ピグマリオン
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「へえ! ドイツにも寿司屋ってあるんだな」
「でも全然違うよ。向こうの人って醤油ドバドバ付けるし」
「へい、炙りエンガワ一丁!」
舌の上でとろけるエンガワを堪能したのち、名前は熱いお茶を啜った。沢田綱吉への挨拶もとい視察という第一の目的は果たしたので、あとはのんびり帰国するだけだ。学院長が何を思って自分をわざわざ日本に送ったのか、その真意は読めなかったが、まあ休暇と言って差し支えないだろう。せっかくならば日本にしかないものを満喫しようと入った寿司屋に、たまたま沢田綱吉のファミリーがいるとは想定していなかったが。カウンターの向こうによく似た笑顔が並んでいる。なるほど、沢田家でも感じたことだが親子は表情からして似るものなんだな。名前はしみじみ思った。
「おじさん、次太刀魚の漬けと芽ねぎお願いします」
「あいよっ! 嬢ちゃん渋いねえ」
「うちは玉子も自信あるぜ。よかったら食べてってくれよ」
「じゃあ玉子も追加で」
山本が「まいど!」と歯を見せて笑った。底抜けに爽やかでいやらしくないものだから、マフィアより客商売の方が向いているのではないかと思わずにはいられなかった。十年後には確か、あの男と並んでボンゴレ二大剣豪と呼ばれるまでに至ったはず。あの男――言うまでもなく名前の神経を逆撫でする銀髪の剣士である。
「ゔお゛ぉい! 山本武はいるかあ!?」
そう、ちょうどこんなやかましいがなり声のあの男――
名前は勢いよく振り返った。長髪を振り回す黒ずくめの男が、竹寿司の引き戸を叩きつけるように押し入った。片手にはビチビチと跳ねる魚の尾をがっしり掴んでいる。扉越しとはいえ、同業者の気配に気付かないなど名前は内心頭を抱えた。自分の気が抜けているのを、裏社会では異様な雰囲気をまとう十代目ファミリーのせいにするつもりもない。
「おっ」
「げっ」
「名前じゃねえかぁ。お前も任務帰りか?」
「隣に座らないで。ボンゴレに挨拶しにきただけ」
スクアーロは大将と目が合うと「土産だ」と持参した鰹を渡した。一メートル近くあるだろう大物だった。名前はその光景を未来で見た気がした。あのときはミルフィオーレによるボンゴレ狩りでまともに飛行機や船が出せなかったから、無理やり漁船に乗り込んだんじゃなかったのか。その鰹の入手経路は不明だが(わざわざ聞く気にもならない)、未来と同じなら漁師がつくづく不憫でならない。
スクアーロはそのまま名前の隣の席に腰を下ろす。山本は特段気にすることもなく、慣れた様子で湯呑みを差し出した。大将も快く受け取った差し入れを仕舞い込んだのち、注文された握りを三つ彼女の前に並べた。
「二人とも仲良いんだな」
「まあな」
「正気?」
「つうかそれなんだ。草じゃねえか」
「芽ねぎ知らないの? お寿司では結構見るでしょ」
「食ったことねえなぁ。大将、俺にも同じものを」
山本の父は「あいよ!」とまた軽快に握り始めた。親子揃っておおらかにも程がある。店の奥の固定電話が鳴り響き、テーブルを拭いていた山本が走って取りに行く。途中でくだけた口調になったあたり、常連客からのようだった。
「オヤジ、二丁目の井上さん。ネタはいつも通りおまかせだって」
「あそこの出前はいっつも急だな。前もって言ってくれりゃあ、仕込みだって変わってくるもんだが」
「まあまあ、うちの寿司を気に入ってくれてるんだからいいじゃねえか」
どこにでもいる親子の会話をBGMに、名前は玉子を口に運んだ。店の息子が勧めるだけある。隣で「悪くねえなぁ」と芽ねぎの握りを頬張る男がいなければ、きっともっと美味しく感じただろう。男はそのまま「酒は何を置いてる」とお品書きを物色し始める。図体がデカければ態度もデカい。
現にカウンター用の小さな椅子では無駄に長い脚が収まりきらないらしく、股を大きく開く羽目になっていた。おかげでしばしば彼の脛が名前の脚に当たっていた。その度に彼女はスクアーロの足を軽く蹴る。靴に暗器を仕込んでこなかったことが心残りだった。
「酷な話だね。沢田も山本もどの世界でも生きていけるだろうに」
