Love me, love my dog.
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ッ! ……今のどうですか?」
「四秒八九。五秒の壁はデカそうだな」
「あーー! もう一回お願いします!」
「うっし来い!」
ジャスティスタワー高層階ヒーロー専用フロアには、シュテルンビルトのヒーローが全員集結していた。低い壁で仕切られたその一角で、珍しい組み合わせの二人が向かい合って、何やら熱く盛り上がっていた。
タワーに着いたばかりのバーナビーは、ベンチに座り手裏剣を磨くイワンに声をかけた。
「バイソンさんたちは何を?」
「能力の特訓だそうです。ドッグさんの」
「特訓?」
「四秒六三」「もう一回!」と繰り返す二人をBGMに、バーナビーはイワンの隣に腰掛けた。
名前の能力「NEXT能力の無効化」は彼女が対象に触れている間しか発揮されない。更に言えば、既に発動された能力の効果を遡って消し去ることはできない。例えば、名前が触れている間はブルーローズは氷を操れないが、触れられる前に生み出した氷は消えることはなくそのまま残る。
「触れている間だけってところがネックらしくて、触れなくても無効化できるよう特訓しているみたいです」
「なるほど」
二人をよく見れば、確かに名前はアントニオの体に触れていない。「もう一回!」「よし来た!」
アントニオが能力を発動、皮膚が鋼鉄のように硬くなる。すかかず名前も力を込め、能力を発動する。アントニオが自分の皮膚が通常状態に戻ったことを確認し、右手にあるストップウォッチが押す。無効化が切れて能力が戻り、また鋼の身体に変わってから再度ストップウォッチを押す。その間、五秒足らず。
「今のところ半径一メートル以内のNEXT相手に五秒弱」
「土壇場で役に立つかもしれませんが、今のままじゃ厳しいですね。せめてもう少し距離か持続時間を延ばせれば」
「ちょっとそこ、聞こえてるからー!」
「お前も手伝ってやれよ、こいつのボーイフレンドだろ」
アントニオの「ボーイフレンド」発言に、バーナビーは眉を少し顰めた。ティーンじゃあるまいし、おおっぴらに喧伝するものでもない。それに私情を除いても、バーナビーには彼女の特訓に協力できない理由があった。
「ダメですよ、一度ハンドレッドパワーを発動したらまた使えるようになるまで一時間必要なんですから」
名前がなぜかドヤ顔で理由を代弁する。やけに詳しいのは恐らくファンとしての知識なんだろう。「そういうことです。出動要請があったらどうするんですか」と同意する。確かにそうだ、とアントニオは納得して、また名前に向き合う。近頃うだつの上がらない彼女とは反対に、ロックバイソンは上がり調子のためすこぶる機嫌が良い。元々虎徹とは似て非なる意味で後輩には面倒見たがりなため、名前はやや複雑ながらもありがたく協力を仰いだ。
名前とアントニオが合計四十八回目の計測を終えたところで、トレーニングルームの至る場所からPDAの通知音が響いた。間もなくアニエスの指示が飛んでくる。
「メダイユ地区イーストシルバーで銃の乱射事件発生。通行量の多い街中で、通り魔的な犯行よ。すぐ現場に向かって!」
「了解!」
ヒーローたちは一斉に駆け出した。トランスポーターに要請を送りながら、名前は右手を握ったり開いたりを繰り返していた。
「もう大丈夫です、あちらへ避難を! 怪我をした方はいらっしゃいませんか?」
「ヒーローが来た!」「ウォッチドッグだ!」
警察によって張り巡らされた警告色のテープの一歩外側で、ウォッチドッグが通行人を誘導する。規制線の向こう側では、ロックバイソンたちが銃を下ろさない犯行グループと対峙している。ショットガンの弾も自慢のアイアンボディによって弾かれ、肩のドリルによる特攻が犯人の一人を捉えた。今は目の前の救助に集中しなければいけないのに、肩越しに見えてしまったそれに、ドッグは手のひらに爪を食い込ませた。
「名前……ウォッチドッグさん!」
「それ全然隠せてないですよ」
顔見知りの警官が思わずといった様子で口を押さえる。名前がヒーローになる前からの付き合いだからか、本名の方が先に出てくるらしい。
彼は「す、すみません……」と肩をすぼめてから、「それより、犯行グループのことなんですけど」と本題を思い出す。
「正体がわかったんですか? 彼ら、テロや強盗目的にしては無策というか無作為というか」
「それがどうやら、彼らはただのスポーツハンティンググループのようなんです」
「ようするに狩猟愛好家ってことですか?」
そうです、と警官は頷く。目撃者曰く、通りを歩いていたところ、いきなり気が狂ったかのように背負っていた猟銃を周囲に向け出したという。
「本当に事が起きるまでは、和やかに話していたようで。突然すぎてまるで人が変わってしまったみたいだと」
警官の話が終わる頃には、犯行グループ……今の話を信じるなら狩猟愛好家たちはヒーローたちの手によってあっさり拘束されていた。虚ろな目でパトカーに連行される彼らを見ながら、名前の中で疑念が確信に変わっていた。
「あの人たち……」
「やっぱドッグさんの耳にも入ってましたよね。よければ今日の犯人たちのデータ、後で送りますよ」
「いいんですか? ヒーローに捜査権はありませんし、こういうの正規の手続き踏まないと情報漏洩になりませんか?」
「またまたぁ」
ドッグさん、本職はこっち側じゃないですか!
