イタリア郊外。ボンゴレファミリーの膝下である ある田舎街。
そんなのどかな街の薄暗い路地裏で２人の男が対面していた。
「話が違う！！」
金髪を刈り込んだ短髪の男が興奮したように声を荒げる。そのただならぬ雰囲気で、一見して穏やかな話でない事が伺えた。
「はて。そんな約束した覚えはありませんが？」
彼の叫びなど何とも思わないという様に、Ｄ・スペードは残酷な笑みを浮かべて短髪の男を見据えた。
「では、我々フィッティッツィオファミリーの未来はどうなる!?」
「知りませんねぇ。弱小ファミリーごときの存在など、強きボンゴレの前では何の価値もない」
興奮していた男の顔が、見る間に青ざめていく。デイモンはその変化すら楽しんでいるように、更に口角を上げた。
「ヌフフ…恨むなら易々と利用された自分達の愚かさを恨みなさい。…では私はこれで」
「おのれ…Ｄ・スペード！ただではすまさんぞ！」
男の怒号のような叫び声がＤ・スペードの背中を追っていった。

街にある小さなカフェ。
デイモンの足は自然にそこへと向かっていた。
静かで客も少なく、じっくりと戦略を謀るにはもってこいの場所なのだ。
(これでまた、エレナの夢に一歩近づきましたね)
満足そうにカフェの扉を開けようと手を伸ばすと、扉は自動的に開いた。
「！」
もちろん扉がひとりでに開くなど有り得ず、誰かが内側から扉を開けたのだと気づいた。
カフェから現れたのは若い女。そのアイスブルーの瞳は忘れようにも忘れること叶わず――‥
「幸子…！」
愛しき女。エレナの遺志を継ぎ強きボンゴレの為に動くデイモンの心に咲いた一輪の花。
幸子に運命を感じた刹那 それは無惨にも打ち砕かれた。
彼女はボンゴレファミリー雲の守護者であるアラウディの婚約者であった。
幸子を手に入れる為にアラウディを亡きものにしようと何度考えた事か。
しかしボンゴレ最強の守護者である彼を今ここで失う訳にはいかない。デイモンは血の涙を流し、幸子への想いを封印したのだ。
(全くもって忌々しい雲です)
「デイモンさん…？」
自分を見つめたまま動かないデイモンに、幸子は不思議そうに声をかける。
ハッとしたデイモンは 直ぐに笑顔を取り繕った。
「ヌフフ…なんでもありません。少し考え事をしていました」
「そう…ですか」
と安心したように笑う幸子の笑顔はやはり太陽よりも眩しい。
「それより…なぜここへ？アラウディは一緒ではないのですか？」
「アラウディには内緒で来てるの。ここのフロランタン…美味しいから彼にも食べさせたくて」
心の奥から渦巻いてくる闇を押し込めるように、デイモンは偽りの笑顔を貼り付けた。
「そこまであなたに思われているアラウディは幸せですね」
「そんな…」
「ヌフフフ。顔が赤いですよ、幸子」
「デイモンさんが変な事言うから…っ」
両手を頬に充てる幸子に微笑み、デイモンは先を続けた。
「さあ、早くお帰りなさい。アラウディが心配します」
「ええ。デイモンさんもごゆっくり」
幸子は軽く会釈すると、フロランタンの入っているであろう紙袋を抱え、幸せそうな顔で去って行った。
「全ては…強きボンゴレの為……」
己に言い聞かせるように小さく呟いた。