「足を踏み入れたのはコイツら自身だぁ。甘ったれの小僧とはいえ、一度この俺を負かせたからには今更後戻りできるわきゃねえ」
「好き好んで殺しの道に進んだ人にはわからないでしょうよ」
「お前は違うってのか」
「そうだよ」
名前は隣を見向きもせずすんなりと答えた。スクアーロはその横顔に目を細める。同じだ。感傷も悔恨もなく、事実のみを見据える彼女のその目。スクアーロの戦い方に、つまりは生き様に真っ向から疑問符を突きつけたあの月夜と同じ顔をしていた。
「武ー、ちょっくら配達してくるから店番頼むな」
「おう。わかった」
山本の父は漆喰の寿司桶を片手に勝手口を出ていった。配達先はやはり近所なのだろう、軽い車輪が地面を滑る音が外から聞こえた。
名前がちらとそれを確認し漫然と湯呑みを置いた瞬間、山本は既に背負っている竹刀に手をかけていた。彼女のリボルバーが衝撃で震えるのと、振るわれた竹の刀身から真剣が現れたのはほとんど同時だった。名前は驚きで目を見張る。彼も綱吉同様、つい最近まで普通の中学生だったはずだ。
「すごいな」
「っぶねー。店壊すと親父に怒られちまうからさ」
「ゔおぉい、何だ今の蝿が止まるようなモーションは。手抜いてんじゃねえ」
「この時期に十代目の守護者が暗殺されたなんて笑えないでしょ」
それに――名前はカウンター越しの少年を見る。弾を弾いた後のあの構えは、鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)の入りによく似ていた。連射もある銃相手に、分かりやすく有効な対処のひとつだった。しかもその判断が速い。考えるよりも先に身体が動かなければ説明のつかない対応だ。身体に染み付くほどの――
先程会った小さなヒットマンと、隣に座っている声の大きな剣士の顔が浮かぶ。
「期待されてるんだね」
「まだまだなってねえがなぁ」
「なんでスクアーロが返事すんだよ」
「というか、お前は何しにきたの」
「日本で任務があってなぁ。ついでにこのガキの剣が鈍ってねえか見にきた。店からお前の気配がしたときはまさかとは思ったがなぁ」
お猪口を小さく揺らしながらスクアーロは山本を見た。いつのまにかカウンターの端に並んでいた日本酒を手酌で煽っている。無断である。飲み慣れない和酒で悪酔いして吐けばいいのに、と名前は呪詛を込めた。その視線を何やら勘違いしたのか、スクアーロは徳利を掲げようとした。名前は無言で首を横に振る。
「日本の法律では酒はハタチから」
「ドイツでは何歳からだ?」
「16」
「ここは何処だぁ」
「日本」
「へえー、国によって違うんだな」
山本の着眼点は例によって少しズレていた。その間にも二人の小競り合いは続いている。
「お前行く先々で律儀に法なんて守ってんのかぁ」
「万が一警察に絡まれたら面倒でしょ」
「全員三枚におろしてやれば問題ねえ」
「本当に暗殺部隊の人間? 隠密行動とかできるの?」
「舐めてんのかあ!」
夜に生きるはずの男女が喧しく言い合っているさまを、山本は「やっぱ仲良いんだなあ」と眺めた。出前から帰ってきた父親が勝手口から顔を覗かせる。目が合うと二人はよく似た穏やかな表情で肩をすくめた。
それから山本の父が握る寿司を堪能したスクアーロは、アガリをいただいていた名前の腕を引いて立ち上がる。鼻歌でも歌い出しそうな有様だった。
「ちょっと!」
「会計は一緒でいい」
「いらん、自分で払う」
山本の父はオッと伊達男の顔を見た。対照的に名前は眉間に皺を寄せている。スクアーロも似たような顔をしていた。彼の顔には心底理解できないと書いてある。彼にとっては常識だったからだ。しかし彼女にも彼女の常識がある。
「女に出させるわけねえだろうが」
「上司でもパートナーでもない奴に出させるほど困ってない」
「言ってろガキ。大将、釣りはとっとけ。美味かったぜぇ」
「まいど!」
「離せってば!」
「小僧! 野球なんぞにうつつを抜かして稽古を疎かにしたら叩っ斬ってやるからなあ!」
「心配すんなって。ちゃんと両立するさ」
「それが甘いつってんだあ!」
「いい加減離せ! あとうるさい!」
