序
はるか遠い昔、ある土地にカリンカという帝国があった。
歴史も風土も慣習も、大きく異なる4つの国と、1つの都からなる国であった。
この物語より300年ほど前、まだ5つのバラバラの国であった時代に、最も貧しい”砂の国”を根城とする「カリンカ」という一族が力をつけ始めていた。「カリンカ」の一族は隣の大国であるマナ国の王に仕える軍人の家系である一方、王家に害なすものを陰ながら始末する暗殺部隊の役割を担っていた。
マナ国王より所領として砂の国を与えられ、力を蓄えていたが、「カリンカ」の姓を与えられて5代目にあたる当主が軍事的行動を起こし、隣に面する緑豊かで広大な”草の国”を攻め落とすと、草の国に取り囲まれていた”星の国”を占領した。
この国には予言や呪術、星占や医学を能くする仙人たちが多く暮らしていたが、カリンカ軍の奇襲を受け、多くのものが殺され、生き残った者も大半は放浪の旅に出た。
残った者は能力的にはむしろ低い者が多かったが、おべっかに長けたものが多く、カリンカにすり寄ることで甘い蜜を吸い、生き延びた。
放浪の旅に出た仙人の中でも、一際力のあったナドリは国を追われる際、このように予言した。
「砂の国の王よ、今は栄華のときを極めるかもしれないが、そのときは決して長くはない。お前の創る国はお前の子孫によって滅ぼされる。3人目の王子に気をつけよ。これは呪いではなく予言である。」
砂の国の王たるカリンカはこれを鼻で笑い、星の国を政治の中枢たる都とし、自ら皇帝を名乗り、カリンカ帝国の成立を宣言した。
カリンカ帝国の成立を見た隣国の"水の国"は水に恵まれ、商業や貿易によって多くの富を得ている国であり、この当時は王を戴かぬ共和国であったが、この勢いを見てその軍事力を利用するべくすり寄り、従うことを宣言した。
軍事力に加え莫大な富の力を得たカリンカ帝国はさらに勢いづき、水の国と海を挟んで向かい合っている、5つの国の中で最も古い歴史を持つ"火の国"に攻撃を仕掛けた。
火の国は代々女王を戴く国であり、当時の女王の美しさに皇帝が惚れ込み、力ずくで自分のものにしようとしたこと、またその国民が戦闘部族であり兵として非常に優秀であることや、武器の製造技術の高さを誇ることから狙われたのであった。
優秀な兵力を誇る火の国の軍隊は勇猛果敢に戦ったが、数で押してくるカリンカ軍には敵わず、次々と戦場に散った。
火の国の女王は戦いの経過を見つめ、皇帝の慰みものとなることを良しとせず、自ら命を絶った。女王の死を知った皇帝は報復のため、捕らえた火の国の兵士を次々と虐殺し、女達を嬲りものにした。
そして火の国を支配下におき、圧政を敷いた。
わずかに生き残った火の国の兵士と民は息を潜め、重税と圧政にあえぎながらチャンスを待った。
そしてカリンカの占領から10年後、武力クーデターを起こし、皇帝軍を追い詰めた。独立まであともう少し、というところで王都に集う仙人たちの魔力に敗れ、独立は叶わなかった。
火の国の優れた武器製造技術を手にしたかった皇帝は捕らえたものたちの処遇を考え、首謀者のみを処刑し、独立をやめ定期的に武器を献上するのであれば、ある程度の自治を認めることを伝えた。火の国の民としては受け入れがたい提案であったが国の存続のためやむを得ずこの要求を受け入れた。
皇帝はその後ほかの3国にも自分の一族を王として置き、ある程度の自治を認めた。ただ、ほかの3国に関してはカリンカの一族が王であることもあり、少なくとも表向きは皇帝に対し忠誠を誓った。
こうして300年余りの時が過ぎた。初代カリンカ皇帝は鼻で笑ったものの、年月とともに国が安定すればするほど内心では予言の実現を恐れ、第3皇子を作ることなく、皇太子にも第3皇子を作らぬようよくよく言い含めて世を去った。
その後も第3皇子は生まれることなく皇室は続いたが、第5代目の皇帝の際、第1・第2皇子の出来に不満を感じた皇帝は側室に第3皇子を生ませた。健康で聡明な皇子であったため、皇帝は満足したが、これまでにないほどの大飢饉が帝国を襲い、国は崩壊寸前となったため国民は暴動を起こし、予言が的中したと恐れた皇帝は第3皇子を殺害した。
