ピグマリオン
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少女はここらでひと際星に近い建物の屋上から、スコープ越しに小さな宿屋を見下ろしていた。タイル貼りの宿屋の死角には彼女と同じ、闇夜の色を纏った少女が二人控えている。宿屋から髭をたくわえた男が脂汗を滲ませて飛び出してくる。その瞬間が最期だった。名前の放った銃弾が脳幹を貫き、潜んでいた部下二人が音もなく彼の身柄を捉え、灯りのない路地へ消えていった。他の仲間に無線で撤退を指示してから、名前は溜め息をついて振り返った。冷たい夜の風に銀色が揺れる。その長さ、そして光を反射するその色はどこまでも暗殺に不向きなのではないかと彼女は思った。
「なんで行く先々であなたがいるわけ」
「分かり切ってることをわざわざ聞きてえか」
「今は忙しい時期だと思うんだけどね。暇なの?」
「お前も招待されてるのかぁ」
「私と学院長だけね」
彼女が言及したのは開催まであと一週間の、ボンゴレ十代目ボスの継承式のことだった。そうだ、考えてもみれば彼らがその件で忙しいはずもない。次期十代目のために進んで動くとは思えなかった。なんせ未来の同僚が、わざわざ拠点に反対の意思表示の旗を掲げるくらいだ。名前は人差し指で額を軽く叩いた。どうも以前から彼らを前にすると、要らぬ警戒が余計な隙を生んでいる気がする。
スクアーロは彼女の中指に、先日は無かったものが嵌められていることに気付いた。ボンゴレリングやマーレリング、ヴァリアーリングに比べれば使われている材質こそ劣るだろうが、この時代ではまだほとんど流通していない、死ぬ気の炎を灯すことに特化したリングだ。銀の台座に、縦長のオーバルカットの石が埋め込まれている。カラーはやはりヴァイオレット。どうやら自分が渡した物は実践で使われているらしい。スクアーロは口角を吊り上げた。
「未来から全く新しい兵器と戦術が送り込まれたとはいえ、裏社会全体で見ればまだまだ発展途上だぁ。それが使いこなせるならお前の敵はそういないだろうぜぇ」
「悠長だね……。天下のボンゴレ視点だとそういうことになるのかな」
「あと二年もすればお前もボンゴレだろうがぁ」
「ミルフィオーレ亡き今、あの未来の通りになるとは限らないでしょ。決めつけないで」
「何にイラついてんだぁ」
名前は返事をしなかった。スクアーロはこのガキ、と思わないでもなかったが、いつも相手している某王子の方が余程面倒だ。彼に比べれば目の前の少女など、牙を覗かせるだけの猫のようなものだ。少女らしくぷりぷりと怒っていても可愛らしいだけだ。だから――スクアーロは抱えていた疑問を、何の遠慮もなくぶつけてみることにした。彼にあったのは好奇心と関心、そして少しのお節介。つまりは興味本位そのものである。
「お前、恋人はいるか?」
「……は?」
「尊敬する奴は。逆に殺したいほど恨んでる奴は。命を懸けられるほどの誇りや忠義、信仰なんかはあるか」
名前の白けた顔を気にもせず、スクアーロは続けた。そうだ、今の彼女が兵隊としては優秀でも、一端の暗殺者として生き抜くには決定的に欠けているものがある。
「身のこなし、判断力、技の精度、その歳にしちゃあ悪くねえ。だが、強い意思――そのために目の前の敵をぶちのめしてやろうっつう原動力がお前からは微塵も感じねえ」
二人の間を強い風が吹き抜けた。眼下に広がる小さな町には人っこ一人、車一台も通っていない。町まるごと眠りの魔法にかけられたようだった。瞳に月光の鋭さを反射するのは、名前とスクアーロの二人だけ。一瞬、名前は年相応に隠していなかった不機嫌さを忘れた。教科書を読み上げるように、校歌を誦じるように、「ただそういうものとしてある事実」を目の前の大男に講釈垂れてやろうと思ったのだ。
「期待されていたマフィアのボスのお嬢さん。学院長に陶酔していた優等生。親の仇敵を探し続けていた先輩。こういう人たちだよ、任務で真っ先に死んでいったのは。……今のあなたたちのことも調べた。未来で見たことも踏まえて、私も聞きたい。武器の射程も搦め手もない、幻術を使えるわけでもないあなたが、なぜ一人で戦うのか」
そんなのは非効率だ、強い者こそ徒党を組むべきだ、と名前は思う。
ナイフとワイヤー使いで手数の多いベルフェゴール。雷撃隊を率いるレヴィ。幻術使いのマーモン、フラン。ルッスーリアは格闘家でこそあれど、晴属性の特性から後方支援に回る機会も多い。そんななかで、彼だけが、スクアーロだけが旧時代の騎士道じみた戦いをしている。
武器は剣。義手に仕込み火薬があると言えど、所詮目眩しだ。次期十代目の守護者のように手足がわりに扱えるほどの火力と数を仕込んでいるはずもない。宙を泳ぐように飛び回る匣兵器があるとしても、一対多数では圧倒的に不利だ。二代目剣帝、二大剣豪。大層立派な肩書きだが、歩兵は数を揃えてこそ脅威なのだ。だから――
