短編集



 此処は就労継続支援B型作業所、『ラヴィ』。
 病気などが理由で一般企業で働けなくなった者が就労訓練をする場所。
 雇用契約などはなく、その代わり、『工賃』と言うものが月々頂けるので、少し懐が温かくなる。とはいっても、二万円ほどなので、最低賃金が保証されるA型作業所や一般企業よりは収入は減るが、リハビリをするところなので仕方ないだろう。

 僕は、萩野律。この作業所で小説を書くことを仕事にしている利用者である。
 しかし、僕は行き詰っていた。
 どうしても自分の作品が『独りよがり』にしか思えないのだ。

 此処で小説を書いているのは今二人しかいない。
 僕と、衝立の向こうのデスクで執筆している荒川さんだ。
 僕のデスクからはキーボードを叩く音が完全に数十分前から止まっているが、彼女は今日到着してから、休憩中以外はずっとキーボードを叩いている。カタカタカタ。とリズミカルに流れてくる音に、悔しさが溢れてくる。

「はぁ……」

 昼休憩。
 母が作ってくれた弁当を広げて、溜息を吐く。
 僕は高校生のころに統合失調症と診断され、一応高校は出たが大学はいかずこうしてもともと好きだった創作を就労訓練としてするために実家から作業所に通っている。
 ああ、僕は何してもダメだなぁ。

「ねぇ」
「? あ、荒川さん……」

 衝立からひょっこりと顔を出した状態の荒川さんは、心配そうにこちらを見つめている。

「行き詰ってる?」
「あ~、まあ。そうですね……」
「私で良かったら話聞くよ」

 自分のスペースから僕のスペースの近くにワークチェアを持ってきてコンビニおにぎりのフィルムを剥く荒川さん。いつもは衝立越しに感じていた荒川さんの存在が、今、はっきりと実体を帯びている。

「あ、ごめん。おばさんのお節介だったかな」
「い、いや、嬉しいです」
「そう? よかった!」

 荒川さんは自分を「おばさん」と呼ぶけど、確かに三十代で僕よりは年上だけど、僕は彼女をそんな風に思ったりしていない。
 ただ、少し羨ましい、とか、憎らしい、とかいう感情はある。
 彼女自身に対してではなく、彼女の才能に対してだけど。

「なんか」
「うん」
「独りよがりな気がして」

 その僕の言葉を口の中のおにぎりと一緒に咀嚼するように、彼女はもぐもぐ、と口を動かしながら、何かを考えるように、腕を組んで「う~ん……」と唸った。

「そもそもさ、これは私の持論なんだけど」
「はい」
「物書きなんてみんな独りよがりだよ。私もそう。ただ、私は書きたいことがあるからひたすら書いてるだけ」

 僕は、驚いて目を見開いた。
 でも、なんだか、すっと、飲み込めてしまう。
 荒川さんは、更に続けた。

「書いて、書いて、書きまくって。そのうちのどれかか誰かの心に届くと良いな、くらいに思うと楽になるよ」

 僕は、すっと、その言葉が腑に落ちて、自然に笑顔になっていた。
 荒川さんに「ありがとうございます」というと彼女は、「一緒に頑張ろうね!」と拳をこちらに向けた。
 僕が分からず困惑していると、「グータッチ!」と彼女は笑った。
 僕はようやく意味が解って、彼女の方に拳を向け、彼女の拳に、こん、とぶつけた。


 その後。
『ラヴィ』が文学フリマで冊子を販売することになって、僕と荒川さん、あとはイラストを描いている数名が会場で売り子をすることになった。
 最初、僕の小説は、手に取られるけど、購入とまではいかなくて、でも、荒川さんの冊子は続々と売れて行って。
 くそう、悔しい。と思っていたら。

「すみません、この小説を書いた方はいますか?」

 初老のおじさんが僕の冊子をもって支援員さんに話しかけてきた。
支援員さんから紹介され、僕はそのおじさんのもとへ。

「あ、あの」
「キミがこれを書いたの?」
「は、はい」
「いいね、とてもいい。おじさん、また君の小説読みたいよ。頑張ってね!」

 その出来事が、「僕の小説が誰かの心に響いた」瞬間だった。
 僕は緊張しながらおじさんにお礼を言う。
 おじさんは人のいい笑みを浮かべ、冊子の代金を払ってから去って行った。
 その腕の中には、僕の物語が大切そうに抱えられていた。

 僕は隣で様子を伺っていた笑顔の荒川さんと拳をこつん、と合わせた。

 最初は独りよがりでも、きっといつか誰かが認めてくれる。
 僕は、今、毎日がすごく楽しく執筆が出来ています。
 隣の衝立の向こうでは、相変わらず荒川さんがリズミカルなタイピング音を奏でているのを心地よく感じながら。

—end—
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