声をかけてきたのは男だった。
帽子を被り眼鏡をかけた背の高い男。
今は己の正面に向いた幸子の顔を、ニタニタと覗き込んでいる。
「ヌフ♪驚いちった？」
幸子はあまりの事に返す言葉を失い、ただただ男を見上げていた。
誓ってもいい。周囲を見渡した時、間違いなく人影はなかった。
なのにこの男は、まるで魔法でも使ったかのように、突然幸子の目の前に現れたのだ。
「えっ…どこから…」
「そんな事よりさ～、オレちんとデートしない？」
「デ、デート？」
「そう。ムギュッとピタッと寄り添って～」
と、男が幸子の肩を抱きよせようと手を伸ばすが、その肩にのったヒバードは、まるで幸子を守るように動かない。
「ん～？なんだこの鳥」
「ヒ、ヒバードっ」
「ほ～ら、早くどっかに行っちまいな」
「ヒバード、私は大丈夫だから…。恭弥のところに戻って」
ヒバードをはたこうとする男から守るように、幸子は肩の上のヒバードを指にのせる。諭すように言うと、ヒバードは幸子の言葉を理解したのか、飛び去った。
よかった。これでヒバードは安心だ。
「ヌフ♪そんなにオレちんと２人きりになりたかったの？ほ～んっと、カワイイ～」
「やっ……」
再び男の手が幸子へと伸びる。しかし、男の手は幸子に触れることなく寸前で止められた。
男はそのまま周囲の様子を伺うようにしていたが、小さく舌打ちすると、手を引っ込めておどけたように告げる。
「ありゃ～残念。邪魔が入っちったみたいだね」
「邪魔…？」
「今度オレちんとゆっくりデートしよ～ねん♪木梨幸子ちゃん」
「!?」
なぜ、私の名前を…？
そう口にするより早く男の姿は消え、コツコツという足音と共に見覚えのある女性が現れた。
「木梨幸子」
「あっ…」
「一緒に来てもらうわ」
それは鈴木アーデルハイトだった。