この事件が堪えたのか、皇帝たちは以後第3皇子を作らぬようより一層気を付けるようになった。第3皇子が生まれることがあっても、殺されたり、障害児として生まれて捨てられたりした。そうして皇帝たちの権力は守られ、その生活は奢侈を極めた。
皇帝たちはかつて星の国であった王都にその身を落ち着け、自分たちの治める国のことはほとんど知らなかった。ただ、それらの国が自分達に歯向かってきたときだけは容赦なく弾圧した。
草・砂・水の3国は、皇族たちが王となり続けたが、これらの王たちの間で次の皇帝の座を巡る争いが繰り広げられることが多く、しばしばそれは国同士での略奪行為や内戦に発展することがあった。
そのうち、草の国は緑豊かで温暖な気候もあり、皇帝の重税にも何とか耐えた。また、王都を取り囲むこの国は2代目の皇帝により、難攻不落の非常に強大な要塞が国を囲むように建築され、国自体が皇族を守るための要塞国家と化したため、他の2国や火の国からの侵略にも耐え、300年余り比較的平穏であった。
カリンカの一族の根城となっていた砂の国は、カリンカが皇帝となったのち一族から見捨てられた。その名の通り国中砂漠だらけのこの国は産業もなく貧しく、やがて犯罪者やならず者たちの根城となった。それに目を付けた皇帝が高額の謝礼を支払い、皇族・貴族に害なす者たちを抹殺する暗殺部隊の役目を彼らに与えた。いわばかつての自分たちの役割をその者たちに与えることとなったのだ。やがて王都にとらわれた犯罪者たちの中でも、金に目のない者達に関しては多額の金とともにひそかに砂の国に送り込まれることになった。こうして彼らはやがて一つの軍隊とも呼べる規模となっていき、他国からは「土蜘蛛」と呼ばれ、おそれられた。彼らのトップには砂の国の王が就き、皇族と彼らの強い結びつきを暗に示した。
もう一つ、この地の数少ない草地には芥子の花が多く咲き、王のひそかな先導の元多くの阿片が密造された。作られた阿片は行商人を装う密輸業者によって、王都をはじめ、水の国や草の国、さらに敵対する火の国やマナ国にまでひそかに蔓延し、砂の国の財政をこっそりと潤し、王都の政治の退廃を招いた。
水の国はもとは商人たちを中心とした共和国であっただけに帝国に対しての姿勢もドライで、自分たちの王に対しても意に沿わぬ王であれば皇帝をたきつけ、首を挿げ替えさせるほど強気な姿勢であった。皇帝たちも帝国の富の大部分を彼らが握るためうかつなことはできず、この国の王はコロコロと変わった。
また、この国の富を支えるもう一つの影の部分として、他国への侵略・略奪行為が存在し、いわゆる海軍=海賊という図式が成立していたため、王はかなりの荒くれものたちを相手にする必要もあり、この国の王は帝国随一の富を手にする代わりに、ずば抜けたカリスマ性と政治力が必要となったため、好んでこの国の王となるものは少なかった。
それでも富の力は偉大で、この国には各国から流行物、贅沢品、奴隷に外国人と、雑多なものが集まり続け、国は大いに発展した。
各国から蹂躙され続けた火の国はそれでも誇り高き戦闘部族としての魂を失わず、時に侵略で、時に反乱で、カリンカの安寧を脅かし続けた。
もともと火山地帯の小さな国で、農地に適した土地がほとんどないために武器製造と戦争によって生活を成り立たせてきたこの国にとって、自分たちが作り上げた武器を奪われるのは死活問題に等しく、つぶされてもつぶされても独立運動をやめようとはしなかった。また、カリンカの他国で虐げられてきた奴隷や弱者もこの国では保護される、ということで多くの亡命者がこの国に集まるようになっていった。
そんな不思議なバランスとアンバランスの中、この帝国はそれでも300年余りの歴史を刻んでいった。そしていままた、この国の歴史と運命を動かそうとする1人の男と1人の女がいた。
カリンカ帝国の皇子でありながら奴隷印を背中に持つ、この世のすべてを統べる獅子の眼をした男、火の国の若き女王でありながら戦いを厭う心をもち、清らかで誇り高い白百合の女―。
