ピグマリオン
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「名前さんって、未来でXANXUSの部下だった……」
「そうらしいよ」
「軽っ!」
「あと呼び捨てでいいよ」
綱吉と合流してからは、ラ・ナミモリーヌという洋菓子店で手土産のケーキを購入し、沢田家へと上がり込んでいた。綱吉の母、つまりは家光の妻であるママンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、名前はすっかり寛いでいた。あの人は一般人のようだ。ボンゴレの直系でありながら、ギリギリまで後継者争いに巻き込むまいと奮闘した門外顧問の気持ちが少しだけ分かった気がした。
「名前さ……名前はオレに会いにわざわざ日本まで?」
「継承式当日は君も忙しいだろうし、休暇も兼ねてね」
「わ、悪いけど継承式は断るつもりなんだ。オレはボンゴレ十代目を継ぐ気はないから」
「へっ?」
思わず名前は目を丸くした。争いを好まない性格なのは察していたが、十代目最有力候補のXANXUSを破った時点でその覚悟はできているものだとばかり思っていたのだ。というよりも、XANXUSと争ったあのリング争奪戦こそが次のボスを決める決闘であり、儀式の側面もあったはずだ。選ばれた者としての覚悟が彼を強くしたわけではないのか? 家庭教師の容赦ない跳び蹴りを食らう綱吉に、名前は身を乗り出して問うた。
「皮肉とかじゃなく聞きたいんだけど、じゃあなんで戦えるの? ちょっと前まで一般人だったのに」
「それは……」
綱吉はええっと、だのオレにも分からない部分もあるんだけど、だの言い淀んでから、それでも最後には顔を上げて、まっすぐ名前を見透した。
「大切な仲間や友達と、ずっと笑っていられる日常を守りたいから」
「日常……」
「そりゃ戦わなくていいならそれに越したことはないよ! いっつも気付いたらとんでもないことに巻き込まれててさ……」
「まだそんな甘っちょろいこと言ってやがる。多少強くなったところでまだまだダメツナだな」
「ちょっ、名前の前でそんな呼び方するなよ!」
この師弟はずっとこの調子らしい。名前はそれをぼんやり眺めてから、フルーツタルトの底の生地にフォークを突き刺した。ばらばらの破片になったタルト生地をフォークの刃先で拾い集めて、口に運んだ。バターと卵の風味が鼻に抜けた後、小麦の舌触りがやけにざらざらと感じられた。
「名前ちゃん、お夕飯も食べていったら?」
「いえ、突然お邪魔した身ですからお気持ちだけで」
奈々は残念がりながらも、またいつでも遊びに来てちょうだいね、と名前の両手を握った。息子が女子の友達を連れてきたことが母親としては嬉しいらしい。その勢いに押されつつも、ここでわざわざ否定するのも憚られるので、名前はハイとだけ取ってつけたような返事をした。任務以外で堅気の人間と関わるのが久しぶりすぎて、この距離の詰められ方が適当なのか彼女には判断できなかった。毒気を抜かれるどころの話ではない。
「もう帰国するのか?」
「発つのは明日の昼の便だね。今夜はホテル取ってある」
「そうか、気をつけて帰れよ。わかってるだろうが、継承式が近付くにつれてボンゴレと敵対する組織も日本をうろちょろしてやがる」
「そうなのー!?」
「叫んでばかりで忙しそうだな、君」
名前は小さく口角を上げた。嘲笑とはまた違う、思わずこぼれてしまった自然な笑みだった。ツナはそれを見て、なぜか無性に安心した。
「明日も学校だから見送りはできないけど、会いにきてくれてありがとう。話せてよかったよ」
綱吉は眉尻を下げて笑った。名前は社交辞令か皮肉かと眉を顰めた。しかしそれにしてはあまりにも拙い。十代目を継ぐどころか、裏社会に関わるのも嫌がる少年が自分と話せてよかったという。
名前が即座に反応できずにいると、リボーンはやはり赤ん坊らしからぬ日草でニヒルに笑った。
「わかってねーな。これがツナなんだぞ」
