雨と姫
断ってしまった。
折角春雨さんが、声をかけてくれたのに。
でも、実際会うと、あんな素敵な人の隣でいていいのが私なわけがないって思ったんだ。
私は、何の肩書きもない、平々凡々な女子高生。
春雨さんの隣に相応しいのは、きっと何処かのお嬢様かお姫様。
私は、あの日、恋をした。
春雨さんたちが初めてうちのカフェに来た日。
熱を帯びた視線を受けて熱に魘されてしまった。
ライブでもイベントでも見た事あったのに、あれから、春雨さんの事が、忘れられない。
「桜子~、お客さんよ~」
「は~い」
とりあえずお客さんの前では春雨さんの事は忘れよう。
って、思ってたのに。
「……よう」
「あ……、春雨さん」
まさか想ってた人物が来るとは思わないじゃない?
ちなみに、カフェと家は併設されてるから、それで来てくれたんだろ思う。
今日は奇跡的にまともな部屋着だったからホッとしたけど、心臓は鳴りやまない。
「ちょっと、話、いいか?」
「え?は、はい」
春雨さんは母に、「すぐ送ってきますので」と紳士的な微笑みの爆弾を投下した。
母、陥落。目がハートになっちゃった……。
母親世代までメロメロにする春雨さん、恐るべし。
そんな人に、同級生の私が、志季帝学園のみんなが、その他の人々が、惹かれないわけがない。
私たちはうちの家から近い公園に向かった。
沈黙が続いていたけど、心地いい。
ベンチに座ってから春雨さんの買ってくれたオレンジジュースのプルタブを開ける。春雨さんはブラックコーヒーの缶を開けた。なんだか大人だな……。
「あのさ、単刀直入に言うけど、春姫になるの、嫌か?」
これ、翻訳すると「俺の彼女になるの嫌か?」なんだよな。
私は『四季姫』のボーカルになりたくて志季帝学園の門をくぐった。
ギターも、お金貯めて買って掻き鳴らしたい。
でも、私なんかは。
「私なんかは、春雨さんの恋人にはなれません」
ピクリ。
春雨さんの右の眉が一瞬跳ねた。
「……お前は、俺の何が不満なの」
「私は、一般庶民だし」
「でも、志季帝学園の生徒になった。誇るべきだ」
ああ、もう。
「……なんで、私なんですか?」
貴方を好きな女の子なんてごまんといるのに。
春雨さんは、ふっと笑った。
その笑顔が魅力的で、もっと見たいと思ってしまった。
「恋なんて、頭で考えてするもんじゃねぇよ」
「……」
貴方に愛されるのならどれほど嬉しい事だろう。
愚かな私を忘れてほしい、愚かな私を抱きしめてほしい。
その極端な考えが、私を惑わせる。
「わかった。じゃあ、此処で歌え」
「え?」
「お前、『四季姫』の曲に歌詞つけたんだろ」
「え、知って、たんですか……」
「じいさんから聞いた」
私は、観念してある一曲をアカペラで歌い始めた。
全部、全部、貴方への想いだよ、春雨さん。
憧れと、羨望と、そして、恋情。
熱のこもった満足げな貴方の顔は、たぶん一生忘れないんだろうなぁ。
「やっぱり、お前を春姫にしたい」
「わ、私でいいんですか?」
「お前がいい」
一曲歌い終わった私の右手に春雨さんはギターピックを握らせた。
街灯の明かりで輝くのは、ピンク色の桜の花びらモチーフの刻印。
「これは、春の帝、蒼帝である俺のシンボルマークだ。桜子、お前の名前とお揃いだな」
私はこの人のこの幸せそうな笑顔を見たくて生きてきたのかもしれない。
私は、その日から春姫になった。
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