ズカズカとやかましい靴音を立てながら近づいてきた木兎は、なぜか憤慨した様子で澤村に詰め寄った。
対する澤村は落ち着いたもので、軽い微笑みを浮かべ応対する。
「別に抜け駆けなんてしてないよ」
「ほら、澤村さんもしてないって言ってるじゃないですか。木兎さんの勘違いですよ」
「え、あ、そ、そう…？」
追いついて来た赤葦は手慣れたものだ。
あっという間に木兎を言いくるめてしまった。
さっきまでの勢いは何処へやら。素直な木兎は赤葦の言葉に首を捻りながらも頷く。
「気が済んだ所で早く食堂に行きましょう」
「あ、ああ。そうだな。メシ食わねえとな」
幸子と澤村に「お騒がせしました」と軽く頭を下げ、赤葦は頭にハテナを浮かべたままの木兎を連れて去って行った。
「何だか凄まじかったな」
「…嵐みたいだったね」
「言えてる」
「おやおやおや？新ゴミ捨て場の決戦ですか～？」
顔を見合わせた２人の背後で別の声。
振り返らなくとも幸子にはすぐに声の主が解った。
「合宿中に他校のマネージャーに声かけてるなんて、烏野は随分余裕だな」
両手を腰に充てた黒尾がニヤリとした笑みを浮かべて立っている。
「ははは、そんなんじゃないさ」
「じゃ、こんなトコで何やってんだー？」
黒尾の声音は一見いつもの調子に聞こえるが――
「夕飯の時間終わりそうだし鉄朗を呼びに行く所だったの。そうしたら廊下で澤村くんと逢って、ちょっと雑談してただけ」
「ならこんな所で油売ってないで、さっさとメシ食い行こうぜ。どうせお前も俺を待って夕飯まだなんだろ？」
「う、うん…っ」
やっぱりバレてる。
「そうか。それなら木梨さんも早く食堂行った方がいいよ」
「ありがとう、そうする。また明日ね、澤村くん」
澤村に小さく手を振り小走りに黒尾の許へ寄る。
黒尾は何も言わずに澤村を一瞥し、幸子が隣に来ると連れ立って食堂へ歩き出した。
「また明日ね、か」
呟いた澤村はあの時と同じように遠ざかる幸子の背中を見つめていた。