抵抗する名前を抱え込みながらガミガミと説教がましく叫んで、スクアーロは竹寿司を出ていった。名前はずっと引きずられていた。
「でも全然違うよ。向こうの人って醤油ドバドバ付けるし」
「へい、炙りエンガワ一丁!」
舌の上でとろけるエンガワを堪能したのち、名前は熱いお茶を啜った。沢田綱吉への挨拶もとい視察という第一の目的は果たしたので、あとはのんびり帰国するだけだ。学院長が何を思って自分をわざわざ日本に送ったのか、その真意は読めなかったが、まあ休暇と言って差し支えないだろう。せっかくならば日本にしかないものを満喫しようと入った寿司屋に、たまたま沢田綱吉のファミリーがいるとは想定していなかったが。カウンターの向こうによく似た笑顔が並んでいる。なるほど、沢田家でも感じたことだが親子は表情からして似るものなんだな。名前はしみじみ思った。
「おじさん、次太刀魚の漬けと芽ねぎお願いします」
「あいよっ! 嬢ちゃん渋いねえ」
「うちは玉子も自信あるぜ。よかったら食べてってくれよ」
「じゃあ玉子も追加で」
山本が「まいど!」と歯を見せて笑った。底抜けに爽やかでいやらしくないものだから、マフィアより客商売の方が向いているのではないかと思わずにはいられなかった。十年後には確か、あの男と並んでボンゴレ二大剣豪と呼ばれるまでに至ったはず。あの男――言うまでもなく名前の神経を逆撫でする銀髪の剣士である。
「ゔお゛ぉい! 山本武はいるかあ!?」
そう、ちょうどこんなやかましいがなり声のあの男――
名前は勢いよく振り返った。長髪を振り回す黒ずくめの男が、竹寿司の引き戸を叩きつけるように押し入った。片手にはビチビチと跳ねる魚の尾をがっしり掴んでいる。扉越しとはいえ、同業者の気配に気付かないなど名前は内心頭を抱えた。自分の気が抜けているのを、裏社会では異様な雰囲気をまとう十代目ファミリーのせいにするつもりもない。
「おっ」
「げっ」
「名前じゃねえかぁ。お前も任務帰りか?」
「隣に座らないで。ボンゴレに挨拶しにきただけ」
スクアーロは大将と目が合うと「土産だ」と持参した鰹を渡した。一メートル近くあるだろう大物だった。名前はその光景を未来で見た気がした。あのときはミルフィオーレによるボンゴレ狩りでまともに飛行機や船が出せなかったから、無理やり漁船に乗り込んだんじゃなかったのか。その鰹の入手経路は不明だが(わざわざ聞く気にもならない)、未来と同じなら漁師がつくづく不憫でならない。
スクアーロはそのまま名前の隣の席に腰を下ろす。山本は特段気にすることもなく、慣れた様子で湯呑みを差し出した。大将も快く受け取った差し入れを仕舞い込んだのち、注文された握りを三つ彼女の前に並べた。
「二人とも仲良いんだな」
「まあな」
「正気?」
「つうかそれなんだ。草じゃねえか」
「芽ねぎ知らないの? お寿司では結構見るでしょ」
「食ったことねえなぁ。大将、俺にも同じものを」
山本の父は「あいよ!」とまた軽快に握り始めた。親子揃っておおらかにも程がある。店の奥の固定電話が鳴り響き、テーブルを拭いていた山本が走って取りに行く。途中でくだけた口調になったあたり、常連客からのようだった。
「オヤジ、二丁目の井上さん。ネタはいつも通りおまかせだって」
「あそこの出前はいっつも急だな。前もって言ってくれりゃあ、仕込みだって変わってくるもんだが」
「まあまあ、うちの寿司を気に入ってくれてるんだからいいじゃねえか」
どこにでもいる親子の会話をBGMに、名前は玉子を口に運んだ。店の息子が勧めるだけある。隣で「悪くねえなぁ」と芽ねぎの握りを頬張る男がいなければ、きっともっと美味しく感じただろう。男はそのまま「酒は何を置いてる」とお品書きを物色し始める。図体がデカければ態度もデカい。
現にカウンター用の小さな椅子では無駄に長い脚が収まりきらないらしく、股を大きく開く羽目になっていた。おかげでしばしば彼の脛が名前の脚に当たっていた。その度に彼女はスクアーロの足を軽く蹴る。靴に暗器を仕込んでこなかったことが心残りだった。
「酷な話だね。沢田も山本もどの世界でも生きていけるだろうに」
「足を踏み入れたのはコイツら自身だぁ。甘ったれの小僧とはいえ、一度この俺を負かせたからには今更後戻りできるわきゃねえ」
