ピグマリオン
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深い森の中を、木から木へ飛び移る複数の影があった。スカートが、髪が翻る。その姿は可憐といっても差し支えない。制服の下から見えるのが防刃タイツ、そして主枝を蹴り飛ばしている足元がコンバットブーツであるところに目を瞑れば。彼女たちの装いに年相応のおしゃれや流行りの要素はなく、あるのは突き詰めた機能美のみであった。
先頭を進んでいた少女が左手を上げて合図をした。続く少女たちがすぐに止まる。先頭の彼女――名前が口を開いた。
「先に戻って報告を。私の客みたいです」
「なんだぁ。ちっとは鼻が効くみてえだなぁ」
率いていた部下たちを先に行かせると、名前は木から地上へ降りた。任務が終わって学院に帰還するところで、こんな厄介な人たちに捕まるとは。目前に立ち塞がる彼らは有名人だ――あのボンゴレの独立暗殺部隊・ヴァリアー。たとえ有名でなくても、名前は彼らを知っている。とある未来の記憶で、何の因果か自分は彼らの仲間だった。ボスのXANXUSと同じく幹部だったフランは不在で、代わりに藍のアルコバレーノがベルフェゴールの腕に抱えられていた。
「お前が名前だな。分かってるだろうから単刀直入に言うが、ウチにスカウトにし来た」
「ワイヤー陣を張ったのはベルフェゴール? すごいね、女の子だったらこっちがスカウトしたいくらい」
「こんくらい余裕。オレ王子だし」
名前が懐から短刀を取り出し、学院の方向に向かって投げる。微かに張り巡らされたワイヤーの切れる音が聞こえた。
自分の動向を予測した上で出向いたんだろう。名前の任務先から学院までの帰還ルートを算出し、学院周辺にワイヤーとナイフのトラップを仕掛けておいたのだろう。先ほどわざわざ一度部下たちを止まらせたのも、ワイヤーに気付かせるためだった。あのまま突っ込んで一網打尽にされては客の前で面目が立たない。
「断ったら?」
「結果は変わらねえ。痛めつけて連れていくだけだ」
「おー怖。でも約束しちゃってるからなあ」
「約束?」
名前は懐から一枚の紙を取り出した。スクアーロたちに掲げるのと同時に、紙面に橙色と紫の炎がそれぞれ灯る。
「あの死炎印は……!」
「ちょうど昨日、わざわざ任務先にCEDEFが来てくれたよ。どっちも独自に動いてたみたいだね。でも今回こんなに正確に足取りを捕捉されたのは初めて。最初から依頼自体が、ボンゴレが学院に紛れ込ませてきた罠だったのかな」
結果として名前の指摘は概ね当たっていた。CEDEFがロットバルトに高ランクの暗殺を複数ルートを経由して依頼し、名前が出てくるのを待っていたというわけだ。交渉するにも勧誘するにも、セキュリティレベルの高い学院を正面から攻略するより、その方が余程勝算がある。
スクアーロは先手を取られた、と舌打ちした。CEDEF――門外顧問機関には沢田綱吉同様未来で戦ったバジルがいる。ヴァリアーと本部の今後に関わる懸念事項を彼は見逃していなかったらしい。
あの二つ並んだ死炎印、片方の大空の炎は紛れもなく九代目のもの。もう一つの雲の炎は彼女のものだ。二人の間で契約が成立したことを示している。
学院を卒業するまで、ヴァリアーへの入隊を認めないと。
「家光め……」
「これじゃあ簡単に手出しできないじゃないの!」
「未来の私は、なんかイレギュラーだったみたいで。ボンゴレとしても時間が欲しいみたいよ」
「どーすんの隊長。これ詰んでね?」
「とんだ無駄足だったね」
「ちょっと黙ってろぉ! 名前、卒業まであとどれくらいだぁ」
「今二年生だから、来年度末かな。でも卒業後に入隊するかわからないよ。もっといい就職先があれば他に行くし」
「いいや、そうはならねえ」
