第一章:一学期①
入学式が終わり、帰宅しようとしている柚子を武瑠は引き留めた。
「柚子ちゃん、あのさ」
「うん?」
「柚子ちゃんは運動できる人?」
接続詞が「は」なのが少し気になる。
柚子は少し疑問を抱きながら「一応、バレーボールしてた」と告げた。
ふと、思い出した。あの壮絶な闘いの日々。
胃がムカムカして胃液が上がってきそうなのを必死で押し殺した。
「まあ、過去形やけどね」
「もうしないの?」
柚子は一呼吸置いてから、心の内を吐き出した。
なんだか、この青年なら受け止めてくれる気がした。
「怖い、から」
「怖い?」
まぁ、こんな体格に恵まれた男子には分からんか。と思ってた。
けど、武瑠は、深く頷いた。
「分かる。俺、巨人兵や!てバレー部とかバスケ部に勧誘されたんやけどさ、」
何かを言おうとして、躊躇う武瑠。
柚子は何を言われるんだ、と少し緊張する。
「……笑わない?」
「場合による」
ぐぬぬ、と言いかけた言葉を後悔した武瑠だが、意を決して。
「俺、運動音痴やから、あのスピードのボール、怖いんよね……」
「運動音痴なん?武瑠」
「うん、木偶の坊」
柚子はその意外過ぎる事実に目をぱちくりさせてから「わはは!」を大笑いし始めた。
「めっちゃ運動できそうやのにな」
「笑わないでよ~。体格と運動神経は比例せんのやで」
ふふ、と柚子は可憐に笑う。笑う。
「あんたとは、仲良くなれそう」
「今の流れで?」
「うん、そう思った」
嬉しいけれど、何か複雑な気持ちの武瑠。
でも、友達になれるなら、嬉しい。
「なぁ、武瑠。校内探索せぇへん?」
「いいね!しようしよう!」
二人は入学案内に載っていた校内図を見ながら探索を始めた。
柚子は独りででも今日探索をする気だったのだが、思わぬ共(友)が出来たので、やはりこちらも嬉しいようだ。
講堂や科目棟を見て回る。
科目棟の屋上に繋がる扉には鍵がかかっていたが、踊り場はサボりに使えそうだ。
柚子が悪い笑みを見せる。
「柚子ちゃん、意外に悪い人?」
「……うん、私は悪い人」
その言葉に何が含まれているか、その時の武瑠には計り知れないものがあるが、すぐに知ることになる。
探索の最後に訪れたのは、バレー部が使っている方の体育館。
柚子が体育館の中を覗くと、上級生らしい女子生徒が此方に向かって走ってきた。
「(やっべ……)」
まずい、と思い、巨人兵の後ろに隠れたはいいが。
「若狭さん、よね?」
「いえ、違います」
「私は貴方を見間違えない」
自分を挟んで繰り広げられる会話に、理解が追い付かない武瑠だったが柚子がバレーボール経験者であることは知っていたので、静かに見守っていた。
「うちに来てくれるの?」
「いえ、私は、もうバレーは……」
「そう……。まぁ、気が変わったらいつでも来て!」
笑顔でチームメイトの元に戻っていくバレー部員。恐らく部長だろう。
「(私の事、全部は知らんのやろか?)」
バレー部であの事件の事を知らないなら、なんてお花畑な人だろう。
まあ、その逆もしかりだが。
「武瑠、帰ろう」
「うん。バレー部はいいの?」
「うん。もう復帰する気ない」
柚子の過去に何があったのか気になる武瑠だが、急には話せないよなと寛大な気持ちで彼女が心を開いてくれるのを待つことにした。
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