街へ消えていく彼女の後ろ姿を見送りながら、綱吉は両腕を伸ばしながら長く息を吐いた。敵でも初対面でもないにしろ、相手は年上の女性だ。どうしても緊張してしまう部分はある。
「案外普通っぽい人だね、この時代の名前って」
「お前ら同様、まだまだガキだからな。ツナのダメさ加減にはほとほと呆れてたみたいだが」
「ダメダメ言うなよ! ガキって、落ち着いてるように見えたけどな。しかも暗殺学校のエース? 既にめちゃ強なんだろ?」
「実力は確かだ。だが足りねぇものもある。オレみたいに超優秀な家庭教師でもついてたら話は違うんだろうがな」
「なんだそれ、偉そうに」
「アイツにはとっては日常が戦場なんだ。上官や部下はいても、仲間や友達はいない。守るべき拠り所がない。教育機関なんて言えば聞こえはいいが、名前の育った環境はそういう場所だ。ウザがられようが何だろうが、お前みたいな奴が気にかけておいてやれ」
リボーンはボルサリーノの鍔を引いた。名前もまだまだ発展途上で可能性の塊だ。戦闘スタイルも考え方も身の振り方も、今のツナの周りにはあまりいないタイプだ。雲雀や骸のように、できることならツナのファミリーか、そうでなくてもいい刺激となるライバルとして身近にいてほしい存在だった。
しかし横たわる大きな障害が一つ。ロットバルトからの『脱出』――。こればかりは現状、リボーンやツナが手出しできる状態ではない。確かロットバルトはボンゴレ本部やCEDEFからも依頼を承り、長年友好関係を築いていたはずだ。現に継承式にも学院長と名前が正式に招待されている。友好的な交渉の末、名前をボンゴレ側に引き抜けるのがベストだ。しかしそれも今日の彼女の話を聞くに現実的なのだろうか?
『八割以上が学院長の私兵。それ以外はほとんどがフリーの殺し屋。でもすぐに消されてる』
「あの未来」では一体どんな手を使ったのか。リボーンは先程までそこに座っていた少女の輪郭を思い出していた。不可能とも思える状況を打破できるとしたら、やはりアイツらなのかもしれないな。そう結論付けて、リボーンは宿題に取り掛かろうとしないツナの後頭部を蹴り上げた。
「そうらしいよ」
「軽っ!」
「あと呼び捨てでいいよ」
綱吉と合流してからは、ラ・ナミモリーヌという洋菓子店で手土産のケーキを購入し、沢田家へと上がり込んでいた。綱吉の母、つまりは家光の妻であるママンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、名前はすっかり寛いでいた。あの人は一般人のようだ。ボンゴレの直系でありながら、ギリギリまで後継者争いに巻き込むまいと奮闘した門外顧問の気持ちが少しだけ分かった気がした。
「名前さ……名前はオレに会いにわざわざ日本まで?」
「継承式当日は君も忙しいだろうし、休暇も兼ねてね」
「わ、悪いけど継承式は断るつもりなんだ。オレはボンゴレ十代目を継ぐ気はないから」
「へっ?」
思わず名前は目を丸くした。争いを好まない性格なのは察していたが、十代目最有力候補のXANXUSを破った時点でその覚悟はできているものだとばかり思っていたのだ。というよりも、XANXUSと争ったあのリング争奪戦こそが次のボスを決める決闘であり、儀式の側面もあったはずだ。選ばれた者としての覚悟が彼を強くしたわけではないのか? 家庭教師の容赦ない跳び蹴りを食らう綱吉に、名前は身を乗り出して問うた。
「皮肉とかじゃなく聞きたいんだけど、じゃあなんで戦えるの? ちょっと前まで一般人だったのに」
「それは……」
綱吉はええっと、だのオレにも分からない部分もあるんだけど、だの言い淀んでから、それでも最後には顔を上げて、まっすぐ名前を見透した。
「大切な仲間や友達と、ずっと笑っていられる日常を守りたいから」
「日常……」
「そりゃ戦わなくていいならそれに越したことはないよ! いっつも気付いたらとんでもないことに巻き込まれててさ……」
「まだそんな甘っちょろいこと言ってやがる。多少強くなったところでまだまだダメツナだな」
