第一章:一学期①



 四月二十三日。
 一年と三年の交流として合同練習が午前中にあり、一年と三年は指定された教室でそれぞれ着替えて体育館に集まっていた。
 全員が集まると、男女それぞれで三年バレー部がエキシビジョンとして技を披露し、一年からは歓声が上がる。
 柚子は一応全国レベルのバレー選手だったが、中学と高校ではやはり少し違うと思い、感慨深く、そして、この選手たちの放つボールが恐ろしくもあった。

 一番盛り上がったのは、男子バレー部の正セッターがトスしたボールを主将でエースの詩哉がスパイクを打った後だった。
 その迫力もさることながら、スパイクが決まった後に柚子に向かって投げキッスを放ったのだ。
 詩哉は女性口調だが、見た目はと言うと所謂イケメン、という部類に入る顔の整った男なので女性人気がそこそこあるらしい。
 投げキッスが放たれた時、一年、三年女子から大絶叫が飛んだのだ。
 柚子、そして武瑠、桔梗はそんな詩哉にそれぞれの思惑から顔を顰めたのだが、そんな三人など露知らず、詩哉だけが上機嫌だった。

 そんな上機嫌な詩哉の暴走は、止まらなかった。

「若狭柚子ちゃん、いらっしゃい」
「?」

 突然名指しされ、困惑したまま男子コートまで向かう柚子。
 この時、この上機嫌な男が何を言い出すのか、怖くて、恐ろしくて、足が震えた。

「貴女、ジャンプサーブ出来るわよね?」
「え、で、出来ますけど……」
「打って頂戴」
「え?!」

 そして、ボールを一つ渡してくる詩哉。
 柚子は突然の彼の発言に、嫌な予感が当たってしまいあの時と同じように身体が硬直し始める。

「で、出来ません……」
「だぁいじょうぶ。あたしが受け止めてあげる」

 武瑠や桔梗、美波が心配そうに見ている中、柚子の頭に大きな温かい手が触れた。

「大丈夫よ」

 なんだが、この先輩に任せておけば大丈夫な気がして、柚子は「……分かりました、やります」と詩哉とはネットを隔てた反対側のコートに入って行った。
 そして、ボール掴んだ手を詩哉のコート側に向けると、宣言した。

「詩さんの後ろにいる人、死にたくなかったら退いた方がいいですよ」

 詩哉の後方にいた男子たちはぎょっとしてそそくさとその場から離れていく。
 それがまるで十戒のようで、柚子は少しおかしかった。

「(大丈夫、大丈夫)」

 柚子は自分に言い聞かせながら、コートのエンドラインから少し外側に歩き、またコートに向かって、息を吐く。
 そして、高くボールを放ち、柚子は勢いよくジャンプしてボールを詩哉側のコートに向かって打った。
 そのボールは真っ直ぐ勢いよく詩哉の元に飛んでいき、誰もが取れない、と思った、が。そのボールの勢いを消し去るように詩哉は綺麗にレシーブした。

「チャンスボール!!」

詩哉が声を上げた。
彼がレシーブしたボールは柚子のコートに綺麗に稿を描いて入っていく。
柚子は、自然に身体が動き、スパイクの動作に入り……。

スパイクしたボールは綺麗に詩哉のコートに放たれた。

「はぁ、はぁ……」

 拍手喝采。
 柚子の息は上がり、鼓動は早くなる。

「大丈夫だったでしょ?」

 ニコニコ上機嫌の詩哉を柚子はぎっと睨んだ。
 しかし、それは、ただの負けず嫌いだった。

「最後の取れましたよね」
「さぁ、どうだったかしら?」

 不機嫌ながらも詩哉に好感度を抱く柚子。
 そして、上機嫌の詩哉。

 それを察知した武瑠は、柚子があの先輩に盗られる、と本能的に思った。



 翌朝。
 武瑠が登校すると、昇降口に桔梗がいた。

「若草君、ちょっといい?」
「?はい、いいですけど」

 二人はこの間四人でサボりをしたあの踊り場に向かった。

「……お姫様をオネエさんに盗られた気分は?」

 武瑠は自分の柚子に対する気持ちに気付かれていることに驚いたが、桔梗がそうくるのなら武瑠にも思うところがあった。

「……王子様をお姫様に盗られた気分は?」

 桔梗はカッと顔を赤らめて武瑠を睨む。
 武瑠は、何となく桔梗が詩哉に恋心を抱いているのではないかと思っていた。
 それでいて、詩哉も桔梗を想っていると思っていたから柚子と昨日みたいな交流をしている詩哉がよく分からない。

「ふ、だとすれば、わたしはさながら悪役令嬢ね」
「あんたたちは両想いじゃなかったんですか?」
「そんなわけないでしょ。でも、」

 桔梗は女子にしては切れ長な瞳に涙を溜めた。

「あいつは、わたしの王子様だと思ってたのに……」

 桔梗は、その場に泣き崩れた。
 武瑠はそんな桔梗が何故か放っておけず、彼女が泣き止むまで傍に寄り添うことにした。

 そして、本当に詩哉に柚子を盗られるんじゃないかと言う恐怖が襲ってきたが、肝心の柚子の心だけが読めないので、どうすることもできない。
 柚子が、詩哉に恋心を抱くきっかけにならなかったとは言い難い、昨日の出来事。

「(でも、現時点で柚子ちゃんは俺の恋人ではない)」

 武瑠は詩哉の今後の動向が恐ろしい。
 自分も恋破れて、桔梗のように泣き崩れるのだろうか。


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