スクアーロは肩に剣を担ぎ、自信満々に言い放った。そして片手でポケットをまさぐり、名前に向かって投げ渡した。名前が反射的に受け取ると、掌に収まる小箱――匣が日光を反射した。未来の自分が使っていたもの同様、ヴァリアーの紋章が刻まれている。中央におさまっている石の色はヴァイオレット。
「遅かれ早かれお前は必ずヴァリアーに入る。これはお前のモンだぁ、渡しておく」
「……根拠のない決断は嫌い。知ったような口を聞かないで」
名前は顔を歪めた。スクアーロたちと対峙して初めて、感情を表に出した瞬間だった。
結局、未来の幹部候補を連れ帰ることはできず、スクアーロたちは行き同様プライベートジェットに乗り込んだ。収穫らしい収穫は、この時代の名前とコンタクトを取れたことくらいに思われた。レヴィは鼻息荒く嘆いた。
「手ぶらで帰るなぞ、ボスに合わせる顔が無い! 今からでもあの女を拘束してでも……!」
「それお前が興味あるだけだろスケベジジイ」
「でもホントによかったの? 彼女を大人しく帰しちゃって」
ルッスーリアの問いに、スクアーロは脚を組んでクツクツ笑った。
「アイツも迂闊だったなあ。馬鹿正直に本部と交わした内容まで教えてくるなんて」
上空から外を見下ろせば、鬱蒼とした森に取り囲まれた城塞――学院を一望できた。私立ロットバルト女学院。表向きには超名門女子高、その実態は暗殺者育成機関。中高一貫の全寮制。暗殺依頼は関係各所から申し受けたものをランクに応じて兵隊たち、つまりは生徒たちがチームを組んで請け負う。
手っ取り早く追い払うためとはいえ、迂闊にも程がある。お陰で謎に包まれていた学院の中身も少しは窺い知ることができた。彼女は口を滑らせてたわけでも、油断していたわけでもない。あったのは甘さだ。
「味方だった」という未来の記憶から、敵対し切れなかったに違いない。まだ17やそこらだ。敵や標的にはどこまでも非情になれても、身内だった経験のあるスクアーロたち相手に、つい喋らなくていいことまで漏らした。
この調子なら、やりようはいくらでもある。スクアーロは頬杖をついて、毛を逆立てる猫を思い出していた。
先頭を進んでいた少女が左手を上げて合図をした。続く少女たちがすぐに止まる。先頭の彼女――名前が口を開いた。
「先に戻って報告を。私の客みたいです」
「なんだぁ。ちっとは鼻が効くみてえだなぁ」
率いていた部下たちを先に行かせると、名前は木から地上へ降りた。任務が終わって学院に帰還するところで、こんな厄介な人たちに捕まるとは。目前に立ち塞がる彼らは有名人だ――あのボンゴレの独立暗殺部隊・ヴァリアー。たとえ有名でなくても、名前は彼らを知っている。とある未来の記憶で、何の因果か自分は彼らの仲間だった。ボスのXANXUSと同じく幹部だったフランは不在で、代わりに藍のアルコバレーノがベルフェゴールの腕に抱えられていた。
「お前が名前だな。分かってるだろうから単刀直入に言うが、ウチにスカウトにし来た」
「ワイヤー陣を張ったのはベルフェゴール? すごいね、女の子だったらこっちがスカウトしたいくらい」
「こんくらい余裕。オレ王子だし」
名前が懐から短刀を取り出し、学院の方向に向かって投げる。微かに張り巡らされたワイヤーの切れる音が聞こえた。
自分の動向を予測した上で出向いたんだろう。名前の任務先から学院までの帰還ルートを算出し、学院周辺にワイヤーとナイフのトラップを仕掛けておいたのだろう。先ほどわざわざ一度部下たちを止まらせたのも、ワイヤーに気付かせるためだった。あのまま突っ込んで一網打尽にされては客の前で面目が立たない。
「断ったら?」
「結果は変わらねえ。痛めつけて連れていくだけだ」
「おー怖。でも約束しちゃってるからなあ」
「約束?」