彼の笑顔がいっそ清々しかった。自分はたまたま降ってきた幸運にヒーローの魔法をかけられて、今こうして立っているのだと。今日も活躍した大好きなあの背中は、素顔を晒してファンサービスをしている。市民の避難が完了したとはいえ、元々通行量の多いメインストリートだ。あちらこちらから黄色い悲鳴が聞こえてくる。学生時代にも知っていた味だ。しかしあの頃に比べて何十倍も何百倍も濃い、苦い味が口の中に広がった。
「今夜のパーティーにも呼ばれてるんでしょ? いいなあ、出世街道まっしぐらじゃないですか」
「はは、そうだといいですね……」
ウォッチドッグはどうやって現場から帰ってきたのか覚えていない。出動前のように他のヒーローと顔を合わせられるとは到底思えず、彼女の足は自然とダウンタウン方面に向かっていた。そこから西へ西へ向かえば、彼女の本来の居場所、アッバス刑務所。こんな日に限って、気心の知れた所長は不在だ。出張中だった。だから今夜のパーティーも代わりに自分が行く羽目になったんだった。
警察関係者が集まる悪趣味な夜会。司法局のお偉方も来るらしいが、ヒーローたちは呼ばれていないはずだ。街の平和を象徴するような彼らに対し、良い思いをしていない警察関係者は多い。年齢層が高くなればなるほどその傾向は強まる。だから今夜はヒーロー・ウォッチドッグではなく、刑務官の名前として出席を強いられている。
「ああそうだ、ドレス……。制服じゃだめかな……」
こんなに気の乗らないドレスアップは久しぶりだ。なんせ近頃着飾る機会といえば、バーナビーに会う日だったり、バーナビーとデートする日だったり、つまりほぼ毎日だ。髪をアップにしてみようかな、マスカラの色を変えてみようかな、新しい靴が欲しいな。
親友のように、彼のように華やかじゃないことくらいわかってる。スポットライトが当たる場所に立てるわけじゃないとわかってる。それでも彼の存在が、名前を少しだけ特別にした。それは英雄を名乗る権利と同じで、ある日突然降り注がれたものだった。彼女は何も掴んではいなかったのだと、独りの淵で思い知った。
「四秒八九。五秒の壁はデカそうだな」
「あーー! もう一回お願いします!」
「うっし来い!」
ジャスティスタワー高層階ヒーロー専用フロアには、シュテルンビルトのヒーローが全員集結していた。低い壁で仕切られたその一角で、珍しい組み合わせの二人が向かい合って、何やら熱く盛り上がっていた。
タワーに着いたばかりのバーナビーは、ベンチに座り手裏剣を磨くイワンに声をかけた。
「バイソンさんたちは何を?」
「能力の特訓だそうです。ドッグさんの」
「特訓?」
「四秒六三」「もう一回!」と繰り返す二人をBGMに、バーナビーはイワンの隣に腰掛けた。
名前の能力「NEXT能力の無効化」は彼女が対象に触れている間しか発揮されない。更に言えば、既に発動された能力の効果を遡って消し去ることはできない。例えば、名前が触れている間はブルーローズは氷を操れないが、触れられる前に生み出した氷は消えることはなくそのまま残る。
「触れている間だけってところがネックらしくて、触れなくても無効化できるよう特訓しているみたいです」
「なるほど」
二人をよく見れば、確かに名前はアントニオの体に触れていない。「もう一回!」「よし来た!」
アントニオが能力を発動、皮膚が鋼鉄のように硬くなる。すかかず名前も力を込め、能力を発動する。アントニオが自分の皮膚が通常状態に戻ったことを確認し、右手にあるストップウォッチが押す。無効化が切れて能力が戻り、また鋼の身体に変わってから再度ストップウォッチを押す。その間、五秒足らず。
「今のところ半径一メートル以内のNEXT相手に五秒弱」
「土壇場で役に立つかもしれませんが、今のままじゃ厳しいですね。せめてもう少し距離か持続時間を延ばせれば」
「ちょっとそこ、聞こえてるからー!」
「お前も手伝ってやれよ、こいつのボーイフレンドだろ」
アントニオの「ボーイフレンド」発言に、バーナビーは眉を少し顰めた。ティーンじゃあるまいし、おおっぴらに喧伝するものでもない。それに私情を除いても、バーナビーには彼女の特訓に協力できない理由があった。
「ダメですよ、一度ハンドレッドパワーを発動したらまた使えるようになるまで一時間必要なんですから」
名前がなぜかドヤ顔で理由を代弁する。やけに詳しいのは恐らくファンとしての知識なんだろう。「そういうことです。出動要請があったらどうするんですか」と同意する。確かにそうだ、とアントニオは納得して、また名前に向き合う。近頃うだつの上がらない彼女とは反対に、ロックバイソンは上がり調子のためすこぶる機嫌が良い。元々虎徹とは似て非なる意味で後輩には面倒見たがりなため、名前はやや複雑ながらもありがたく協力を仰いだ。
