「ん？ ………おっ！」
突然表情を凍りつかせた幸子の視線の先を追うように振り返った黒尾は、配膳口で棒立ちになっている谷地の姿を認めた。
幸子と谷地はどうすればいいのか解らないと言うように、互いを見つめあったまま絶句していた。
「――～ッ、ああっ！」
先に行動(リアクション)を起こしたのは幸子。
短い悲鳴をあげ、バフッと黒尾の胸に顔を埋める。彼女の耳はリンゴよりも赤い。
まずはとてつもない羞恥に苛まれているであろう幸子の背中に回していた腕の先。大きな手を後頭部に添え安心させながら、黒尾は余所行きの笑みを浮かべて谷地に話しかけた。
「あー…君さ、烏野のマネージャーだよね？」
「は、はぃいいっ！そうですー！」
シャキーンと棒立ちになっていた谷地が明らかに怯えた様子で返事をした。
「悪いんだけどさ、今見たコト…３人だけの秘密にしといて貰えるかな。――俺達と、君だけの」
そうして幸子をチラリと見やり、愛想笑いのまま続ける。
「俺の彼女、スゲー恥ずかしがり屋なんだよね」
「勿論です！綺麗さっぱり忘れました!!」
パニックの谷地は即答だ。
「悪ぃね。助かるよ」
「では私はこれにて失礼致します。お邪魔致しましたでございます！」
動揺して妙な口調になった谷地は嵐のように去っていった。
配膳口には置きっぱなしのエプロンが…。