名前は懐から一枚の紙を取り出した。スクアーロたちに掲げるのと同時に、紙面に橙色と紫の炎がそれぞれ灯る。
「あの死炎印は……!」
「ちょうど昨日、わざわざ任務先にCEDEFが来てくれたよ。どっちも独自に動いてたみたいだね。でも今回こんなに正確に足取りを捕捉されたのは初めて。最初から依頼自体が、ボンゴレが学院に紛れ込ませてきた罠だったのかな」
結果として名前の指摘は概ね当たっていた。CEDEFがロットバルトに高ランクの暗殺を複数ルートを経由して依頼し、名前が出てくるのを待っていたというわけだ。交渉するにも勧誘するにも、セキュリティレベルの高い学院を正面から攻略するより、その方が余程勝算がある。
スクアーロは先手を取られた、と舌打ちした。CEDEF――門外顧問機関には沢田綱吉同様未来で戦ったバジルがいる。ヴァリアーと本部の今後に関わる懸念事項を彼は見逃していなかったらしい。
あの二つ並んだ死炎印、片方の大空の炎は紛れもなく九代目のもの。もう一つの雲の炎は彼女のものだ。二人の間で契約が成立したことを示している。
学院を卒業するまで、ヴァリアーへの入隊を認めないと。
「家光め……」
「これじゃあ簡単に手出しできないじゃないの!」
「未来の私は、なんかイレギュラーだったみたいで。ボンゴレとしても時間が欲しいみたいよ」
「どーすんの隊長。これ詰んでね?」
「とんだ無駄足だったね」
「ちょっと黙ってろぉ! 名前、卒業まであとどれくらいだぁ」
「今二年生だから、来年度末かな。でも卒業後に入隊するかわからないよ。もっといい就職先があれば他に行くし」
「いいや、そうはならねえ」
スクアーロは肩に剣を担ぎ、自信満々に言い放った。そして片手でポケットをまさぐり、名前に向かって投げ渡した。名前が反射的に受け取ると、掌に収まる小箱――匣が日光を反射した。未来の自分が使っていたもの同様、ヴァリアーの紋章が刻まれている。中央におさまっている石の色はヴァイオレット。
「遅かれ早かれお前は必ずヴァリアーに入る。これはお前のモンだぁ、渡しておく」
「……根拠のない決断は嫌い。知ったような口を聞かないで」
名前は顔を歪めた。スクアーロたちと対峙して初めて、感情を表に出した瞬間だった。
結局、未来の幹部候補を連れ帰ることはできず、スクアーロたちは行き同様プライベートジェットに乗り込んだ。収穫らしい収穫は、この時代の名前とコンタクトを取れたことくらいに思われた。レヴィは鼻息荒く嘆いた。
「手ぶらで帰るなぞ、ボスに合わせる顔が無い! 今からでもあの女を拘束してでも……!」
「それお前が興味あるだけだろスケベジジイ」
「でもホントによかったの? 彼女を大人しく帰しちゃって」
ルッスーリアの問いに、スクアーロは脚を組んでクツクツ笑った。
「アイツも迂闊だったなあ。馬鹿正直に本部と交わした内容まで教えてくるなんて」
上空から外を見下ろせば、鬱蒼とした森に取り囲まれた城塞――学院を一望できた。私立ロットバルト女学院。表向きには超名門女子高、その実態は暗殺者育成機関。中高一貫の全寮制。暗殺依頼は関係各所から申し受けたものをランクに応じて兵隊たち、つまりは生徒たちがチームを組んで請け負う。
手っ取り早く追い払うためとはいえ、迂闊にも程がある。お陰で謎に包まれていた学院の中身も少しは窺い知ることができた。彼女は口を滑らせてたわけでも、油断していたわけでもない。あったのは甘さだ。
「味方だった」という未来の記憶から、敵対し切れなかったに違いない。まだ17やそこらだ。敵や標的にはどこまでも非情になれても、身内だった経験のあるスクアーロたち相手に、つい喋らなくていいことまで漏らした。
この調子なら、やりようはいくらでもある。スクアーロは頬杖をついて、毛を逆立てる猫を思い出していた。