第一章:一学期①

 次の日。
 柚子はすれ違う生徒の異変に気付いた。
 何故か柚子の事を嫌悪の目で見ていたり、彼女の噂話をしているようだった。
 その生徒たちから、『バレーで』『人殺し』と言うワードが聞こえてくるので、例の事件の噂を誰かが流したんだろうと柚子は溜息を吐いた。

 誰だろう、噂を流したのは。
 そうか、思い当たる人物がいる。
 女子バレー部だ。知っているとすれば、彼女たちしかいない。
 いや、意外に男バレも怪しい。知っていても可笑しくはない。

 この噂の元々の事件は『中学女子の全国最高峰レベルのエーススパイカー』が起こした事件なのだ。

 起こしてしまった事件を今更どうこうは出来ないが、しかし、どうかあの青年の耳には届いていませんように、と願いながら一年三組の教室に向かうと、何やら中で揉めているようだった。

 口論になっているのは、武瑠と昨日女子バレー部の使っている体育館にいた女子三名だ。その中に、百合美波もいる。
 恐らく女子バレー部の上級生に柚子の過去を聞いたのだろう。

「だって、副部長はあの子人殺しやから入れたくないって……」
「でも、俺たちが体育館に行ったら先輩は柚子ちゃんに待ってるって言うてたけど」
「それは部長の桔梗さんの独断やもん」
「じゃあ、柚子ちゃんはそれなりの実力者なんでしょ」

 人殺し、というワードに少しも動じない武瑠。
 柚子は、嗚呼、この男の子と知り合えてよかった、と思った。

 でも、それでも。

「……どうせ、私は人殺しよ」
「柚子ちゃん?!」
「私は自分の実力に胡坐をかいて、格好をつけて、人を殺しかけた」

 そんな柚子の告白に臆することなく武瑠は彼女を守るように寄り添った。

「でも、俺は、柚子ちゃんが例え連続殺人犯でも友達でいたいよ」

 この人はなんて優しいのだろう。
 今まで柚子を受け入れてくれた人間はいなかったのに。
 柚子はその優しさに涙が止まらない。
 嗚咽する柚子の肩を抱き、武瑠は吠えた。

「こんな噂を広めるのは間違えとるからな!」
「そうね、確かに間違えてる」
「「!?」」

 柚子と武瑠の背後、教室の出入口から凛とした標準語の女子生徒の声。
 女子バレーボール部部長日比野ひびの桔梗が少し不機嫌そうな様子で現れて、百合たち三人は身体をこわばらせた。
 昨日、逢った時とは、随分印象が違う。
『優しい部長』であり『厳しい部長』でもあるようだ。
 厳しいモードの桔梗は、わざとらしく溜息を吐く。

「若狭さんの過去の話をしたって副部長からさっき聞いたけど、広めたのは貴方達?」

 百合たちははいともいいえとも言わず、視線を彷徨わせる。つまり、広めたのは百合たちらしい。

「そう、残念。女バレは一週間活動禁止の予定だから」

 柚子は自分のせいで活動禁止になるなんて、と慌てて涙目で桔梗を呼び止める。
 百合たちは顔面蒼白だ。

「待ってください!活動休止なんて!」
「その子たちはそれ相応の事をしたのよ」
「でも!」
「じゃあ、なんで貴女は泣いているの?」

 言い淀む柚子に、桔梗は、「そういう事よ」と清廉な笑みを浮かべ、そして武瑠に「若狭さんのこと頼むわね」と言い残し去って行った。
 二人はまるで桔梗が嵐のようだと思った。

 それが朝のホームルーム前。
 武瑠は恐る恐る柚子に話しかける。

「……大丈夫?」
「うん、へーき。でも、疲れたな」

 柚子は涙目のまま悪い顔をした。


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