彼女はスナイパーライフルを担いで歩み寄った。顔を上げなければ目線さえ合わない大男を相手に、真っ向からガンつけた。
「教えてよ。強い意思とやらが何を助くと言うの」
ヴァリアー幹部にして作戦隊長、S・スクアーロ。ロットバルト女学院高等部二年にして首席、名前。彼の好きな言葉は「誇り」。彼女の好きな言葉は「大義」。交わることのない視線が今、初めて交わった。
「なんで行く先々であなたがいるわけ」
「分かり切ってることをわざわざ聞きてえか」
「今は忙しい時期だと思うんだけどね。暇なの?」
「お前も招待されてるのかぁ」
「私と学院長だけね」
彼女が言及したのは開催まであと一週間の、ボンゴレ十代目ボスの継承式のことだった。そうだ、考えてもみれば彼らがその件で忙しいはずもない。次期十代目のために進んで動くとは思えなかった。なんせ未来の同僚が、わざわざ拠点に反対の意思表示の旗を掲げるくらいだ。名前は人差し指で額を軽く叩いた。どうも以前から彼らを前にすると、要らぬ警戒が余計な隙を生んでいる気がする。
スクアーロは彼女の中指に、先日は無かったものが嵌められていることに気付いた。ボンゴレリングやマーレリング、ヴァリアーリングに比べれば使われている材質こそ劣るだろうが、この時代ではまだほとんど流通していない、死ぬ気の炎を灯すことに特化したリングだ。銀の台座に、縦長のオーバルカットの石が埋め込まれている。カラーはやはりヴァイオレット。どうやら自分が渡した物は実践で使われているらしい。スクアーロは口角を吊り上げた。
「未来から全く新しい兵器と戦術が送り込まれたとはいえ、裏社会全体で見ればまだまだ発展途上だぁ。それが使いこなせるならお前の敵はそういないだろうぜぇ」
「悠長だね……。天下のボンゴレ視点だとそういうことになるのかな」
「あと二年もすればお前もボンゴレだろうがぁ」
「ミルフィオーレ亡き今、あの未来の通りになるとは限らないでしょ。決めつけないで」
「何にイラついてんだぁ」
名前は返事をしなかった。スクアーロはこのガキ、と思わないでもなかったが、いつも相手している某王子の方が余程面倒だ。彼に比べれば目の前の少女など、牙を覗かせるだけの猫のようなものだ。少女らしくぷりぷりと怒っていても可愛らしいだけだ。だから――スクアーロは抱えていた疑問を、何の遠慮もなくぶつけてみることにした。彼にあったのは好奇心と関心、そして少しのお節介。つまりは興味本位そのものである。
「お前、恋人はいるか?」
「……は?」
「尊敬する奴は。逆に殺したいほど恨んでる奴は。命を懸けられるほどの誇りや忠義、信仰なんかはあるか」
名前の白けた顔を気にもせず、スクアーロは続けた。そうだ、今の彼女が兵隊としては優秀でも、一端の暗殺者として生き抜くには決定的に欠けているものがある。
「身のこなし、判断力、技の精度、その歳にしちゃあ悪くねえ。だが、強い意思――そのために目の前の敵をぶちのめしてやろうっつう原動力がお前からは微塵も感じねえ」
二人の間を強い風が吹き抜けた。眼下に広がる小さな町には人っこ一人、車一台も通っていない。町まるごと眠りの魔法にかけられたようだった。瞳に月光の鋭さを反射するのは、名前とスクアーロの二人だけ。一瞬、名前は年相応に隠していなかった不機嫌さを忘れた。教科書を読み上げるように、校歌を誦じるように、「ただそういうものとしてある事実」を目の前の大男に講釈垂れてやろうと思ったのだ。
「期待されていたマフィアのボスのお嬢さん。学院長に陶酔していた優等生。親の仇敵を探し続けていた先輩。こういう人たちだよ、任務で真っ先に死んでいったのは。……今のあなたたちのことも調べた。未来で見たことも踏まえて、私も聞きたい。武器の射程も搦め手もない、幻術を使えるわけでもないあなたが、なぜ一人で戦うのか」
そんなのは非効率だ、強い者こそ徒党を組むべきだ、と名前は思う。
ナイフとワイヤー使いで手数の多いベルフェゴール。雷撃隊を率いるレヴィ。幻術使いのマーモン、フラン。ルッスーリアは格闘家でこそあれど、晴属性の特性から後方支援に回る機会も多い。そんななかで、彼だけが、スクアーロだけが旧時代の騎士道じみた戦いをしている。
武器は剣。義手に仕込み火薬があると言えど、所詮目眩しだ。次期十代目の守護者のように手足がわりに扱えるほどの火力と数を仕込んでいるはずもない。宙を泳ぐように飛び回る匣兵器があるとしても、一対多数では圧倒的に不利だ。二代目剣帝、二大剣豪。大層立派な肩書きだが、歩兵は数を揃えてこそ脅威なのだ。だから――
彼女はスナイパーライフルを担いで歩み寄った。顔を上げなければ目線さえ合わない大男を相手に、真っ向からガンつけた。
「教えてよ。強い意思とやらが何を助くと言うの」
ヴァリアー幹部にして作戦隊長、S・スクアーロ。ロットバルト女学院高等部二年にして首席、名前。彼の好きな言葉は「誇り」。彼女の好きな言葉は「大義」。交わることのない視線が今、初めて交わった。