「ちょっ、名前の前でそんな呼び方するなよ!」
この師弟はずっとこの調子らしい。名前はそれをぼんやり眺めてから、フルーツタルトの底の生地にフォークを突き刺した。ばらばらの破片になったタルト生地をフォークの刃先で拾い集めて、口に運んだ。バターと卵の風味が鼻に抜けた後、小麦の舌触りがやけにざらざらと感じられた。
「名前ちゃん、お夕飯も食べていったら?」
「いえ、突然お邪魔した身ですからお気持ちだけで」
奈々は残念がりながらも、またいつでも遊びに来てちょうだいね、と名前の両手を握った。息子が女子の友達を連れてきたことが母親としては嬉しいらしい。その勢いに押されつつも、ここでわざわざ否定するのも憚られるので、名前はハイとだけ取ってつけたような返事をした。任務以外で堅気の人間と関わるのが久しぶりすぎて、この距離の詰められ方が適当なのか彼女には判断できなかった。毒気を抜かれるどころの話ではない。
「もう帰国するのか?」
「発つのは明日の昼の便だね。今夜はホテル取ってある」
「そうか、気をつけて帰れよ。わかってるだろうが、継承式が近付くにつれてボンゴレと敵対する組織も日本をうろちょろしてやがる」
「そうなのー!?」
「叫んでばかりで忙しそうだな、君」
名前は小さく口角を上げた。嘲笑とはまた違う、思わずこぼれてしまった自然な笑みだった。ツナはそれを見て、なぜか無性に安心した。
「明日も学校だから見送りはできないけど、会いにきてくれてありがとう。話せてよかったよ」
綱吉は眉尻を下げて笑った。名前は社交辞令か皮肉かと眉を顰めた。しかしそれにしてはあまりにも拙い。十代目を継ぐどころか、裏社会に関わるのも嫌がる少年が自分と話せてよかったという。
名前が即座に反応できずにいると、リボーンはやはり赤ん坊らしからぬ日草でニヒルに笑った。
「わかってねーな。これがツナなんだぞ」
街へ消えていく彼女の後ろ姿を見送りながら、綱吉は両腕を伸ばしながら長く息を吐いた。敵でも初対面でもないにしろ、相手は年上の女性だ。どうしても緊張してしまう部分はある。
「案外普通っぽい人だね、この時代の名前って」
「お前ら同様、まだまだガキだからな。ツナのダメさ加減にはほとほと呆れてたみたいだが」
「ダメダメ言うなよ! ガキって、落ち着いてるように見えたけどな。しかも暗殺学校のエース? 既にめちゃ強なんだろ?」
「実力は確かだ。だが足りねぇものもある。オレみたいに超優秀な家庭教師でもついてたら話は違うんだろうがな」
「なんだそれ、偉そうに」
「アイツにはとっては日常が戦場なんだ。上官や部下はいても、仲間や友達はいない。守るべき拠り所がない。教育機関なんて言えば聞こえはいいが、名前の育った環境はそういう場所だ。ウザがられようが何だろうが、お前みたいな奴が気にかけておいてやれ」
リボーンはボルサリーノの鍔を引いた。名前もまだまだ発展途上で可能性の塊だ。戦闘スタイルも考え方も身の振り方も、今のツナの周りにはあまりいないタイプだ。雲雀や骸のように、できることならツナのファミリーか、そうでなくてもいい刺激となるライバルとして身近にいてほしい存在だった。
しかし横たわる大きな障害が一つ。ロットバルトからの『脱出』――。こればかりは現状、リボーンやツナが手出しできる状態ではない。確かロットバルトはボンゴレ本部やCEDEFからも依頼を承り、長年友好関係を築いていたはずだ。現に継承式にも学院長と名前が正式に招待されている。友好的な交渉の末、名前をボンゴレ側に引き抜けるのがベストだ。しかしそれも今日の彼女の話を聞くに現実的なのだろうか?
『八割以上が学院長の私兵。それ以外はほとんどがフリーの殺し屋。でもすぐに消されてる』
「あの未来」では一体どんな手を使ったのか。リボーンは先程までそこに座っていた少女の輪郭を思い出していた。不可能とも思える状況を打破できるとしたら、やはりアイツらなのかもしれないな。そう結論付けて、リボーンは宿題に取り掛かろうとしないツナの後頭部を蹴り上げた。