キッチンには食欲をそそる香りが漂っていた。
一時間程前から取りかかっていたそれは、あとはじっくりと煮込めば完成だ。
雲雀が出かけてから 結局一睡も出来なかった。
それならばと幸子は起床を決め、料理を始めたのだ。
「いい匂いがするな」
背後から声をかけられて振り返ると、草壁がキッチンの入口に立って微笑んでいた。
「草壁くん、おはよう」
「おはよう 幸子さん。随分早起きだな」
「うん。なんだか目が冴えちゃって…」
困ったように微笑むと、草壁は「そうか」と相槌を打って近づいてきた。
雲雀が最も信頼を置く部下である彼は、無論 雲雀が既に出かけた事も知っているだろう。
「朝から随分と精のつくものを作ったな」
と草壁はフライパンの中の煮込みハンバーグを見た。
「うん、ちょっと気合い入れすぎちゃった」
小さく笑った幸子だったが、すぐに真顔に戻り草壁に尋ねた。
「ねえ、草壁君。恭弥…、沢田君達と一緒に行くんじゃないの？」
「あ、ああ。そうなんだ。恭さんには別の任務があってな」
「そっか…」
と俯く幸子。草壁は言葉を選びながら、しかし的確な励ましをくれる。
「…恭さんなら心配いらない。すぐに戻るさ」
「うん、そう…だよね」
瞬時に汲み取ってくれる草壁の気遣いが心に染み入ると同時に 気遣わせてしまった心苦しさを感じる。
心の中でひとつ頷いて、幸子は明るく言った。
「恭弥が戻ったら一緒にハンバーグ食べてね」
「ありがとう。そいつは楽しみだ」
見交わして小さく笑いあうと、どこか張りつめていた空気が少しだけ普段に近づいた気がした。
「沢田君達はいつ出撃するのかな。見送りに行きたいんだけど…」
「それなら急いでボンゴレアジトに行こう。出撃まであまり時間はない」
「う、うん…！」
幸子は頷くと、つけていたエプロンを外した。