「好き好んで殺しの道に進んだ人にはわからないでしょうよ」
「お前は違うってのか」
「そうだよ」
名前は隣を見向きもせずすんなりと答えた。スクアーロはその横顔に目を細める。同じだ。感傷も悔恨もなく、事実のみを見据える彼女のその目。スクアーロの戦い方に、つまりは生き様に真っ向から疑問符を突きつけたあの月夜と同じ顔をしていた。
「武ー、ちょっくら配達してくるから店番頼むな」
「おう。わかった」
山本の父は漆喰の寿司桶を片手に勝手口を出ていった。配達先はやはり近所なのだろう、軽い車輪が地面を滑る音が外から聞こえた。
名前がちらとそれを確認し漫然と湯呑みを置いた瞬間、山本は既に背負っている竹刀に手をかけていた。彼女のリボルバーが衝撃で震えるのと、振るわれた竹の刀身から真剣が現れたのはほとんど同時だった。名前は驚きで目を見張る。彼も綱吉同様、つい最近まで普通の中学生だったはずだ。
「すごいな」
「っぶねー。店壊すと親父に怒られちまうからさ」
「ゔおぉい、何だ今の蝿が止まるようなモーションは。手抜いてんじゃねえ」
「この時期に十代目の守護者が暗殺されたなんて笑えないでしょ」
それに――名前はカウンター越しの少年を見る。弾を弾いた後のあの構えは、鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)の入りによく似ていた。連射もある銃相手に、分かりやすく有効な対処のひとつだった。しかもその判断が速い。考えるよりも先に身体が動かなければ説明のつかない対応だ。身体に染み付くほどの――
先程会った小さなヒットマンと、隣に座っている声の大きな剣士の顔が浮かぶ。
「期待されてるんだね」
「まだまだなってねえがなぁ」
「なんでスクアーロが返事すんだよ」
「というか、お前は何しにきたの」
「日本で任務があってなぁ。ついでにこのガキの剣が鈍ってねえか見にきた。店からお前の気配がしたときはまさかとは思ったがなぁ」
お猪口を小さく揺らしながらスクアーロは山本を見た。いつのまにかカウンターの端に並んでいた日本酒を手酌で煽っている。無断である。飲み慣れない和酒で悪酔いして吐けばいいのに、と名前は呪詛を込めた。その視線を何やら勘違いしたのか、スクアーロは徳利を掲げようとした。名前は無言で首を横に振る。
「日本の法律では酒はハタチから」
「ドイツでは何歳からだ?」
「16」
「ここは何処だぁ」
「日本」
「へえー、国によって違うんだな」
山本の着眼点は例によって少しズレていた。その間にも二人の小競り合いは続いている。
「お前行く先々で律儀に法なんて守ってんのかぁ」
「万が一警察に絡まれたら面倒でしょ」
「全員三枚におろしてやれば問題ねえ」
「本当に暗殺部隊の人間? 隠密行動とかできるの?」
「舐めてんのかあ!」
夜に生きるはずの男女が喧しく言い合っているさまを、山本は「やっぱ仲良いんだなあ」と眺めた。出前から帰ってきた父親が勝手口から顔を覗かせる。目が合うと二人はよく似た穏やかな表情で肩をすくめた。
それから山本の父が握る寿司を堪能したスクアーロは、アガリをいただいていた名前の腕を引いて立ち上がる。鼻歌でも歌い出しそうな有様だった。
「ちょっと!」
「会計は一緒でいい」
「いらん、自分で払う」
山本の父はオッと伊達男の顔を見た。対照的に名前は眉間に皺を寄せている。スクアーロも似たような顔をしていた。彼の顔には心底理解できないと書いてある。彼にとっては常識だったからだ。しかし彼女にも彼女の常識がある。
「女に出させるわけねえだろうが」
「上司でもパートナーでもない奴に出させるほど困ってない」
「言ってろガキ。大将、釣りはとっとけ。美味かったぜぇ」
「まいど!」
「離せってば!」
「小僧! 野球なんぞにうつつを抜かして稽古を疎かにしたら叩っ斬ってやるからなあ!」
「心配すんなって。ちゃんと両立するさ」
「それが甘いつってんだあ!」
「いい加減離せ! あとうるさい!」
抵抗する名前を抱え込みながらガミガミと説教がましく叫んで、スクアーロは竹寿司を出ていった。名前はずっと引きずられていた。