第一章:一学期①
寝付くといつも繰り返し再生される光景。
自分のせいで『親友だったチームメイト』がコート上の冷たい床の上に倒れこんでゆく。
「(私がイップスを起こしていたのに無理にジャンプサーブを打ったから。見栄に負けて、格好つけたから、あの子は……)」
その直前、柚子は身体に異変を感じていた。
いつも通りに思い通り身体が動かず、ぎこちない動きを繰り返していたのだ。
所謂、イップス、と言われる状態だった。
「柚子の殺人サーブ、マジ人殺すとこやん」
「やめなよ、笑えない」
「っぷ、いや、笑ってるやん」
ぷくくく。忍び笑いが響く。
練習試合後のバスの中で柚子を嘲笑するチームメイト。
柚子をフォローする者はいない。
今思えば、その前から、柚子は少し浮いていた。
柚子は一人座った座席で、静かに耳にイヤホンをねじ込んで寝たふりをする。
自分のせい。
ずっと自分の才能の上に胡坐をかいてきた、自分のせい。
柚子は涙が出そうになるのを、両目をぎゅっと瞑ることで必死にこらえる。
あの日、倒れ込んだチームメイトは、数日の入院の末にチームに帰ってきた。しかし、そのチームに、柚子はもういなかった。
サーブを打とうとするたび、トラウマに苛まれもう微塵も身体が動かないのだ。
当時の中学女子バレーで最高峰だったエーススパイカーは中学の最後の大会には出場せず、女子バレー界から姿を消した。
「(でも、それは、全部私のせい)」
自責の念が茨のように柚子を傷つけながら纏わりついて、離さない。
大好きなバレーボールが出来なくなることより、大好きだった親友に怪我をさせたことの方がよっぽど怖かった。
だから、柚子は大阪の私立の中学に通っていたが卒業後、地元和歌山の公立の高校に編入することにした。
「……っ」
柚子は一気に夢から覚める。
かなり魘されていたようだ。パジャマは寝汗でびしょびしょだし、長く艶のある髪は顔に張り付いている。
柚子は額に手を置いて、そのままこの部屋を見回した。
「(実家の私の部屋や。中学の寮やない)」
はぁ、と安堵のため息を吐き髪の毛を整えながら起き上がる。
そして、そのまま膝を抱え込むとまた息を一つ吐いた。深く。深く。
いつまでも落ち込んでいても仕方ない。
トラウマはそんな簡単に消えてくれない。
そんな両極端の想いが胸を締め付ける。
中々、茨は柚子に巻き付いて離れない。
足掻けば足掻くほど棘は食い込む。
「(まだ五時。ランニングに行こう)」
今日は高校の入学式。
鬱々とした気分を晴らすため、柚子はランニングに出かけることにした。
早朝のランニングはバレーを始めた頃からの日課で、辞めてもう数か月経つがあれからもまだずっと続けている。
そのせいか、柚子は無駄な脂肪はついていないし、仄かに筋肉質で、身長もあるのでファッションモデルでもできそうな美しい体型だった。
「(今日は、いつもとコース変えてみるか)」
五キロのコース。
少し気分を変えたくて少し道を変えてみた。
此処は地元なので少し変えただけでは迷うことはない。
少し走っていると、向こうから真っ白でフワフワな大型犬二匹を連れた、これまた身長の大きな痩躯の青年が歩いてきたが、年格好は柚子とそんなに変わらないくらいか。
「(おお、バレーとか、バスケとか上手そう)」
そんなことを思って通り過ぎようとしていると、二匹の大型犬がまさか柚子に飛びついた!
「おわ?!」
「わぁ!!す、すみません!!こら、エマ、アル!!」
「(び、びっくりしたぁ)」
心臓が急なことに驚いてバクバクと鼓動する。
その後、飼い主の大男が大きな体躯をこれでもか、と折って低姿勢で謝罪してくるものだから、こちらが悪いことをしたような気分になってしまった。
「ワンちゃん、かわいいですね」
「いやぁ、かわいいけど、二匹ともやんちゃで……。すみません」
「触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
柚子も実は犬好きである。
彼女が飼い主の大男に許可を得てサモエドと言うらしい大型犬を交互に二匹とも撫でてやると、二匹は耳を後ろに倒したりして満足げだったし、フワフワの綿毛みたいな二匹を触れて柚子も満足だった。
「お姉さんは犬飼ってないんですか?」
「うん。でも、可愛いな」
「また会えたら遊んでやってください!」
なんだか、その男も大型犬に見えて可愛い。
人懐っこい笑みの彼は控えめに会釈をして、エマとアルというサモエドを連れて去って行った。
「(可愛かったな)」
それはサモエド二匹に対してなのか、それとも。
柚子はまた少し走って、自宅に帰るとシャワーをしに風呂場に向かい、汗を流して新しい制服に着替えてからリビングに向かう。
リビングには両親が既にいて、父はテレビ前のソファーに座り新聞を読み、母は忙しなく朝食の支度をしている。
「おはよう」
「柚子、おはよう」
「おはよう!柚子ちゃん」
ほっとする。
両親は傍にいるとそんな感じのする人たちだ。
柚子は母の手伝いをしにキッチンに入り、まもなく出来た朝食を三人で囲って食べていると、父が少しソワソワした様子で口を開いた。
「柚子」
「うん?」
「……もう無理しなくていいからな」
「……うん」
それでも、父の優しさのせいで心の澱みがまた増していくような気がした。
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