたりはいつもの弾圧といえど手を抜く気はない。
「こっちは静かっすねー。あっちの気配が聞こえないのかな。」
レイがつぶやくのも道理で、すでに表の門ではシンフウたちによって戦いが始められていた。うまいこと行けばその戦いで見張りの何人かが表に動かされることを望んでいたのだが、さすがにそう思う通りにはいかないらしい。
「間もなく他のメンバーが陽動作戦を始める。そうなれば流石に見張りたちも動き始めるだろう。」
俺は楽観的に構えて見せた。部下たちの前で焦る様を見せても仕方ない。
本来暗黙の了解というのか、紳士協定と言うべきなのか、一般国民の住む区画への攻撃は帝国近在の国々では忌むべきものとされてきた。だが、少しでも戦略に気の回る王であれば、そんなものを律儀に守る者はない。事実、火の国の女王は頻繁に帝国の他の国の一般国民の居住区を襲撃してきたし、自国の一般国民の居住区の守りがこれ程固いのも、他国から同様の襲撃を受けることを見越しているからだろう。
だが、臨戦体制が万全に出来上がっている表に対し、一般国民が住まうこの地域は襲撃への守備には適していても、大々的な戦闘には向かない地域のはずだ。
ドーンンンン…ッ!
作戦通り陽動部隊が爆弾を爆発させた。
「なんだ!何の騒ぎだ!」
「気をつけろ!何かの作戦かも知れん」
想像通り大きな騒ぎとなった。
「今だ!体勢を立て直させるな!そのまま突っ込め!」
「おー!!」
間髪入れずレイたちが突っ込んでいく。流石鍛えられた火の国国民だけあり、体勢の立て直しは悪くなかったが、パニックになる子供や老人たちを庇いながらは難しいものがあっただろう。機関銃による掃射攻撃に火の国国民たちは次々と倒れていった。
「よしっ、そのまま進め!…っ!?」
すごいスピードと勢いで2本の矢が機関銃を撃っていた兵士をなぎ倒し、間髪を入れずもう2本の矢が俺の頬を掠めた。
「くっ…!なんだ、一体!」
「うわぁっ!」
「どうした!?」
見ると陽動部隊の方に、見たことのない戦車から一斉掃射攻撃が仕掛けられていた。
「焦るな!攻撃しながらゆっくり下がれ!」
歴戦の猛者達ゆえすぐに態勢を立て直したものの、戦車の威力はすさまじくじりじりと俺たちは押されていった。
何より、俺に射かけてきたあの矢の威力が気になる。
「…!」
その主はすぐに知れた。亜麻色の毛を持つ、一目でわかるほど優れた馬に乗った人間が大きな弓を構えたままこちらに駆けてきた。
その人物は再び矢をこちらに射かけると、そのまま馬から素早く飛び降りた。
何とか矢をよけ、俺はそいつをにらみつけた。
赤地に花の派手な柄の、膝丈までの短めの着物を着、腰には火の国製の刀を2本と短銃を差し、頭には身の丈ほどもある銀色の見事な獣の毛皮をかぶっている。顔は恐ろし気な形相の面を全体を覆うようにすっぽりとかぶり、表情・顔立ちはおろか、顔だけでは男か女かすらうかがい知れない。
着物の色・柄と、着物からすらりと伸びる、馬を乗りこなすには細すぎるようにさえ思う白い脚、あれほどの矢を射るとは思えぬいささか華奢な体つきから、辛うじて女だとわかる。背丈は女にしてはある方だろう。
「今はまだ痛手が少ないうちです。撤退されるか、降伏宣言をされますかな、レオン王?」
そう言ったのは女ではなかった。面の女の横にいつの間にか立っていた、背が高くがっしりした体つきの男だった。
「ミンシャン将軍、女王代理で以前皇帝の御前会議に出ていたことがあったな。見覚えがある。」
「覚えていただいていたとは光栄です。」
「だが、降伏宣言を促されるとは心外だ。表にはまだ数千の我が国の兵がいる。奴らをこちらに回して、この地区を攻め落とすのも可能だぞ。」
「ですが指揮官たるあなたはこちらにいる。今であれば手勢の兵も少ない。あなたを我々の手に落とすのもたやすいことです。」
「なるほど。ところで隣にいるのはこの国の女王とお見受けしたが、会うのは初めてだな。」
「あなたには関係のないことかと。」
「どうだ。2国の王がまみえるのも初めてのこと。ここはひとつ、指揮官同士での一騎打ちというのもおつなものだと思うが?」
「旦那!?」
「それには及びません。あなた方は我々の手のう…陛下?」
それまで黙っていた面を付けた女がミンシャンを手で制し、スッと前に進み出た。
「どうやら女王陛下本人の方が物分かりが良いようだ。」
「陛下…」
「旦那ぁ…」
「情けない声を出すな、レイ。俺が声をかけるまで手出しは無用だ。ほかの者達もな。」