名前とアントニオが合計四十八回目の計測を終えたところで、トレーニングルームの至る場所からPDAの通知音が響いた。間もなくアニエスの指示が飛んでくる。
「メダイユ地区イーストシルバーで銃の乱射事件発生。通行量の多い街中で、通り魔的な犯行よ。すぐ現場に向かって!」
「了解!」
ヒーローたちは一斉に駆け出した。トランスポーターに要請を送りながら、名前は右手を握ったり開いたりを繰り返していた。
「もう大丈夫です、あちらへ避難を! 怪我をした方はいらっしゃいませんか?」
「ヒーローが来た!」「ウォッチドッグだ!」
警察によって張り巡らされた警告色のテープの一歩外側で、ウォッチドッグが通行人を誘導する。規制線の向こう側では、ロックバイソンたちが銃を下ろさない犯行グループと対峙している。ショットガンの弾も自慢のアイアンボディによって弾かれ、肩のドリルによる特攻が犯人の一人を捉えた。今は目の前の救助に集中しなければいけないのに、肩越しに見えてしまったそれに、ドッグは手のひらに爪を食い込ませた。
「名前……ウォッチドッグさん!」
「それ全然隠せてないですよ」
顔見知りの警官が思わずといった様子で口を押さえる。名前がヒーローになる前からの付き合いだからか、本名の方が先に出てくるらしい。
彼は「す、すみません……」と肩をすぼめてから、「それより、犯行グループのことなんですけど」と本題を思い出す。
「正体がわかったんですか? 彼ら、テロや強盗目的にしては無策というか無作為というか」
「それがどうやら、彼らはただのスポーツハンティンググループのようなんです」
「ようするに狩猟愛好家ってことですか?」
そうです、と警官は頷く。目撃者曰く、通りを歩いていたところ、いきなり気が狂ったかのように背負っていた猟銃を周囲に向け出したという。
「本当に事が起きるまでは、和やかに話していたようで。突然すぎてまるで人が変わってしまったみたいだと」
警官の話が終わる頃には、犯行グループ……今の話を信じるなら狩猟愛好家たちはヒーローたちの手によってあっさり拘束されていた。虚ろな目でパトカーに連行される彼らを見ながら、名前の中で疑念が確信に変わっていた。
「あの人たち……」
「やっぱドッグさんの耳にも入ってましたよね。よければ今日の犯人たちのデータ、後で送りますよ」
「いいんですか? ヒーローに捜査権はありませんし、こういうの正規の手続き踏まないと情報漏洩になりませんか?」
「またまたぁ」
ドッグさん、本職はこっち側じゃないですか!
彼の笑顔がいっそ清々しかった。自分はたまたま降ってきた幸運にヒーローの魔法をかけられて、今こうして立っているのだと。今日も活躍した大好きなあの背中は、素顔を晒してファンサービスをしている。市民の避難が完了したとはいえ、元々通行量の多いメインストリートだ。あちらこちらから黄色い悲鳴が聞こえてくる。学生時代にも知っていた味だ。しかしあの頃に比べて何十倍も何百倍も濃い、苦い味が口の中に広がった。
「今夜のパーティーにも呼ばれてるんでしょ? いいなあ、出世街道まっしぐらじゃないですか」
「はは、そうだといいですね……」
ウォッチドッグはどうやって現場から帰ってきたのか覚えていない。出動前のように他のヒーローと顔を合わせられるとは到底思えず、彼女の足は自然とダウンタウン方面に向かっていた。そこから西へ西へ向かえば、彼女の本来の居場所、アッバス刑務所。こんな日に限って、気心の知れた所長は不在だ。出張中だった。だから今夜のパーティーも代わりに自分が行く羽目になったんだった。
警察関係者が集まる悪趣味な夜会。司法局のお偉方も来るらしいが、ヒーローたちは呼ばれていないはずだ。街の平和を象徴するような彼らに対し、良い思いをしていない警察関係者は多い。年齢層が高くなればなるほどその傾向は強まる。だから今夜はヒーロー・ウォッチドッグではなく、刑務官の名前として出席を強いられている。
「ああそうだ、ドレス……。制服じゃだめかな……」
こんなに気の乗らないドレスアップは久しぶりだ。なんせ近頃着飾る機会といえば、バーナビーに会う日だったり、バーナビーとデートする日だったり、つまりほぼ毎日だ。髪をアップにしてみようかな、マスカラの色を変えてみようかな、新しい靴が欲しいな。
親友のように、彼のように華やかじゃないことくらいわかってる。スポットライトが当たる場所に立てるわけじゃないとわかってる。それでも彼の存在が、名前を少しだけ特別にした。それは英雄を名乗る権利と同じで、ある日突然降り注がれたものだった。彼女は何も掴んではいなかったのだと、独りの淵で思い知った。