歴史も風土も慣習も、大きく異なる4つの国と、1つの都からなる国であった。
この物語より300年ほど前、まだ5つのバラバラの国であった時代に、最も貧しい”砂の国”を根城とする「カリンカ」という一族が力をつけ始めていた。「カリンカ」の一族は隣の大国であるマナ国の王に仕える軍人の家系である一方、王家に害なすものを陰ながら始末する暗殺部隊の役割を担っていた。
マナ国王より所領として砂の国を与えられ、力を蓄えていたが、「カリンカ」の姓を与えられて5代目にあたる当主が軍事的行動を起こし、隣に面する緑豊かで広大な”草の国”を攻め落とすと、草の国に取り囲まれていた”星の国”を占領した。
この国には予言や呪術、星占や医学を能くする仙人たちが多く暮らしていたが、カリンカ軍の奇襲を受け、多くのものが殺され、生き残った者も大半は放浪の旅に出た。
残った者は能力的にはむしろ低い者が多かったが、おべっかに長けたものが多く、カリンカにすり寄ることで甘い蜜を吸い、生き延びた。
放浪の旅に出た仙人の中でも、一際力のあったナドリは国を追われる際、このように予言した。
「砂の国の王よ、今は栄華のときを極めるかもしれないが、そのときは決して長くはない。お前の創る国はお前の子孫によって滅ぼされる。3人目の王子に気をつけよ。これは呪いではなく予言である。」
砂の国の王たるカリンカはこれを鼻で笑い、星の国を政治の中枢たる都とし、自ら皇帝を名乗り、カリンカ帝国の成立を宣言した。
カリンカ帝国の成立を見た隣国の"水の国"は水に恵まれ、商業や貿易によって多くの富を得ている国であり、この当時は王を戴かぬ共和国であったが、この勢いを見てその軍事力を利用するべくすり寄り、従うことを宣言した。
軍事力に加え莫大な富の力を得たカリンカ帝国はさらに勢いづき、水の国と海を挟んで向かい合っている、5つの国の中で最も古い歴史を持つ"火の国"に攻撃を仕掛けた。
火の国は代々女王を戴く国であり、当時の女王の美しさに皇帝が惚れ込み、力ずくで自分のものにしようとしたこと、またその国民が戦闘部族であり兵として非常に優秀であることや、武器の製造技術の高さを誇ることから狙われたのであった。
優秀な兵力を誇る火の国の軍隊は勇猛果敢に戦ったが、数で押してくるカリンカ軍には敵わず、次々と戦場に散った。
火の国の女王は戦いの経過を見つめ、皇帝の慰みものとなることを良しとせず、自ら命を絶った。女王の死を知った皇帝は報復のため、捕らえた火の国の兵士を次々と虐殺し、女達を嬲りものにした。
そして火の国を支配下におき、圧政を敷いた。
わずかに生き残った火の国の兵士と民は息を潜め、重税と圧政にあえぎながらチャンスを待った。
そしてカリンカの占領から10年後、武力クーデターを起こし、皇帝軍を追い詰めた。独立まであともう少し、というところで王都に集う仙人たちの魔力に敗れ、独立は叶わなかった。
火の国の優れた武器製造技術を手にしたかった皇帝は捕らえたものたちの処遇を考え、首謀者のみを処刑し、独立をやめ定期的に武器を献上するのであれば、ある程度の自治を認めることを伝えた。火の国の民としては受け入れがたい提案であったが国の存続のためやむを得ずこの要求を受け入れた。
皇帝はその後ほかの3国にも自分の一族を王として置き、ある程度の自治を認めた。ただ、ほかの3国に関してはカリンカの一族が王であることもあり、少なくとも表向きは皇帝に対し忠誠を誓った。
こうして300年余りの時が過ぎた。初代カリンカ皇帝は鼻で笑ったものの、年月とともに国が安定すればするほど内心では予言の実現を恐れ、第3皇子を作ることなく、皇太子にも第3皇子を作らぬようよくよく言い含めて世を去った。
その後も第3皇子は生まれることなく皇室は続いたが、第5代目の皇帝の際、第1・第2皇子の出来に不満を感じた皇帝は側室に第3皇子を生ませた。健康で聡明な皇子であったため、皇帝は満足したが、これまでにないほどの大飢饉が帝国を襲い、国は崩壊寸前となったため国民は暴動を起こし、予言が的中したと恐れた皇帝は第3皇子を殺害した。
