第一章:一学期①
一限目。
柚子と武瑠の姿は化学室や家庭科室などの入る科目棟から屋上に繋がる一番上の踊り場にあった。
二人は購買で買ったジュースやパンを持ち込み、入学二日目でサボりをしているのだ。
「あのさ」
柚子は玉子サンドを齧りながら、伏し目がちで武瑠に語り掛けた。
武瑠は購買特製のビックカツサンドを口に入れていた最中だったので、一旦咀嚼してから「うん?」と答えた。
「私、あんたと友達になりたいねん」
「うん、なろうよ」
柚子が意を決して伝えた言葉は呆気なく許可を得たが、それでも柚子は武瑠に伝えなければいけないことがある。
「でも、私は人殺しやから」
「実際は殺してないし、故意ではなかったんでしょ?」
「そう、やけど。でも、」
自分は悪だと言って聞かない柚子。
武瑠はまた一度カツサンドを齧って咀嚼する。
そして、穏やかな表情で柚子に語り掛ける。
「俺は、それでも、例え柚子ちゃんが悪人だったとしても友達になりたいよ。何か他の人から言われたら、俺が柚子ちゃんの盾になる」
柚子はその言葉を、一生忘れない。
今まで、「お前は悪人だ」とか言って、「お前は偉そうだ」とかも言って、周りから嫌厭され続けていた柚子に、心から信用できる心友ができた瞬間だ。
「その盾、強そうやな」
なんだか可笑しくなってしまった。
ふふふ、と柚子が笑っていると、武瑠は「待てよ」と考えるふりをしてまた可笑しなことを言うのだ。
「いや、俺、そんなに強くないかもしれん」
えへへ。と苦笑いする武瑠。
確かに運動音痴な武瑠だと少し頼りないかも?いや、それでも柚子は頼もしく思った。
ふふふ、えへへ、と笑い合って和やかな雰囲気の屋上前踊り場に近づく、二つの靴音。
柚子と武瑠は、教師に見つかったかと思い「「まずい」」と慌てるが逃げ場はない。
生憎、屋上への扉は鍵がかかっている。
「あら?噂の柚子ちゃんとおっきな忠犬王子君じゃない」
女性的な話し方だが、声は男の低音というマイノリティな三年生と、隣には何故か桔梗がいる。
マイノリティさんが三年生だと分かったのは上履きの色だ。
この学校は一年はソールの部分が緑、二年は青、三年は赤になっている。
柚子と武瑠が二人して困惑していると、桔梗が苦笑しながら隣の彼?彼女?の紹介を始めた。
「これは私の幼馴染で男バレ部長の早乙女詩哉。まあ、初見殺しのウタさんよ」
「はぁ~い!詩さんってよんでね!」
早乙女詩哉という人物は、なんだか不思議な人だ。
見た目は男性的で話し方も仕草も女性的なのに、何故かそれが当たり前のように思える。
「先輩達もサボりですか」
「わたし達は今朝の件で色々話し合ってたら遅くなっちゃって」
「まぁ、体のいいサボりよね」
「ウタ、黙って」
桔梗に睨まれて詩哉は肩をすくめた。
可憐な笑みを浮かべていた柚子だったが、途端にその端正な顔に影がかかる。
「ねぇ、貴女はもうバレーしないの?」
向かい側に座ってきた詩哉に問われて、柚子は、ぐっと詰まる。
そんな柚子を見ていると、武瑠は先輩達が彼女をいじめているように思えて、もうやめてくれと盾のように立ちはだかりそうになる。
「……もう、したくないです」
「バレーは、まだ好き?」
「……はい」
詩哉は満足げにニコっと笑う。
「じゃあ、男バレでマネージャーしない?」
ついでに忠犬君はプレイヤーとして欲しいんだけど~。と言う詩哉に戸惑いを隠せない柚子と武瑠だが、柚子の意思は固かった。
「いや、やりません」
「俺も柚子ちゃんがやらないならやりません」
っていうか、運動音痴だし、と付け加えた武瑠は上級生の笑いを掻っ攫った。
その後、一限だけ先輩たちとサボって教室に戻ると、不穏というか、なんだか微妙な雰囲気だったが、柚子と武瑠は最早二人の世界だった。
「よかったん?」
「何が?」
「マネの話断って」
「バレーボールのボールの速さって、怖いよね」
その言葉を理解するのに武瑠は少し時間がかかった。
つまりは、『怖い』のだ。
柚子も運動の出来ない武瑠のように、速球が飛んでくるバレーボールという競技が、怖いのだ。
その言葉を自分に聞かせてくれただけでも、充分で、嬉しかった武瑠だった。
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