序章


 ピンポーン。
 結婚二年目、新婚の若草わかくさ夫妻の元に、日曜日、突然、知人がやってきた。
 訪問者は早乙女詩哉さおとめうたや。若草夫妻の高校時代の二年先輩だ。
 若草夫妻や後輩たち、友人たちには『うたさん』と呼ばれている一癖も二癖もある男である。

「詩さん、いらっしゃい!どうしたん急に」

 玄関に向かったのは新妻の柚子ゆず。最近、エプロン姿が様になっている。
 そんな柚子に対して、詩哉は段ボールの荷物を玄関先に置いてから、新婚である彼女を抱きしめる、という暴挙に至り、柚子は突然のことに驚き「ひゃ?!」っと声を上げる。

「どうした、柚子ちゃ、ん……って、詩さん何してんや!!」

 リビングから出てきた柚子の夫、武瑠たけるはその光景にぎょっとする。が、そんなに慌ててもいないし、怒ってもない。

「聞いて!あたし、桔梗ききょうと結婚するの!!」
「「え、遅くない?今更?」」
「今更ってなによぅ!」

 詩哉は口調や仕草が女性寄りだが、しかし、恋愛対象はしっかり女性である。
 桔梗と言うのは詩哉の幼馴染で婚約者で、若草夫妻の二年先輩であり、夫妻は彼女に色んな意味で世話をされ、世話をした仲だ。
 まあ、若草夫妻が世話をした割合の方が多いかもしれない。

「いや、嬉しいのは分かるけど、その勢いで柚子ちゃんに抱き着くのやめて」
「うふふ!つい!」
「いや、ついじゃないんだわ」
「ふふ。またあの子を悲しませちゃうわね、こういう事をしていると」

 分かっているなら、やめればいいのに。とは思ったが、あえて口に出さなかった。
 その言葉は、過去の彼すら傷つけてしまうから。
 まぁ、詩哉は元々そのキャラクターのせいかスキンシップが多くてもそんなに咎められたりはしないのだが、詩哉の幼馴染で婚約者の桔梗はヤキモチをやくと少々めんどくさい。

「あ、そうそう、これ、うちの農園で採れたお野菜ね。お米はまだあるかしら?」
「あと一か月はもちそうやで」
「そう、じゃあ、またラインして頂戴」
「ありがとお。桔梗先輩にもよろしく」

 詩哉と桔梗の実家は農家で、詩哉の実家は主に柿と野菜、桔梗の実家は主に米を作っていて、若草夫妻は米は購入する形で、野菜は頂く形でおすそ分けしてもらっている。
 詩哉と桔梗の祖父の代からの付き合いの両家は彼らが交際に発展したあの秋、共にお祭り騒ぎだったらしい。
 それほどに周りから祝福された彼らの恋。
 ようやく結婚と言う形に落ち着いたことを若草夫妻は祝福した。

「おめでとうは言うけど、もう柚子ちゃんにスキンシップすんのやめてや」
「いやん、いけず。まあ、うちのお姫様が妬いちゃうものね」

 うふふ!と幸せそうな詩哉は用事は済んだから帰るといってリビングにも上がらず帰って行った。

「相変わらず嵐みたいな人」
「あの人らはハリケーン夫婦やな」

 初めて桔梗に会った時も、彼女は嵐のような人だと思ったものだった。
 ふふふ。と笑い合う武瑠と柚子。

「ねぇ、武瑠。夕飯何する?」
「うーん、野菜いっぱいもらったし、今日寒いし、ポトフ食べたいな」
「よし、じゃあ、ハンバーグとポトフや」

 休日の夕飯は二人で作って食べることに決めている、若草夫妻。
 結婚して二年になるが、同棲は大学入学時からしているのでもうかなり二人でいる時間は長い。

 不意に、二人は思い出した。
 嵐のような先輩二人に振り回された、あの高校一年の日々を。

「いろいろあったね」
「俺、あの頃柚子ちゃんは詩さんと結婚すると思ってた」
「なんでなん。私、あんた一筋やのに」

 ふふふ。
 思い出すとなんだかおかしい。
 しかし、あの日々はかけがえのないとても大切な思い出だ。
 柚子と武瑠、詩哉や桔梗ですら心は子供だった、あの日々。
切なくてやるせなくて、つらい思いもしたけど、四人とも、自身の今の最愛をより愛せたのは、あの日々のお陰だった。

.
1/1ページ
スキ