この事件が堪えたのか、皇帝たちは以後第3皇子を作らぬようより一層気を付けるようになった。第3皇子が生まれることがあっても、殺されたり、障害児として生まれて捨てられたりした。そうして皇帝たちの権力は守られ、その生活は奢侈を極めた。
皇帝たちはかつて星の国であった王都にその身を落ち着け、自分たちの治める国のことはほとんど知らなかった。ただ、それらの国が自分達に歯向かってきたときだけは容赦なく弾圧した。
草・砂・水の3国は、皇族たちが王となり続けたが、これらの王たちの間で次の皇帝の座を巡る争いが繰り広げられることが多く、しばしばそれは国同士での略奪行為や内戦に発展することがあった。
そのうち、草の国は緑豊かで温暖な気候もあり、皇帝の重税にも何とか耐えた。また、王都を取り囲むこの国は2代目の皇帝により、難攻不落の非常に強大な要塞が国を囲むように建築され、国自体が皇族を守るための要塞国家と化したため、他の2国や火の国からの侵略にも耐え、300年余り比較的平穏であった。
カリンカの一族の根城となっていた砂の国は、カリンカが皇帝となったのち一族から見捨てられた。その名の通り国中砂漠だらけのこの国は産業もなく貧しく、やがて犯罪者やならず者たちの根城となった。それに目を付けた皇帝が高額の謝礼を支払い、皇族・貴族に害なす者たちを抹殺する暗殺部隊の役目を彼らに与えた。いわばかつての自分たちの役割をその者たちに与えることとなったのだ。やがて王都にとらわれた犯罪者たちの中でも、金に目のない者達に関しては多額の金とともにひそかに砂の国に送り込まれることになった。こうして彼らはやがて一つの軍隊とも呼べる規模となっていき、他国からは「土蜘蛛」と呼ばれ、おそれられた。彼らのトップには砂の国の王が就き、皇族と彼らの強い結びつきを暗に示した。
もう一つ、この地の数少ない草地には芥子の花が多く咲き、王のひそかな先導の元多くの阿片が密造された。作られた阿片は行商人を装う密輸業者によって、王都をはじめ、水の国や草の国、さらに敵対する火の国やマナ国にまでひそかに蔓延し、砂の国の財政をこっそりと潤し、王都の政治の退廃を招いた。
水の国はもとは商人たちを中心とした共和国であっただけに帝国に対しての姿勢もドライで、自分たちの王に対しても意に沿わぬ王であれば皇帝をたきつけ、首を挿げ替えさせるほど強気な姿勢であった。皇帝たちも帝国の富の大部分を彼らが握るためうかつなことはできず、この国の王はコロコロと変わった。
また、この国の富を支えるもう一つの影の部分として、他国への侵略・略奪行為が存在し、いわゆる海軍=海賊という図式が成立していたため、王はかなりの荒くれものたちを相手にする必要もあり、この国の王は帝国随一の富を手にする代わりに、ずば抜けたカリスマ性と政治力が必要となったため、好んでこの国の王となるものは少なかった。
それでも富の力は偉大で、この国には各国から流行物、贅沢品、奴隷に外国人と、雑多なものが集まり続け、国は大いに発展した。
各国から蹂躙され続けた火の国はそれでも誇り高き戦闘部族としての魂を失わず、時に侵略で、時に反乱で、カリンカの安寧を脅かし続けた。
もともと火山地帯の小さな国で、農地に適した土地がほとんどないために武器製造と戦争によって生活を成り立たせてきたこの国にとって、自分たちが作り上げた武器を奪われるのは死活問題に等しく、つぶされてもつぶされても独立運動をやめようとはしなかった。また、カリンカの他国で虐げられてきた奴隷や弱者もこの国では保護される、ということで多くの亡命者がこの国に集まるようになっていった。
そんな不思議なバランスとアンバランスの中、この帝国はそれでも300年余りの歴史を刻んでいった。そしていままた、この国の歴史と運命を動かそうとする1人の男と1人の女がいた。
カリンカ帝国の皇子でありながら奴隷印を背中に持つ、この世のすべてを統べる獅子の眼をした男、火の国の若き女王でありながら戦いを厭う心をもち、清らかで誇り高い白百合の女―。
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